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48.俺は、大事なことを忘れていたのではないだろうか

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 落ち着け。ルオンがウィエフを殺すはずがない。動機がないじゃないか。

 だけど、俺はこの二人の関係を深く理解しているのかと言われたら、あまり自信がない。ウィエフは多分ルオンを好いていたのだろうが、ルオンの方は……?

「フィーディ……? どうやら、驚かせてしまったようだな……すまない」
「い、いええ……そんなこと、いいんです……本当に……あ、あ、あの……ルオン、様……」
「どうした?」
「…………あの……ウィエフ、は……どうしたのでしょう……さっきまでいたんですけど、ルオン様を探してっ……! 森にっ……!」
「私は知らない」
「へ!?」
「ウィエフは、私を探していたのか? 会っていないな……まだ、私は殿下にもウィエフにも会えていないんだ」
「…………そうですか…………」

 嘘だ……絶対嘘だ! さっき会っていただろう! あのウィエフはなんだったんだ……なぜ隠す!?
 さっきルオンがウィエフにしたことが俺の見間違いなら、ルオンがそれを隠す必要はないはずだ。それなのに……
 やはり、ルオンがウィエフを殺したのか?

 いやいやいや!! 落ち着けっ!! ウィエフが死んだと決まったわけじゃない!

 さっきのは確かに魔法の雷撃。しかし、ウィエフだって、王城で魔法使いたちに魔法を教えるような人だ。とっさに魔力で自分の身を守ることくらい、できるはずだ。だったらきっと、生きている。

 それに、まだルオンがウィエフに手をあげたって、決まったわけではないし……きっと、大丈夫だ!

 とにかく、ウィエフが倒れたあたりに行ってみないと、何があったのかなんて分からない。
 それに、雷撃で動けないのなら、助けなくてはならない。

 早くウィエフが倒れたあたりに行きたいが、ルオンの前でそんなことを言うわけにもいかないっ……!

 ルオンは確かにウィエフに会っていたのに、それを隠している。俺がそんな現場を見たなんて言ったら、何をされるか分からない。

 チラッと見上げると、ルオンは「とにかく、フィーディたちに会えてよかった」と言って微笑んでいる。優しそうに見えていたはずの笑顔が、ひどく恐ろしく見えた。

 どうする……? ルオンに眠りの魔法をかけて、ウィエフのところに走るか?

 けれど、相手は城主ルオンだ。ここでは魔法の腕は彼が一番だし、彼も、ヴァグデッドと同じ、吸血鬼族の血を引いている。もしかしたら、彼には効かないかもしれない。失敗したら、完全にルオンを敵に回してしまう。そうなったら、俺なんか即死だ!

 一旦、ヴァグデッドたちが戦っていたところまで戻ろう。二人に事情を話して、協力してもらうんだ。

 よし……できるだけ平静を装い、ルオンを誤魔化しながら、ヴァグデッド達と合流するんだ!

「る、る、ルオン……さま……」
「どうした?」
「あ、あのっ……む、向こうでヴァグデッドたちが戦っているんですっ……ま、魔物が出て……先に、か、彼らと合流してもいいですか?」
「ヴァグデッドが? ……分かった。行こう」
「い、行きましょうっ……! こ、こっちです!」

 俺は、ルオンの前を走り出した。

 すでに、夜空を埋め尽くしていた巨大な魔物は、姿を消している。ヴァグデッドたちが勝ったんだろう。それはよかったんだけど、魔物が消えたら、どっちから来たのか分からないっ……!

 何しろ、あたりは真っ暗。自分がどこにいるのかも、よく分からない。

 たぶん、こっちの方だったはず。そんな曖昧な記憶だけを頼りに歩き出す。すると、俺たちの周りを、小さな明かりがふわふわと飛び回り出した。ルオンの魔法の明かりだ。

 ルオンは、先を歩いていた俺に追いついてきて、微笑んだ。

「森は暗い上に、魔物が多くて危険だ。はぐれないように気をつけてくれ」
「は、はい……」

 もちろんそうしたいけど……今はあなたの方が怖い! ウィエフは一体どうしたのですか!?

 早くヴァグデッドたちと合流したいのに、森は暗く静まり返っている。
 せめてヴァグデッドが巨大な竜の姿になってくれていたらすぐに見つかるのに、あいつは今、猫と変わらないサイズだ。
 なぜ猫のサイズで魔物に打ち勝つんだっ……!
 そして、こんな時に限って、ティウルもヴァグデッドも静かにしていないでくれ! いつもすぐに騒ぎ出すくせに!

 落ち着け! 俺の方から彼らに合図を送ればいいんだ!!

