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chap13.最後に訪れた朝
277.胸の底の後悔
しおりを挟む残されたベジャッズは、なんとか兵士たちの拘束から逃れようと暴れていた。
「離してくれ!! あいつを止めないとっ……カルフィキャット!! カルフィキャット!! 待ってくれ!!」
叫ぶベジャッズを、背後から羽交締めにした兵士が囁く。
「やめろっ……! 騒ぐな!!」
「離せっ……! 俺はっ……反逆なんてっっ!!」
「分かってるよ! 俺だよ!! ジョルジュだ!!」
「は!??」
ベジャッズは、やっと自分を捕まえた男に振り向いた。
そこには、懐かしい男が立っている。フィズと共に、白竜を連れて森の中に向かったジョルジュだ。彼と共に、彼を慕っていた彼の隊の兵士たちもいた。
「じ、ジョルジュ!? お前か!? な、なんでここに!? り、竜に食われて死んだんじゃなかったのか!?」
「……やめろ。なんで俺が食われなきゃならないんだ」
怒り混じりに言う彼の姿を見て、ベジャッズは、体の力が抜けてしまいそうなほど、ホッとした。
彼のことは、共に城に仕える仲間だと思っていたが、チュスラスが即位した時に、それを認めるのかと言って言い争いになり、それからは疎遠になっていた。
彼がフィズたちと共にトゥルライナーの破壊に行くと言った時は驚いたし、彼が森から戻ってこなかった時は、ひどく心配した。誰もが、彼は白竜たちに引き裂かれたのだろうと話していたし、ベジャッズも、あの中庭での惨状を思えば、竜たちが彼を襲ったのかも知れないと思った。彼のことをヴィザルーマに聞こうとしても、お前はカルフィキャットを頼むと言って、何も話してはくれなかった。
「なんだよ……い、生きてんならそう言えよ……」
「お前こそ、何してるんだよ。シグがグラスの城を襲った頃から、度々城をあけてるって聞いたぞ? カルフィキャット連れて散歩でもしてたのか?」
「それはっ……! あ、ああ……そうだな……」
「嘘つけ! 知ってるんだぞ! お前、街に隠れてるヴィザルーマのところに、カルフィキャットを連れて行ってるんだろ?」
「な、なんでっ……それをっ……!!」
「……ヒッシュの領地にヴィザルーマが送った使者から聞いたんだよ」
「ヒッシュの……使者……?」
ベジャッズは、恐ろしくなった。
ヴィザルーマはベジャッズに、ヴィザルーマがしていることの詳細を話してくれなかった。しかし、カルフィキャットを送り届ける際に、何度かヴィザルーマが計画について話しているのを、ドアの外で聞いていた。それをいくつか繋ぎ合わせると、ヴィザルーマが何をしようとしているのか、だいたい想像することができた。しかし、想像するたびに、そんなはずがないと、嫌な予感を自ら打ち消した。ヴィザルーマが、そんな恐ろしいことをするはずがない。そう思いたかった。
ジョルジュも苦しそうにしていた。
「……俺だって、そんなこと考えたくない……だけど、俺はヒッシュの領地にいたんだ」
「なんだとっ……!?」
「本当だ。そこから来た。そこで何があったのか、全部見ていたし、お前たちが送り込んだ、イウィールにも会った。何があったか、説明してやろうか?」
「……」
ベジャッズは、しばらく黙って、首を横に振った。
止めなくてはと思う度、あの方がそんなことをするはずがないと、理由をつけて先延ばしにしてきた。
「ヴィザルーマ様は……俺に何も話してくれない……俺は信用されていないらしい……だけど、俺だって馬鹿じゃない。ヴィザルーマ様が何をしようとしているのか……大体わかってた」
「だったらなんでっ……って言いたいところだけど、今はこんなこと言ってる場合じゃないな……お前も、協力してくれないか? ヴィザルーマ様は、人に襲いかかる毒を作り出して、チュスラスから王座を取り戻す気だ。そんな真似をさせてはならない」
「…………」
しばらく考えて、頷いた。
止めなくてはと思う度、ヴィザルーマがそんなことをするはずがないと、理由をつけて先延ばしにして来た。
