嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap13.最後に訪れた朝

273.解決のための役割分担

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 シグダードは、一同に振り向いた。

「毒の回収には、私が行く。ストーン、貴様はここで、リーイックに使いをやれ。あれなら、イルジファルアを助ける腕はある。患者がイルジファルアだとは言うなよ。それを知れば、あいつは絶対に来ない」
「遣いはすでに手配している。それより、シグダード殿、あなたが一人で毒の回収に向かうことには賛成できない」
「私のことが信用できないか?」
「そうではない。あなたはグラスのことをまるで知らないだろう。城下町は入り組んでいて迷いやすいし、城の中など、なおさらだ。何人かで手分けしたほうがいい」
「手分けだと?」
「ヴィザルーマは、城下町の集会所跡に潜んでいる。そちらに向かい、ヴィザルーマの毒を回収し、チュスラスに近づく役と、私と共に先に城に向かい、イルジファルアの持つ毒と解毒薬をいち早く回収する役に分かれよう」

 それを聞いたフィズが、首を傾げた。

「で、でも、それなら、みんなでヴィザルーマ様のところへ行って、それからイルジファルア様の毒を回収した方がいいのではないでしょうか……」

 ストーンは、首を横に振った。

「いいや。イルジファルアの持つ毒と解毒薬は、できるだけ早く回収したい。あの男は、チュスラスがシュラに作らせた毒や解毒薬、ヴィザルーマがヒッシュの領地を利用して作った解毒薬まで手に入れて、その上で、さらに強力に力を打ち消す薬まで作っている。イルジファルアのものは、早急に回収されなくてはならない」

 それを聞いて、シグダードはますます腹が立った。
 キラフィリュイザの城を利用し、ヒッシュの領地を利用した男は、すっかり大きな力を手に入れてしまった。それを止められなかったと思うと、どうしようもないような怒りに苛まれた。
 その上、それは今、ファントフィたち蝶水飛族にまで、目をつけられるものになっている。ヒッシュの領地では、レタートズという蝶水飛族も来ていた。そこに住んでいた者たちにしてみれば、迷惑なことこの上ない。

「…………ファントフィ、レタートズという男を知っているか?」
「うん……ラディヤから、報告を受けている。だけど、レタートズたちの一族が、人族の使い走りになんて、なるはずがない。きっと、ヴィザルーマの作っている毒と解毒薬が目的だろう。レタートズに邪魔をされる前に、ヴィザルーマの方のも回収しないと……」

 すると、ストーンも頷いた。

「どちらも急いだ方がいい。だから、二手に分かれる。チュスラスが持つ毒だが、チュスラスに近づくなら、カルフィキャットの協力は不可欠だ。チュスラスは、もうカルフィキャットしか近づけようとしない。しかし、今のカルフィキャットは、誰の言うことも聞かない。彼が話を聞くとすれば……ヴィザルーマだけだ。ヴィザルーマの方も、ここがララナドゥールに目をつけられたことまでは予定外だったはずだ。蝶水飛族たちの怒りを鎮めるためだと言えば、力を貸すかもしれない」

 シグダードは、腕を組んで言った。

「馬鹿らしい! ヴィザルーマが協力するとは思えない。これを機に、お前たちを潰してチュスラスを殺し、ララナドゥールを抱き込む作戦に出そうだ」

 するとリリファラッジが微笑んで言った。

「協力なんてしなくていいんです。チュスラスのそばに潜り込んで、彼が持つ毒と解毒薬を奪えばいい。それに関してだけは利害が一致するはずです。ララナドゥールが解毒薬の件で腹を立て、使者を送ってくることは、ヴィザルーマにとっても、予定外だったに違いありません。それを口実に近づいて、話している間に、ヴィザルーマ様が持っている毒と解毒薬をこっそり奪ってしまえばいいんですよ」

