従者になりたい犬と犬に悪戯したい魔法使い様

迷路を跳ぶ狐

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第一章

11.抱っこさせろ!

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 竜が空高く飛び立つと、もう誰の声も聞こえなかった。
 空を飛ぶ間も、デスフーイはずっと、チイルを抱きかかえている。
 その手が温かいからか、だんだん痛みがなくなっていく気がした。

 チイルの体は傷だらけだったはずなのに、もう血は流れていない。いつの間にか、傷はすべて塞がっていた。

 チイルは、これも自分の魔力のせいなのかと思った。しかし、魔力を使うといつも感じていた、ひどい脱力感がない。むしろ、なんだか気持ち良くて、眠くなってしまいそうなくらいだった。


 無意識にデスフーイの腕に体を預けていると、彼はチイルを見下ろし、微笑んだ。優しそうな笑顔だと思った。

 その笑顔に惹きつけられるように、チイルは、ずっと気になっていたことを聞いてみた。

「僕……火山へ行くんですか?」
「ああ」
「……水の竜で近づいたら、蒸発しちゃいませんか?」
「これは魔法の竜だ。問題ない」
「…………火山の上から、突き落としてください」
「……絶対にダメだ。幽閉することになっている」
「僕、逃げたりしません」
「いいから、黙っていろ」
「……」

 彼が冷たく言うから、それ以上、チイルは何かを聞くことができなくなってしまった。

(本当に、逃げたりなんかしないのに……)

 もう、チイルには、逃げる気力など、残っていなかった。
 逃げてまたあの村に捕まるくらいなら、焼けた山にずっと繋がれていた方がいいとすら考えていた。




 竜はゆっくり、火山の火口付近に降りて行く。


 そこは、真っ黒な岩が転がるだけの、焼けた山だった。どこを見ても、焼け焦げた黒い岩場が広がるばかりだ。あちこちから黒い煙が上がっていて、空は黒い雲に覆われていた。

 この辺りには、魔力が時間をかけてたまっていて、立ち込める煙は魔力を持ち、生きているものの命を奪うらしい。
 あたりの空気は焼けて、カラカラだった。息をするだけで、炎が肺に入ってくるようだ。


 何度も苦しい呼吸をしながら、チイルは喘いだ。体はすでに焼けそうだ。
 手をついて、荒く息をするのが精一杯のチイルの隣で、二人は平然と立っている。力を奪う熱と煙の中にいるはずなのに。



 フィーレアは、チイルに振り向いた。

「これから、あなたをここに幽閉します」
「はい……」
「あなたはここから二度と許可なく出ることはできません」
「はい……」
「あなたはずっと、私たちの監視下に置きます」
「はい……」
「あなたが力を扱えないようなら、私たちが押さえ込みます」
「はい…………」



 もう、返事をするのも苦しくなってきた。



 ついに口元を押さえて蹲ってしまうチイルに、二人は近づいてくる。


 何をされるのかと、恐ろしくなる。
 また殴られるのではないかと思った。そうでなかったら、鞭で打たれるのかもしれない。


 けれど彼らは、チイルの頭にそっと触れた。



 急に頭が熱くなる。喉も、肺も、腹の中すら焼けていくようで、胸を掻毟って体を丸めた。



「あ……ぐ……!! があああああああっっ!!」



 声が出るなら、殺してくれと叫びたかった。このままずっと苦しまなくてはならないのなら、死にたかった。けれど、喉も腹も焼けるように熱い。あまりの苦痛に、言葉など発することもできずに、ただ泣きながら喘ぎ、叫んだ。



 すると、目の前のフィーレアは、あろうことか、チイルを抱きしめた。



「もう……大丈夫だっ……」



 何を言われているのかわからなかった。これほど苦しいのに、何が大丈夫だと言うのだろう。


 けれど、フィーレアの腕の中にいると、少しずつ、息苦しさが消えていく。
 焼けるようだった喉も、肺も、少しずつ冷えていった。


 何をされているのかもわからず、見上げる。その頃には、頭を動かしても体は痛くなかった。
 焼けるようだった火山は、変わらずそこにあるのに、それが嘘であるかのように、体が楽だ。



 フィーレアが、チイルに向かって微笑む。そして、杖を掲げた。


 すると、突然黒い大地が割れ、辺りから水が吹き出した。間歇泉のように吹き出したそれは、冷たく気持ちいい。

 あっという間にチイルも二人の魔法使いもびしょ濡れになってしまう。

 そこかしこから吹き出した水は、噴水のように降り注いで、あの息苦しさも消えていく。
 焼けたような空気もすぐに冷えて、まわりには蒸気が立ち込めていた。



 杖を和傘に変えたフィーレアが、落ちる水の粒を防いでくれる。



「行きましょう。立てますか?」



 チイルはうなずき、立ち上がった。もう立っても辛くない。


「あ、あの……でも……どこに……?」
「私たちの屋敷です。あなたにも、住む家が必要でしょう?」
「い、家っ……?」


 戸惑うチイルを、背後からデスフーイが抱き上げる。


「わっ……!」
「いいから、ごちゃごちゃ言ってねえで行くぞ!」
「えっ!? えっ……!?」


 横抱きにされて、驚きはしたが、嫌だともいえない。
 慌てながら抱っこされるチイルに微笑んで、デスフーイは歩き出した。


 すると、並んで歩くフィーレアが、どこか不機嫌気味に言う。


「デスフーイ、途中で変わってください」
「は? 嫌だよ。俺の方が力あるじゃん」
「こんな小さな犬を抱っこできないほど非力ではありません。それに、私には魔法がありますから」
「魔法なら、俺だって使える」
「魔法では、圧倒的に私の方が上です」
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