しかし、兵士たちを怒鳴りつけ、まるで国王のように振る舞うカルフィキャットを見て、やっと気づいた。
こんな風になるまで、自分は何もせずに、彼をここに連れて来ていたことに。
ヴィザルーマは、カルフィキャットに対して、忠義忠義と言っては、カルフィキャットに反論の一つも許さず、ただ命令を下すだけ。カルフィキャットを人として扱っているとは思えない。彼のやり方には、もう賛同できない。
そうずっと感じていたのに、言われるがままに、カルフィキャットを送っていた。彼が泣いて苦しんでいることにだって、気づいていたのに。
「すまん…………こんなつもりじゃなかったんだ……」
懺悔のように呟いて、ベジャッズは顔を上げた。
「俺ももう、あんなヴィザルーマ様やカルフィキャットを見ていたくない……」
「そうか……助かる」
ジョルジュは、リュドウィグに振り向いた。
リュドウィグも、ジョルジュと同じように城に仕える兵士で、最近は街で暴れるトゥルライナーの処分と、チュスラスの塔の瓦礫を回収する役割を言いつけられ、かなり不満を持っていると聞いた。あの塔による被害を目の当たりにしているのだから、それも無理はないだろう。
トゥルライナーの被害は、最近になって減ってきた。しかし代わりに、無理な改造を繰り返した雷の塔が暴れ、被害が広がっている。街道を歩いていた男が黒焦げにされた話は、ベジャッズも何度か聞いていた。リュドウィグは、その被害を、ベジャッズよりもずっと近くで見ていたはずだ。
リュドウィグは「やっと決まったか」と言って、ため息をついた。
「……決心したなら、さっさとヴィザルーマ様のところに案内しろ。元側室様だって、さっきからずっと待ってるだろうが」
彼が路地の角に隠れた男に振り向くと、一人の男が出てくる。まだ遠慮している様子の男を、リュドウィグは手招いた。
「さっさと出てこいよ。元側室様」
「そ、その呼び方はやめてください!!」
そう言って出てきた男を見て、ベジャッズは驚いた。処刑場から瀕死のリリファラッジを連れて逃げたフィズではないか。
彼と一緒にもう一人、黒い服を着て、顔が鼻まで隠れるフードを被った男も出てくる。
フィズは、ベジャッズの前でぎこちなく微笑んだ。
「ベジャッズさん……お久しぶりです……」
「お前……なんで、ここに……り、リリファラッジを連れて逃げたんじゃなかったのか?」
「……大切な用があって、帰ってきました。ここまでは、ジョルジュさんが案内してくれたんです。城下町に入ってから、街で雷の塔を破壊していたリュドウィグさんを紹介してくれて、それから……」
「…………事細かに説明しなくていい。そんなつもりで言ったんじゃない。なんで逃げたのに帰って来たんだよ。リリファラッジは……いや、あいつのことより、あの時一緒に逃げたのはシグダードだろう? あいつは、どこへ行った!?」
「シグなら…………い、今は、別のところにいます……私もシグも、しなければならないことがあって、帰って来たんです! ベジャッズさんにも、私たちに協力してください! ヴィザルーマ様のところに案内してほしいんです!」
「は!? ヴィザルーマ様のところに? あの方に何の用だ?」
「……ヴィザルーマ様を、止めに行くんです……」
今度は、ジョルジュが怒りを押し殺した様子で口を開いた。
「……ヴィザルーマは、妙な毒と解毒薬を持ってるだろ」
「なぜっ……それを……」
「俺はヒッシュの領にいたって言っただろ!! 今動かなかったら、この国は終わりだ。ララナドゥールが解毒薬の件で、喧嘩売られたって勘違いして騒いでやがる。このままだと、戦争になりかねない」
「なんだと……? ヴィザルーマ様は……そんなこと、俺には一言も話してくれなかった……」
「わざわざそんなことをお前に話すわけねえだろ! 俺よりヴィザルーマやチュスラスの近くにいるお前なら、わかるはずだ」
「……そうだな」
ベジャッズは、リュドウィグに振り向いた。
「お前も……こいつの話を聞いて協力してるのか?」