 とはいえ、眠りの魔法では合図にならない。俺に合図になるような魔法は使えない。だったら、使える人を利用するまで!

「あ、あの! る、ルオン様っ……!」
「どうした?」
「あの……こ、このまま森を歩いていても、ヴァグデッドたちを見つけるまでに、時間がかかってしまいます。く、暗いからっ! だから、そのっ……何か合図を出しましょう!」
「合図はできない。魔物に見つかる」
「そうかもしれませんがっ……!」

 こんなことをしている間にも、時間は過ぎていく。
 ウィエフはきっと、まだ倒れたままだろう。魔物に対してひどく無防備な状態だ。急がないと、魔物に食い殺されてしまうかもしれない。

「ヴァグデッドっっ!! ティウル!! どこだ!!??」
「フィーディ!? 落ち着け……大声を出すと、魔物が近づいてくる。気持ちはわかるが、静かに探そう」

 ルオンはそう言うが、そんなことをしていたら、ウィエフが魔物に食われてしまう! あまりぐずぐずしていられないのに……

 まさかっ……! 俺をヴァグデッドたちと合流させないようにしているのか!?

 隣にいる人が、急に疑わしく思えてきた。真っ黒な長い髪からのぞく彼の目は、どこを見ているのかも分からない。

 ルオンは、攻略対象の一人で、普段は優しく穏やかな城の主だ。誰にでも親切で平等だが、ティウルが選択肢を間違え、最悪のバッドエンドを迎えると、彼は、恐ろしい吸血鬼に変貌し、城中にいる人に切り掛かる。

 俺は彼のことは、よく知っているつもりだ。彼との会話の際だって、ちゃんと気をつけていた。

 そうだ。ちゃんと気をつけていた。

 俺は。

 …………俺は、大事なことを忘れていたのではないだろうか。
 悪役令息であるフィーディとルオンは、ゲームでは何度か対面する。ルオンは、ティウルに嫌がらせを繰り返すフィーディを何度も窘めてくれるんだ。
 しかし、その際も、選択肢を選ぶのは、主人公のティウルだ。ティウルが選ぶ選択肢によって、ルオンとの関係も彼の様子も変わっていく。

 悪役令息の俺は、今までルオンの中の、決して触れてはいけないものを刺激しないように、彼の大切なものを汚さないように気をつけてきた。けれど……じゃあ、ティウルは?

 ティウルが城に来て、一番最初にルオンに会うのは、城に来てすぐの挨拶の時。けれどその時は、軽く挨拶をするだけだ。ルオンと会話をするのは、昨日の晩の夕飯の時だったはず。フィーディに挨拶に行っても冷たくあしらわれ、ショックを受けた主人公は、一人寂しく食堂で夕飯を食べているところで、ルオンに優しく声をかけてもらう。

 けれど、悪役令息になった俺は、ティウルを全く冷たくあしらわずに、むしろティウルとヴァグデッドに引き摺られて騒ぎながら食堂に連れて行かれて、半ば無理矢理みんなで食事を摂っていたから、ティウルはルオンには会っていない。
 ティウルがルオンに会ったのは、多分、次の日の朝……王子殿下に初めて会った後、俺がキノコを投げて謹慎を言い付けられた後だろう。
 その時、ティウルはルオンと、どんな話をしたんだろう。ルオンには、死霊の魔法に対する嫌悪感があるのだが、それについて深く聞いたりしていないだろうか。彼の部屋に、無断で入ったりはしていないか? 彼が大切にしている鍵に触れたりしてないか?

 ルオンと交流を深めるのはティウルなんだ。
 彼が選択肢を間違えると、大体どの攻略対象のルートでも、この島が凄惨な大量殺人の場になったり、王国に死霊が溢れて滅亡したりする。それは、攻略対象が抱える、今にも溢れてようとしている暗がりのようなものを、ティウルが抑えきれずに引き起こされるもの。主人公が、彼らの狂気を鎮めることができなければ、城も国も終わる。

 俺がバッドエンドにならないだけじゃダメだ。例えば俺が筋書き通りのバッドエンドを迎えなかったとしても、ティウルとみんながハッピーエンドを迎えないと、攻略対象たちは国や城を崩壊させる。惨殺の被害者なんて嫌だっ……!!

 それに……

 この世界に転生したことを知り、自分の運命を知って、恐ろしかったし、すぐにでも逃げ出したかった。
 それでも、ここへ来てヴァグデッドに会って、ティウルと話して、ルオンやウィエフに会った今、彼らがいずれ、苦しみの果てに崩壊していくなんて、絶対に嫌だ。

 まだ、間に合うはずだ。

 ルオンだって、まだウィエフを殺したと決まったわけじゃない。とにかく、ウィエフを助けなくてはっ……!!
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