嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap13.最後に訪れた朝

274.疾走する街道

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 話は決まったかと思われたが、ファントフィが苛立ったように口を挟んだ。

「待ってよ。チュスラスやヴィザルーマのところに行くなら、勝手なことはさせられない。とりあえず、ララナドゥールに報告するから……」

 シグダードは、彼を睨みつけた。

「そんなもの、待っていられるか。もたもたしていて、毒や解毒薬が奪われてしまっては、貴様も困るだろう」
「それはそうだけど、君たちだけで勝手に回収に行くなんて、許可できない」
「貴様に許可してもらうことじゃない。だいたい、毒と解毒薬を寄越せと喚いていたのは貴様だろう。今更なんだ?」
「……僕だって、早く回収に向かいたいよ。だけど報告が遅れれば、ララナドゥールの議会から文句を言われるのは僕なんだ。とりあえず向こうに報告するから、それまで待って」
「報告だの議会だの、聞いているだけで面倒な蛾だ。早くしろ!」
「…………君のその口、なんとかならないの……? 報告の後は会議だから。レタートズたちの一族のこともあるし、しばらく時間がかかる。結論が出るまで待ってて」
「会議!? 急がないと毒が横取りされると言っているだろう!」
「そうだけど、毒を作ることに関わったイルジファルアが倒れたんだから、それについて報告して、それから毒の回収に関しても報告しなきゃならないの!」
「面倒くさいっっ!! 急いでいると言っているだろう!! 触角が折れてるんじゃないか!? 頭の悪い蛾め!」
「今度それ言ったら、ララナドゥールの一族呼んでここを焼き払ってやるから!!!!」

 怒りのあまりとんでもないことを言い出したファントフィの言葉を聞いて、ストーンが慌ててシグダードを止めに入る。

「し、シグダード殿!! もう少し抑えてくれ!! あなたは恐ろしいほどに無礼だ!」
「この男がいちいち口を出すのが悪い。そもそも、イルジファルアのことも毒や解毒薬のことも、グラスの問題だ。それを横からグダグダと口出しをして、うるさいことこの上ない!」
「シグダード殿! 頼むから少しの間、口を閉じていてくれ!」

 もうストーンは泣き出しそうな勢いだった。

 ファントフィの方は、今にも神力でシグダードの首を撃ち抜いてしまいそうな顔をしている。

「僕だって、君らがあんな厄介なものを作らなければ、こんなところに派遣されなかったんだよ……君ら、知らないだろ。あれについて、どれだけララナドゥール議会が腹を立てているか…………僕は、その議会を抑えて、穏便にことを済ませようとしてあげてるのにさぁ……」

 相当苛立った様子で呻くファントフィの背中を、アロルーガがさすりながら宥めている。

 ファントフィは顔を上げて、シグダードを睨みつけた。

「……報告を疎かにすることはできない……」
「毒があれば報告など、後回しでいいだろう。議会の連中には、そんなことをしていれば毒が横取りされると言え」
「じゃあ君が議会にそう言ってみてよ。本当にあいつら、面倒臭いんだから」
「それはお前の仕事だ」

 その一言でますます苛立ったらしいファントフィは、今度はシグダードではなく、アロルーガに振り向く。

「なんなのあいつ。なんであんなにムカつくの?」
「とにかく評判の悪い王だから。あんなもんじゃない?」

 ファントフィは、しばらくシグダードを睨みつけていたが、やがてため息をついた。

「とにかく報告が終わるまで、勝手なことをしないで。僕だって、さっさと毒を回収して帰りたいし、報告だの、議会の決定だのを待ちたくはないけど、仕方ないんだよ」
「そうか。それなら仕方がない。だったらお前も共にイルジファルアの部屋に向かい、その報告とやらは、道中でしろ」
「……そんなのできたら苦労しないよ……」

 シグダードはニヤリと笑って、ストーンに振り向いた。

「ストーン、イルジファルアの部屋へは、私とファントフィで向かう。蝶水飛の連中なら、使い魔とやらでいくらでも連絡を取り合えるようだからな」
「待ってくれ。あなた方だけでは……」
「お前は司令塔だ。ここにいて、指示を頼む。お前やここの連中が思う以上に、お前の存在はここを回すのに必要なものだ」
「シグダード殿…………」

 シグダードは、今度はフィズに振り向いた。

「フィズ……」
「シグ? どうしっ……!」

 彼の言葉も待たずに、シグダードは彼を引き寄せ、微かなキスをした。ほんの一瞬、唇が触れただけなのに、フィズは真っ赤だった。

 そんな顔を見ると、ますます離したくなくなりそうだ。

「……そばで守れなくてすまない……」
「……やめてください。今度は、私があなたを自由にします……」

 彼の言葉を聞いて、自然と笑顔になったシグダードは、リリファラッジがシュラから受け取った瓶を借りた。

 そして、ファントフィに振り向く。

「ファントフィ。私をグラスの城に連れて行ってもらおうか?」
「……そんなこと、勝手に決められても困る。こっちにはこっちの都合があるんだから。君らの言うことは聞かない」
「では、腰の重いお前が、動かざるを得ない理由を作ってやろう」