 あっさりと笑顔で言う彼に、シグダードは、ニヤリと笑って言った。

「……さすがは、お前らしい案だな」
「あなたから褒めていただけるなんて、光栄です」

 すると、フィズが声を上げた。

「だったら……私がヴィザルーマ様に話をつけます」
「そうですね。フィズ様が………………何を言っているんですか?」

 リリファラッジが振り返ると、フィズは、さらに声を張り上げて続けた。

「ヴィザルーマ様とは、私が話をします。私が話をつけます!!」

 けれど、シグダードはすぐに反対した。彼をヴィザルーマに会わせるなど、できるはずがない。

「絶対にダメだ!! 何を言っているんだ!! お前は!!」
「だって……シグの言うことを、ヴィザルーマ様が聞くとは思えません! それに、私だって魔族です。ヴィザルーマ様が雷の魔法を使った時に、それから逃げられるとしたら、シグをおいては私だけです!」
「だからといってお前を行かせられるか! お前は絶対に行かせない! お前が行くくらいなら、私が無理矢理にでも、解毒薬を奪ってくる!!」
「そんな無茶な……ヴィザルーマ様は、まだ雷の魔法を使えます。チュスラスと違って、戦う能力にも長けているし……怒らせれば、街を巻き込むような魔法を使うかもしれません!!」
「そんなもの、私が弾き飛ばしてやる。お前はダメだ。ここで、リリファラッジと待っていろ。絶対に行かせない」
「でもっ……! このままでは、ミラバラーテ家は疑いをかけられたまま、一族の皆さんは処刑されてしまうかもしれないんです!!」
「ヴィザルーマに陶酔しきったカルフィキャットもいるんだぞ! そんな場所に、お前を行かせるなど、できるはずがないだろう!!」
「か、カルフィキャット様は、少し嫉妬深い方でしたが、積極的に人を傷つけるような方ではありませんでした! 白竜たちに襲われたときだって、私を助けてくれたんです! いつも……ヴィザルーマ様のそばにいて、ヴィザルーマ様を支えていたのに……」
「この馬鹿!! そんなことは過去の話だ!! 今ではそいつは、ヴィザルーマの手足となって動く狂人だ!」
「シグ! やめてください!!」

 言い合っていると、リリファラッジがため息をついて言った。

「フィズ様はバカですねえ。お人好しを通り越して、気色悪いです」
「へ!?」
「怖気立つような思考です。ああ気持ち悪い」
「え、ええ……!??」
「私としては気持ち悪くて仕方ありませんが、フィズ様がそうおっしゃるなら仕方がないでしょう」

 それを聞いたシグダードは、彼を怒鳴りつけた。

「馬鹿なことを言うな!! フィズは絶対に行かせない! 私がヴィザルーマのところへ行く!」
「しかし、それでは、イルジファルア様の部屋に行く方がいなくなります。一番危ないのは、城に潜り込んで死神の部屋に向かうその役ですよ? 今ここで、汚名を晴らすことができずに、ミラバラーテ家に反逆の疑いかかったままでは、フィズ様は永遠に囚われの身です。カルフィキャット様も、ずいぶん周りを警戒しているようですが、それ以上に、ヴィザルーマ様は用心深い。あの方が今、自分に近寄ることを許すとすれば、フィズ様だけでしょう。ヴィザルーマ様は、フィズ様を気に入っておられますし、策略をめぐらすような頭など、一生持てることがないでしょうから」

 それを聞いたフィズが、すぐにリリファラッジに抗議する。

「あ、あのっ……! ラッジさん!! わ、私のこと、嫌いですか!?」
「はい。心底。とても嫌いです。あなたのその、いい子ぶった純粋さは、見ているだけで鳥肌が立つほど鬱陶しくて仕方がありません。あれ? 言ってませんでしたか?」
「……だいぶ前に……聞きました……」
「だったら今更落ち込むことありませんね。心底嫌いだしムカつくし滅びればいいと思いますが、非常に残念なことに、あなたには命を助けていただきました。それに、これは元々、グラスの問題です。何より、ヴィザルーマ様やチュスラスに好きにさせておいては、私が舞う舞台がなくなってしまいます。それは嫌なので、今だけ嫌々ですが手を組みましょう」
「ラッジさん……あ、ありがとうございます!」
「お礼なんて言っちゃって、ますますバカですねー。笑えます!」
「ら、ラッジさん…………」

