嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap13.最後に訪れた朝

279.騒がしい家捜し

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 フィズは、持ってきた古い鞄からワインの瓶を取り出して、ヴィザルーマに見せた。

「……贈り物です」

 それを見て、ヴィザルーマは面食らったようだったが、すぐに小さな声で笑う。

「そうか……まさか、お前がそんなものをもってくるとは……」
「あ、あの……ダメですか?」
「いいや。お前は酒が苦手だろう?」
「え!? あ、そ、そうですが……」
「誰に持たされた? お前の悪辣な恋人か? それとも……どこかの貴族がお前にプレゼントしてくれたのか?」
「え、えっと……すみません。言えないんです……」
「はは……本当に、お前は無邪気だ」
「えっと……いりませんか?」
「いいや。もらおうか。せっかくお前が持ってきてくれたんだ」
「はい……」

 答えてフィズは、テーブルに置いてあった二つのワイングラスに酒を注いだ。緊張のせいか、少し手が震える。

 そして、ヴィザルーマに隠れて、カバンの中から、一つの瓶を取り出した。

 けれど、震えるフィズの手を、ヴィザルーマが掴んで止めてしまう。

「フィズ……お前、何を入れようとした?」

 ヴィザルーマが掴んだフィズの手には、小さな瓶が握られている。シグダードが、領主の城で飲まされた選択の水が入っていた、ヴィザルーマの顔が彫られた瓶だ。

 フィズの手を握るヴィザルーマの力が、どんどん強くなっていく。

「フィズ……お前まで……そういうことをするようになったか……」
「……なんのことですか?」
「ワインに何か盛ってきたのかと思ったが、まさか、私の目の前で毒を盛ろうとするとは……」
「……ヴィザルーマ様? 本当に、何を怒っていらっしゃるのです?」
「今更とぼけることができると思っているのか? 本当に……お前は無邪気だ」
「…………ヴィザルーマ様こそ、何か勘違いしていらっしゃってます」
「私が?」
「私だって怒るんです」
「何を言っているんだ。怒っているのは私の方だ。お前は私に毒を飲ませようとしただろう?」
「毒? 何言ってるんですか?」

 そう言ってフィズは、ヴィザルーマの目の前で、その瓶の中身を飲み干した。

「……フィズ!!!」

 驚くヴィザルーマの前で、フィズはその場で平然と笑って見せた。フィズが逆さにした瓶からは、何も一滴も流れない。

「何をそんなに焦っているんですか? ヴィザルーマ様。これ、アギジイタトルさんからもらったものだけど、中身は私が汲んだ、ただの水です」
「なんだと……?」
「例えば中身があなたが入れたもののままだったとして、自分が渡したものなのに、なんでそんなに怖い顔するんですか? シグなんか、一気飲みしてましたよ」
「何っ……!! それをか!?」
「アギジイタトルさんが持ってきたもの、リーイックさんが分析してくれました。あなたが、イウィールさんに持たせたものも。中身はシュラさんが作った毒に似せたものらしいです。シュラさんが作ったものだって、カルフィキャット様を利用して手に入れてるんじゃないんですか?」
「フィズ……貴様…………誰にそんなことを吹き込まれた?」
「誰だってかまいません! アギジイタトルさんにあなたが渡したものは回収しました。みんな、あなたが助けてくれるって信じていたのに……」
「なんのことだ? あれは、アギジイタトルが私の使者を語り勝手に行ったことだ」

 平然と言うその男を、フィズは睨みつけた。

「あなたは……本当に最低だ……」
「フィズ……清らかだったお前が、そんな口をきくようになったなんて、なんて嘆かわしい……」
「……ヴィザルーマ様。ララナドゥールは解毒薬の存在に気づいています。それが、力を打ち消すものと聞いて、自分達に争いを仕掛けるつもりだと思ってしまったようです。あなたに力を貸したレタートズさんだって、目的はあなたへの協力なんかじゃありません。解毒薬だけ手に入れたら、ララナドゥールへ帰る気でしょう」
「……明るく無垢だったお前の言葉じゃないな……まるで別人だ。私を裏切るなんて……」
「裏切る? それって、あなたに都合の悪いことをしたからですか? 先に私を傷つけたのはあなたです」
「……何て汚らしい……反省もせずに醜い口のきき方をするなんて、悪人たちに囲まれて、毒されてしまったのか?」
「何言ってるんですか? 毒されたとか悪人とか明るいとか無垢とか、そんなの、あなたが勝手に思ってただけです」
「フィズ……お前は私のそばで笑っていればいい。お前のことは、私が躾け直してやる。私と共にこい。フィズ。これまでの悪事には、少しの罰で目を瞑ってやる」
「嫌です」
「あの醜い暴君のそばで、奴隷になっていた方がいいのか?」
「シグのことをそんな風に言わないでください。シグは醜い王なんかじゃなくて、私の大切な恋人です。彼を侮辱することは許しません」
「……あの男は、雷魔族を恨んでいるのだろう?」
「なぜっ……! それを……」
「イウィールやレタートズから報告を受けている。フィズ……辛い目にあったな……」
「……」
「あの男に汚されたのだろう? 体を弄ばれ、果ては暗い地下で毎日拷問されたんじゃないか? 寝台に無理矢理押し倒され、服を脱がされた時は怖かったんじゃないか? 泣き叫びながら尻を犯された時は悲しかっただろう? 傷ついたお前を、私なら癒してやれる。フィズ……」
「………………では、私の大切な恋人を貶した言葉を撤回する気もないし、私の大切な人たちを侮辱したことも、傷つけたことも、まるで悪いなんて思ってないし、毒も解毒薬も渡す気もない……そうおっしゃるのですね?」
「お前の言っていることは、全てただの妄想だ。私のもとへ来い。お前を助けてやる……」
「………………ヴィザルーマさま……」