「俺は正直、こいつらの言ってることが本当か嘘かは、よく分かんねえよ。ララナドゥールからの使者が来てることは知ってるが、会議で何が話し合われてるのかなんて公開されないし、俺らみてえな下っ端が、何聞いたって教えてなんかもらえない。だけど俺たちだって、中庭で俺たちを撃った王のことは恨んでるんだ。その上、あのクソバカ王は、最近はカルフィキャットの言いなりだ。この前は、俺の部隊の奴が、カルフィキャットに挨拶しなかっただけでチュスラスの雷撃喰らって、その上謹慎になったんだ。そんなことばっかりやってるから、士気も下がるばかりだ。あのクズが上に立ってなきゃ、トゥルライナーだの、ちっぽけな塔だのなんかに、俺たちが負けるわけないんだよ。俺たちは、こんなことを繰り返すために、王城に仕えてるんじゃない。チュスラスは最近、何かに怯えるみてえに喚き散らしては雷撃を撒き散らしてるし、このままじゃ城や城下町だけじゃない……国だって終わる。そう思うから協力してるだけだ」
するとフィズが、リュドウィグに微笑んで言った。
「り、理由なんかより、手伝ってくれるのが嬉しいんです!」
この男は、相変わらずだ。彼にしてみれば、ヴィザルーマは敵で、それに加担するベジャッズも敵のはずだ。それなのに、彼はいつだって、こうして人懐こく笑う。
ベジャッズは、彼が城にいた頃のことを思い出した。彼のそばで、彼を見つめていた頃のヴィザルーマは、今とは違う顔をしていたような気がする。
「…………最近はヴィザルーマ様もおかしいんだ。以前はお父上の……ファース様のようになりたいと言って、民衆が安心して暮らせる国を目指していたのに……最近では、平気で奴隷を利用して、側近として尽力してきたカルフィキャットだって、まるで物扱いだ」
「それが分かってんならっ……!」
カッとなったのか、ジョルジュがベジャッズに掴みかかる。
「だったらなんでっ……! カルフィキャットをヴィザルーマんとこ連れてった!? あいつがしてること、知ってたんだろ!! なのになんでっ……!!」
息巻くジョルジュを、リュドウィグが止める。
「やめとけ。んなこと言い出したら、俺だってお前だって、チュスラスのそばにいたんなら、あいつ止めるために動けばよかったんだ」
「……」
ジョルジュは、無言でベジャッズを離した。
「わりい……」
「いいや。お前の怒りも最もだ」
「……案内してくれるな? ヴィザルーマの隠れ家に」
「構わないが、一度城に戻らせてくれ。ヴィザルーマ様は……チュスラス派を皆殺しにする気だ……」
「……は? 何言ってんだ、皆殺し!? 城に奇襲でも仕掛ける気か!?」
「いいや。カルフィキャットに毒を持たせている」
「毒っ……!? まさか……ヒッシュの領と同じものか!?」
「俺には詳しいことは分からないが……それで、チュスラスを殺す気だ」
「くそっ……ヴィザルーマっ…………」
「ヴィザルーマ様の隠れ家の場所は教える。カルフィキャットを追う役は、俺に任せてくれ」
するとリュドウィグも「俺も行く」と言って、ジョルジュに振り向いた。
「ジョルジュ、お前はフィズを頼む。恐らく作戦が実行されたら、ヴィザルーマ様はアジトを変える。チュスラスを殺せば、カルフィキャットは用済みになるからな……また城下町に隠れられたら探せなくなる」
「……だが…………」
ジョルジュは、しばらく考えて頷いた。
「分かった……お前らを信じるよ。向こうには、俺らの別部隊が行ってるんだ。こっちの作戦を教えておく。向こうに言ってるのは……ちょっとムカつくが悪い奴じゃない。あいつのことも、頼んだぞ……俺とフィズは、先にヴィザルーマのところへ向かう」
「ちょっとムカつくってなんだよ……?」
リュドウィグがたずねて、ジョルジュが苦笑いをしていると、フィズと共にいた、フードで顔を隠した男が、大通りの方を睨みながら言った。
「話が決まったら、急いだ方がいい。いつまでもここにいると目立つぞ」
けれどジョルジュは、彼に疑うような目を向ける。
「俺はまだ、お前を信用してないからな……ヴァルケッド」
「構わない。信用されようがされなかろうが、俺は任務を達成するためにここにいるんだ」
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