 肩を落とすフィズを見ていたストーンが、リリファラッジを引き寄せて言う。

「……その魔族をあまりからかうな……」
「スティ様。私があなた以外の方を嬲るのが、そんなに気に入りませんか?」
「…………」
「そんな顔をしなくても、あなたのことは私が後でたっぷり虐めてあげます!」
「……」

 それを聞いたストーンが、本当に嬉しそうに笑うものだから、エクセトリグは叫んで、アロルーガは頭を抱え、アメジースアはリリファラッジを睨みつけていた。

「おい! やっぱりあいつダメだ! アロルーガ! あれを追い出せ!! あの踊り子さえいなければ、兄上は国を背負って立てるんだ!」
「無理だろ……あれがいないと、ストーンは壊れちゃうみたいだし……アメジースアも、そんな顔しないの」
「……あいつのせいで……追い出してやる追い出してやる追い出してやる…………」

 しかし、どんな理由があっても、フィズがヴィザルーマに会いに行くなど、決して許せないシグダードは、声を張り上げた。

「絶対にダメだ! フィズ!! お前がヴィザルーマに会いに行くなど……絶対に許さない! お前が行くくらいなら、私はお前を連れて逃げる!! ここがどうなろうが、知ったことか!!」
「し、シグ……」

 すると、それを聞いたアロルーガが、シグダードを睨んで言う。

「……それだと、フィズはずっと反逆者で、グラスからもララナドゥールからも追われることになるよ?」

 今度は、リリファラッジが冷たい目をして言った。

「フィズ様を自由にするんじゃなかったんですか?」

 最後に、ファントフィまでもがバカにするように言う。

「それとも、チュスラスの前に行くことが怖くなった?」

 そしてついに、シグダードは彼らを怒鳴りつけた。

「黙れ!! フィズに何かあったらどうする!?」

 けれどリリファラッジが平然と言い返す。

「もちろんフィズ様には、何人も護衛をつけ、私たちも一緒に行きます」

 すると、それを聞いたストーンが「お前はダメだ」と反対の声をあげるが、リリファラッジは、彼を睨みつけて黙らせた。

「スティ様は、私だけこんなところに置いておくつもりですか? フィズ様にこんなことを言っておいて、私だけ待っているなど、できません。それに、フィズ様を連れて羽衣で飛ぶことができるのは、私だけです」
「リリファラッジ……」

 それを聞いて、フィズはシグダードに振り向いた。

「シグ!! お願いです!」
「フィズ……」

 シグダードは、しばらく考えた。行かせたくはない。そんなことをさせるくらいなら、彼を連れて逃げてしまいたくなる。けれど、それを了承するような男ではないし、何より、もう彼を泣かせたくない。彼が願うことは全て叶えてやりたい。
 そして、シグダード自身も、ヒッシュの領地やここを見捨てて行くことはしたくない。

「……危なくなったら逃げろよ」
「は、はい!!」
「……危険を感じたら、すぐに逃げるんだぞ」
「はい!!」

 彼が元気に返事をしても、シグダードは心配だった。

「……ストーン。フィズのことだけは、絶対に守れ」
「もちろんだ。シグダード殿、あなたは私と共に、グラスの城に潜入してほしい。イルジファルアの部屋で、毒と解毒薬を探す。リーイック殿を呼ぶため、キラフィリュイザに連絡を取るのは、エクセトリグ、お前に任せる」
「任せておけ」

 頷くエクセトリグに、シグダードは頼んだぞと言って、振り向いた。

「それと、ヒッシュの領地にいる連中に、グラスの城下町へ向かうため、そこに詳しい戦力が欲しいと伝えろ。フィズを守る護衛が必要だ」
「……どれだけフィズが心配なんだよ…………分かったよ……」

 エクセトリグは、呆れたように頷いた。
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