従者になりたい犬と犬に悪戯したい魔法使い様

迷路を跳ぶ狐

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第一章

8.魔物が見えたので

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「よくも逃げてくれたなっ……!」
「いやっ…………!」


 叫んだ村人が振り上げたものが、動けないチイルの体を打つ。それを皮切りに、次々に殴られ、蹴られ、棒で打たれた。


 村人たちは口々に悪態をつく。


「もうこんなものの手足は切り落としましょう! むしろ、そのほうが魔力も早く尽きるはずです!」

「名案だ!! なぜ今まで思いつかなかったんだ!?」

「これまでは、甘すぎたのです。こいつには、苦痛と陵辱こそが救いです!!」

「村長!! ご英断を!」


 次々に叫ばれ、村長と呼ばれた男が前に出る。初老で体格の良いその男は、大きな杖を振りかぶり、チイルの体に打ち付けた。

「ああぁっ……!!」
「儂の顔を潰しおってからにっ……! この悪魔めっ!」
「やっ……めてっ……! い、いだっ……! 痛いっ……! やめてっ…………お願いっ……! もうっ……………………もうっ……許して……!」


 すでにチイルの体は血塗れだった。


 こんなに目に遭うなら殺して欲しい。

 けれど、それすら許されないチイルの体を、村長は杖で殴りつける。


「痛いだと? 許せだと!? 何を図々しい!! 村を脅かしておきながら!! 悪魔がっ……! これは慈悲だぞ!! クズのお前にはもったいないほどの慈悲だ!!! 儂が自らそれをくれてやっているんだぞ!! 礼を言え!! クズがっ!!」


 何を言われているのか、チイルには分からなかった。しかし、この苦痛から逃れるためだけに、言われたことを繰り返し、叫び続けた。


「あ、ありがとうございます! 僕わっ……くずですっ……!! これわっ……慈悲ですっ……!」

「それでいい……」

 やっと、村長が杖を下ろし、チイルは、地面に這いつくばって泣いていた。


「も、もう……もう…………殺してください…………もう……ころして……ひっく…………うっ……ぅっ……いたい……い、いたいよ…………」
「馬鹿を言うな」
「え? うっ……」


 杖の先で顎を上げられ、呻くチイルを、村長は恐ろしい顔で見下ろしていた。


「お前が死んでも、お前の魔力は残る。その魔力が抜けるか、お前が人魂を飛ばしていたことを認め、それをやめるまでは続ける。無責任に殺してもらえるなどと思うなっ! 図々しい!!」
「そんな……そんな……………………」
「お前が許されることは決してない。お前にできることは、ずっとこうして儂らの慈悲を受け続けることだけだ! 感謝しろ!!」
「うっ……あぁっ……!!」


 さらに数度、杖が振り下ろされる。激しい痛みに、チイルは血を吐いて泣いた。


「あぁっ……! ぃ、いたっ……痛いっ……! 痛いっ……!! ひっく……やめてっ…………許してっ……!! もう許してぇっ……!!」

「こいつの腹を裂け!! 逃げられなくしてから足を折るんだ!!」


 村長の叫びに応じて、周りの村人が剣を抜く。


(もうダメだっ……)


 恐怖に負けて、目を瞑る。


 しかし、その剣は振り下ろされることなく、突然、何の前触れもなく、どろりと溶けてしまう。


 村人たちがどよめいて慌てる中、今度はいきなり、村長の体が吹っ飛んだ。
 二メートルほど飛んだ彼は、橋の支柱に体をぶつけて動かなくなる。


「そ、村長!?」


 周りの村人たちが次々叫ぶ。

 けれど、誰も駆け寄らなかった。

 こちらへ向けられた異常な殺気を感じて、動けないのだ。



「すみません。つい。その男の正面に、魔物が見えたので」



 こんな場には似つかわしくない落ち着いた声と笑顔で歩いてきたのは、魔法使い風の男だった。


(あの人……牢で見た人だ……!!)


 それは、あの牢でフィーレアと呼ばれていた男だった。長い黒髪を、今は一つに括って、どこか冷えた笑顔を浮かべながら、近づいてくる。後ろには、あの時一緒にいた、デスフーイもいた。


 彼らに振り向いた村人の一人が叫んだ。

「ふ、フィーレア様!! こ、これは一体どういうつもりですか!?」
「今、村長の目の前に魔物がいたのです。それを倒すために、仕方なくしたことです」
「目の前に……? し、しかし、何も見えませんでしたが……」
「あなた方には見えなかっただけです」
「……」

 きっぱりと、何の迷いもなく言われて、村人たちは黙り込む。そして誰からともなく、二人に道を開けた。
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