嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap13.最後に訪れた朝

272.必要な証拠

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 アロルーガは、倒れたイルジファルアの首に触れた。神力を使い、血を止めることはできたが、これ以上は、医術士でなくては無理だ。

「誰か!! 誰かいる!? すぐに医術士を呼んで! 呼べるだけ!!」

 廊下に出て叫ぶと、駆け寄ってきた執事が、すぐに返事をして、走っていく。

 イルジファルアの傷は、だいぶ深い。やってくれた。こんなところで、逃げ出した罪人の調査に来たイルジファルアが死ねば、実際にその罪人を匿ってしまっているミラバラーテ家への糾弾は免れない。

 ファントフィが近づいてきて、イルジファルアの体に触れた。彼の指から、イルジファルアの体に、光の糸のようなものが入っていく。

「……体の千切れたところは、一応繋ぎ止めた。急いで医術士を呼んだ方がいい。人族は脆いから」
「今呼んでるよ。勝手なことをしないで」
「……そんなわけにはいかないよ」

 そこに、シグダードとフィズ、ヴィフとリリファラッジたちも駆け込んでくる。

 倒れたイルジファルアを見て、ヴィフが悲鳴を上げた。

「いっっ……イルジファルア様っ!! イルジファルア様っ……!! な、な、なんで……こんなことにっ……!! だ、誰がこんなことをっ……!!」

 真っ青になる彼に、ファントフィがため息をついて言った。

「やったのは、そこで倒れている奴隷。まったく、嫌がらせみたいな死神だよ。こんな時ばっかり人族らしくあっさり刺されちゃって…………」

 彼は、アロルーガに向き直った。

「お前たちは、イルジファルアを殺したんだ。そこにいるティフィラージは、下手人として連れて行く」

 けれどアロルーガは彼を睨みつけ、その前に立ち塞がる。

「君にそんな権限はない。勝手なことはさせない。イルジファルアは死んでないし、まだ、ティフィラージがやったと決まったわけじゃない。君は、現場を見ていたわけじゃないだろう?」
「……アロルーガ……馬鹿なこと言わないで。君らしくない。なんで、そんな奴を庇うの? さっさとこの事件を終わらせないと、長引けば長引くほど、君達一族が疑われる。君だって、こんなことで責められるのは嫌だろ? 僕が君らのことを思って言ってるの、分かってる?」
「……ずいぶん優しいんだね。君はそんな奴じゃないだろ? そうやってティフィラージを連れて行って、事件解決のための指揮をとろうって魂胆だろ」
「そんなつもりないよ。僕は早く、この事態をなんとかしたいだけ」
「君たちにティフィラージを引き渡せば、君たちに主導権を握られる。ティフィラージを殺して幕引きを図ることもできるし、黒幕がいると騒ぎ立てることもできる。こっちを悪役にするのも被害者にするのも君ら次第になると分かっていて、僕が容認すると思う?」
「じゃあ、チュスラスの命令があれば、聞いてくれるかな?」
「……」

 黙り込むアロルーガは、じっとファントフィを睨んでいた。

 しかし、ファントフィの言うとおり、このままでは、ミラバラーテ家が罪人の捕縛と毒の回収にきたイルジファルアを殺そうとしたと受け取られても仕方がない。
 その上、チュスラスは相当ミラバラーテ家に腹を立てている。チュスラスにしてみれば、ミラバラーテ家を潰す、絶好のチャンスだろう。

 ストーンが、難しい顔で言った。

「イルジファルアがここで刺されたのは事実だ。彼が死んでしまえば、自らが毒を用意したことも、その経緯も、説明させることができなくなる。アロルーガ、エクセトリグ! 彼を医務室へ運べ! 医術士を集めるんだ!」







 イルジファルアの治療は、医術士を集めてすぐに行われた。しかし、回復は難しいとのことだった。

 城の会議室に集められた一同の前で、ファントフィは、先ほどと同じ主張を繰り返す。

「イルジファルアは毒を持っていない。ここにも、仕掛けられてなんかいなかった。彼が連れてきた者たちも持っていない。そして、イルジファルアはここで刺された。悪くすれば、君たちが仕組んで、イルジファルアに全ての責任をなすりつけて殺そうとしたと言われるかもしれない」