 フィズは、顔を上げた。

 そしてゆっくり、彼に向かって手を伸ばす。

「……本当に、私を許す気があるんですか? あなたに背を向けた私を、あなたが許すとは思えません」
「そんなことを心配しているのか? 許しは誰にでも与えられるべきものだ」
「…………」

 フィズは、ヴィザルーマの手を取った。

 そして、ぎゅっとその手を強く握り、ヴィザルーマに一歩近づき、目の前の彼と見つめ合う。

 そしてこっそり、ヴィザルーマの手に針を突き立てた。

「いっっ…………!」
「リーイックさんからいただいた薬です」

 フィズはヴィザルーマに襲いかかった。薬のおかげで、ヴィザルーマは体に力が入らないようだ。

 リーイックは、いつもこれを、シュラが面倒なことを言い出した時に使うと話していたが、ずいぶんとよく効くもののようだ。

 ヴィザルーマの体を押し倒し、ベッドに抑え込む。

 ヴィザルーマは、暴れようとしているようだが、力が入らないのか、足掻くだけだ。呻く彼に馬乗りになったフィズは、今度は服の中に忍ばせておいた瓶の蓋を開けて、それを彼の口に突っ込んだ。

「ぐっ……!」
「それ、少しの間だけ、魔力が使えなくなるかもしれない薬です。本当は口移しで飲ませるって作戦だったんですけど、むかついたのでやめました!! シグを馬鹿にする人は許しません!!」
「ぐっ……かはっ……!」

 瓶の中身が空になり、フィズはヴィザルーマから離れた。

 前者は、猛スピードでキラフィリュイザに飛んだアメジースアに半ば強引に連れてこられたリーイックから受け取ったもので、後者は、アロルーガから受け取ったものだが、どちらもよく効いてくれた。

 初めて自分が倒されたヴィザルーマは、ドロドロになった口元を拭いながら、ベッドの上で起き上がる。

「フィズ……貴様……」
「起き上がれるんですか? よかった……」
「なに……?」
「リーイックさんがシュラさんに使う時は、たまに目を覚まさないらしいから……」
「貴様っ……! そ、そんなものを私にっ……!」
「先に私を怒らせたのはあなたです!! それに、リーイックさんが、普段シュラさんに使うものの一千倍弱いものだから、死にはしないって言われてました!!」
「だからと言って……!」
「あなたは最低だ!!!! 目的のために人を物のように利用して! あなたがそうやって使い捨てにした人たちは、そんなことされていい人たちなんかじゃありません!! あなたなんか、みんなのこと何も知らないくせにっ……! シグだって! シグは私の大切な恋人だし、私はシグ以外好きになりません!! 特にあなたのことなんか!! 全身全霊で嫌いです!!」

 叫びながら、ヴィザルーマがまだ動けないうちに、部屋の端にあった縄でヴィザルーマを縛り上げる。ヴィザルーマはひどく腹を立てていたが、気にならなかった。

「フィズっ…………貴様ああ……」
「あ、あなただって、似たようなことしたじゃないですか!! もう頼んだって、絶対に毒も解毒薬もくれないって、分かってました!! 最初から私だって、あなたと話す気なんかありません! 自分で探します!!」

 怒り狂うヴィザルーマには構わず、フィズはあちこちの引き出しを開いて、解毒薬を探し始めた。

「どこですか!? 解毒薬!! 変なもの作らないでください! それのために、領主様もみんなも、すっごく苦しんでいたんです! こんなところでダラダラと高みの見物してたあなたには分からないでしょうけど!!」
「フィズっ……! やめろ!」

 ヴィザルーマの言葉を無視して、引き出しや棚のものを引っ張り出しては、目的のものを探す。そうしていると、騒ぎを聞きつけたのか、ヴァルケッドが入ってきた。

「フィズ。成功したか」
「はい!」
「……だが、ちょっと乱暴に縛りすぎていないか? 薬も少しだけ飲ませればいいと言われていただろう」
「す、すみません……そ、そこだけ作戦変更です!! わ、私だって、腹を立てているんです!!」
「そう言えば、お前はシグの恋人だったな……」
「あっ……あの、し、シグには私がこんな真似をしたこと、黙っていてください……いつも乱暴しないでくださいって言ってるのに、私がこんなことしたなんて知ったら……呆れられてしまいます……」
「なんの心配をしているのか、まるで分からない……」

 頭を抱えるヴァルケッド。しかし彼は、すぐに廊下に出て行く。

「だが、いい案だ。全員縛り上げた方が早く確実に全て回収できる。今度任務の時に、この手法を使わせてもらおう」
「え、えっと……それはやめた方が……」

 するとそこに、騒ぎを聞きつけたのか、外に待機していたはずのジョルジュが飛び込んできた。

「ヴァルケッド! フィズ!! どうした!? 何かあったのか!?」
「いいや。順調だ。フィズがいい案を思いついたらしい」

 言いながら、ヴァルケッドは寝ている男たちを縛り上げる。
 フィズのいる部屋で、ヴィザルーマも縛られている見て、ジョルジュはニヤリと笑った。

「そいつにはいい薬だ」

 そう言って彼は窓を開けて、外に控えていた仲間たちに向かって叫んだ。

「おいお前ら! 中に入ってこい! 全員で探すぞ! 毒と解毒薬見つけろ!」
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