 シグダードは、ファントフィに近づくと、一気に間合いを詰めて、ファントフィを羽交締めにした。

「は!? な、なに!? シグダード!!」

 驚くファントフィを押さえつけ、シグダードは唖然とする面々に向かって、ニヤリと笑う。

「イルジファルアの解毒薬は、私が手に入れる! 貴様は人質だ!」
「は!? な、なんの!??」

 ファントフィは、訳がわからないと言った様子だったが、それ以上に、目の前でそんな事態が起こったストーンは真っ青だ。

「し、シグダード殿!? これは一体なんの真似だ!!」

 怒鳴る彼に背を向け、シグダードはファントフィを連れてバルコニーに出て行く。
 「やめてください!」と叫ぶフィズに、心配するなと告げて、ファントフィの体を軽々と担ぎ上げると、バルコニーから身を投げ出した。

「シグーーーーーーーっっ!!」

 フィズがバルコニーから手を伸ばし、リリファラッジが彼を止めている。

 落ちるシグダードの体は、羽を広げたファントフィが捕まえて、地上に下ろしてくれた。

 地面に足がつくなり、シグダードは、ファントフィの手を取って走り出す。

 抵抗もせずについてくるファントフィは、冷たい声で言った。

「……狂った王様。これは一体、なんの真似?」
「これで腰の重い貴様も動かざるを得ないだろう!! 報告など、空を飛びながらでもできるはずだ!」

 彼を連れ走っていると、バルコニーから飛び出してきたアメジースアが、シグダードたちを指して叫んでいる。

「貴様っ……!! シグダード! ファントフィ様を返せ!!」

 早速神力を使おうとしたらしいアメジースアを、エクセトリグが止めている。その間に、シグダードは馬に乗って城から逃げ出した。







 馬を操るシグダードは、ファントフィを後ろに乗せて、港町を疾走していく。

 心底呆れた様子のファントフィが、シグダードの体にしがみついてたずねた。

「……狂った王様、どこまで逃げる気?」
「もちろん、このままグラスの城まで行く」
「……僕、一応使者だよ? そんなのがミラバラーテ家の城で誘拐されたなんて、大問題だろ」
「貴様が騒がなければいいだろう」
「そんなわけには……後ろ!」

 彼に言われて振り向く間もなく、シグダードは、後ろからアロルーガに飛び掛かられた。

 危うく落馬しそうになったが、なんとか馬を止めて、アロルーガに振り向く。

「危ないだろう。気を付けろ! 蝶水飛族に、常識はないのか?」
「君に言われたくない……なんの真似だ!! ただでさえ、ミラバラーテ家の城でイルジファルアが刺されて困ってる時に!!」
「そんな風に喚くなら、あんなことにならないように注意しろ。もう少し、しっかりしてもらおうか? 当主とやらがいなくなったら、突然情けないじゃないか。あれだけリリファラッジを詰っておきながら」
「……黙れ。誤算だったよ。あの踊り子一人で、ストーンがあそこまで腑抜けになるなんて」
「寝言だな。普段のストーンが、そこまでやれていたのは、リリファラッジがいたからだ」
「…………うるさいよ。昨日会ったばかりの君に言われたくない」
「貴様らのことは知らんが、リリファラッジなら、知っている。あれはああ見えて、敵に回したくない、怖い男だぞ。何しろ、暴虐な魔法使いと恐れられた私の前に出ても、まるで物怖じしない。せいぜい大事にしてやれ」
「…………もう君はさっさと出発して。あと、グラスの城は、結構入り組んでるから。気をつけなよ」
「それなら、心配はいらない。貴様らの方こそ、ヒッシュの領地への援軍を急げ。そこを助けることは、ヴィザルーマのしたことを糾弾する助けになるはずだ。貴様らが、解毒薬を作ろうとしたヴィザルーマの糾弾に力を尽くしたとなれば、貴様らにかかった、妙な疑いを晴らす証拠の一つにもなるだろう?」
「……」
「リリファラッジが選んだ男と、その一族だ。期待しているぞ」
「……あんな踊り子で評価されるなんて思わなかったよ」

 そう言って、アロルーガは背後に振り向いた。

 城の方から、兵士たちが走ってくる。先頭に立つ男が「アロルーガ様! ご無事ですか!?」と叫んでいた。

 それを見て、アロルーガは少し驚いていた。

「僕なら蝶水飛だから大丈夫って、いつも言ってるのに……」
「お前を守りたいのだろう」

 シグダードが言うと、彼は「君には関係ない」とそっけなく言って、ファントフィに向き直る。

「ファントフィ、君は無事? ああ、無事だね」
「もう少し心配してよ……アロルーガ……」
「なに?」
「そっちは頼んだよ」

 そう言って、ファントフィはシグダードを連れて飛び上がる。

「シグダード……ララナドゥールには、お前は自分の城を助けたかっただけって報告しておくから……」
「それはありがたい」
「ララナドゥールは、毒と解毒薬さえあれば、満足して文句言わない。だけど!! イルジファルアに関する報告はするから! あと、今回のことは不問にしてあげるけど、これ以上無茶苦茶しないで!!」
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