 その主張に、シグダードが反論する。

「イルジファルアが刺されたことについて、ミラバラーテ家が、グラスの王族や貴族たちに疑われることはあったとしても、ララナドゥールに口を出されることではない。関係のない蛾はひっこんでいろ」
「…………そうじゃない。僕らは、人族の命がどうなろうが、どうでもいい。だけど、ここで力を使った毒が作られたことや、力を打ち消す解毒薬が作られたことは見過ごせない。それについて調べていたイルジファルアが、糾弾に来たこの場で死んだとなれば、ララナドゥールだって、ここを疑う。毒を作り、解毒薬を用意したのはミラバラーテ家だ、なんてことになれば、今度は僕じゃない使者がここに来るよ? 今度はもっと怖い奴。そうなったら、最悪、大きな争いが起こるかもしれないんだ」

 部屋が静まりかえる。ララナドゥールとの衝突など、起こしてはならない。それは誰もが分かっている。

 ファントフィは、アロルーガに詰め寄っていく。

「ほら。僕の言うことを聞いておいた方がいい。あのティフィラージって男は、イルジファルアの子飼いの暗殺者なんだろ? だったら、それを引き渡してくれれば、イルジファルアが自分の手下に反乱を起こされただけってことにできるんだ」
「ティフィラージを君に預けることはできない。このことは、王城に報告する」
「待ってよ。それだと、王城の奴らがイルジファルアの死を知ることになるじゃないか。そうなれば、イルジファルアの持つ毒や解毒薬を、その城の奴らに横取りされるかもしれない」

 シグダードは、ファントフィを睨んで言った。

「……ララナドゥール側は、力を打ち消すものに怯えているのか?」
「怯えているんじゃない。人族が作ったものになんか、僕らが怯えるわけないだろ」
「それにしては、ずっと毒だの解毒薬だのを気にしているじゃないか」
「……さっきからお前、なんなの? 元キラフィリュイザの王だろ?」
「ああ。そうだ」
「噂通り、嫌な奴……僕ら、蛾じゃないから」
「貴様らは、毒と解毒薬が気になるのだろう? それが見つけられれば、大人しく帰るんだな?」
「……それのデータがあれば……ララナドゥールの議会は僕が説得するけど……」
「データなら、リーイックが渡したはずだ」
「あれじゃ足りない。イルジファルアがあんなことになって、ララナドゥールを説得するハードルも、随分上がってる。ラディヤから、データは預かったって聞いたけど、あとは……ヴィザルーマが持っているはずの毒と、チュスラスの毒と……あとは、イルジファルアの持っているはずの毒と、何より解毒薬。解毒薬を作る際に使った、データが欲しい」

 すると、アロルーガが彼を睨みつけて言った。

「イルジファルアの解毒薬なら、ティフィラージから取り上げたものがある……多分、他にもグラスの城にあると思うけど……」

 シグダードも、腕を組んで言った。

「イルジファルアが毒と解毒薬を持っていなかったのは、当たり前だ。イルジファルアにしてみれば、私たちがここにいるだけで、十分ミラバラーテ家を糾弾できる。その上ストーンは、一度、王に楯突いているんだ。すでに、ここにすべての罪をなすりつける用意はできているのに、ララナドゥールからの使者を連れているときに、そんな真似をするものか」

 ファントフィは、シグダードを睨んで言った。

「じゃあ、毒はどこにあるんだよ?」
「単純に、イルジファルアの部屋だろう。あの男は、大事なものはあの男の部屋に隠す。あいつと他の連中が作った毒と解毒薬を回収するしかないな。それがあれば、少なくともララナドゥールは、ここを疑わないだろう?」
「……多分。だけど、そんなの回収できるの?」
「回収してやる。死神にこれ以上弄ばれてたまるか!」
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