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第三章
21.朝ごはんの時間です
しおりを挟むその日、チイルは、布団の中でほとんど寝ていた。久しぶりにぐっすり眠れた気がする。
身の回りのことは狐たちがしてくれて、夜には、屋敷に仕えているという猫が、布団の中に入ってきた。
夜もずっと眠って、朝が来て、やっとチイルは布団から起き上がることができた。
早朝の屋敷は、涼風が流れ、静かで心地いい。
目覚めたチイルは、狐たちに連れられ、居間で朝食をとることにした。
起きてすぐに狐たちに連れられて居間へ向かったが、そこに、フィーレアとデスフーイの姿はなくて、屋敷に使える狐や化け猫たちだけが、賑やかに食事をとっていた。
フィーレアたちは、食事の用意だけして、先に出かけていったらしい。
広い畳の部屋に、大きな座卓が一台。そこには、おにぎりと味噌汁、卵焼きと漬け物が並んでいる。どれもこれも、チイルが初めて見るものばかりだったが、どれもこれも、食べるとホッとした。
周りには、人の姿になった狐や化け猫たちが、大きな尻尾を振りながら楽しそうに食事を続けている。とても賑やかだったが、チイルはどうしても、フィーレアとデスフーイのことが気になってしまう。
(ご飯……一緒に食べたかったな……)
二人がそれを望んでいるとも思えなかったが、朝起きた時、あの二人に今日も会えるのかと期待してしまったのだ。
二人がどんな人なのか、なぜ自分をここへ連れてきてくれるのか、なぜ自分にこんなに良くしてくれるのか、知りたいことはいくつもあった。
けれど、聞いていいのかとも思う。魔力を使うこともひどく苦手で、村に囚われ、魔物を呼ぶとまで言われ、厄介者扱いされた自分が近くに行って、二人に迷惑をかけてしまうのではないかと、そればかりが心配だった。
(昨日も……無理を言ってしまったし……フィーレアさまにも、デスフーイさまにも、迷惑かけちゃった……)
それを思い出すと、つい食事の手を止めて俯いてしまう。
狐も猫も、食卓でわいわい楽しげに朝食を続けていた。
そのうちの一匹、ストーフィという狐が、お皿に肉巻きおにぎりをいくつものせて近づいてきた。今朝起きたらチイルの布団の上で丸くなって寝ていた白い狐で、彼は狐の姿のまま、二足歩行で皿を掲げて運んでくる。
「チイルーー!! お肉のおにぎり一緒に食べよーー!!」
「う、うん……ありがとう……」
お礼を言って、皿の上の肉巻きおにぎりを一つを受け取ると、ストーフィも、皿を置いて、食卓に座ったままおにぎりをかじり出す。
他の狐や猫たちも似たようなもので、食卓の上に座ったり、炎でできた羽を作り出し、空を飛びながら食事を続けたり、部屋の端では喧嘩が始まったりと、すごい騒ぎだ。誰も、チイルの力を怖がる様子もない。
そういえば、朝からだいぶ気分がいい。いつもの、体の中で焼ける石が暴れているような、あの気持ち悪い感覚がない。
そっと、フィーレアとデスフーイがくれた首輪に触れる。そこが少し、冷たくなっている気がした。
フィーレアに初めて抱きしめられた時、彼は火山の魔力を使って、チイルの魔力を封じたと話していた。多分、今朝気分がいいのはそのおかげだろう。
こうして魔力の制御ができれば、普通の生活ができるかもしれない。そんな希望すら湧いてくる。
けれど、あの二人がなぜそんなことをしてくれるのか、ずっと不思議だった。
チイルは、ずっと座卓の上でおにぎりを食べ続けているストーフィにふりむいた。
「あ、あの……す、ストーフィさん……」
「ストーフィでいいよ。なに?」
「あの……フィーレア様とデスフーイ様は……どちらに?」
「あー……多分、城下町の方だと思う。警備隊に呼ばれてたみたいだし、買い出しもあるからって、朝から出かけたよ? サキュを連れて」
「サキュを……」
それは昨日、二人の一番そばにいた狐のことだ。常に二人のそばにいて、甲斐甲斐しく二人の世話をする彼が、少し羨ましく感じた。
チイルは二人とは離れてここで食事をとっているのに、サキュは連れて行ってもらえて、今も二人と一緒にいて、二人に仕えているのだ。
(僕だって……あの二人にお礼がしたい……)
「……あ、あの、お二人は、いつ……お帰りになるの?」
「さあ? いつかな? ねえ! イノゼスーー! 知ってるー?」
ストーフィが、座卓の向かい側で卵焼きを次々口に入れていた猫耳の男に話しかけると、彼は口一杯に食事を詰め込んだまま顔を上げた。
真っ黒な猫耳と真っ黒な尻尾が特徴の化け猫で、まるで少年のようななりをして、金魚の柄の甚平を着ていた。
「ふぁーー? ふあ? ふーふぁ……」
少し話して、話すのを諦めて、口の中のものを全部飲み込んでから、彼はもう一度口を開いた。
「僕も……知りません……昼には帰ると思います。だいぶ急いで出て行かれたので……」
話しながら、イノゼスはこちらに近づいてきて、チイルのことを見下ろした。
「あなたが、お二人の新しい犬ですか?」
「い、犬?」
「フィーレア様とデスフーイ様にお仕えするためにいらしたのではないのですか?」
「僕は……その……ふ、二人に助けてもらって、ここに連れてきてもらったんです…………ここにいるみんなは、お二人に仕えているんですか?」
「はい!! お二人は、ここの火山を住みやすくして、僕らのことを守ってくださっているんです! お二人の魔法がなかったら、ここはすごく荒れた火山で住むことができないんです」
「そうなんだ……」
だとしたら、チイルこそ、彼らに大きな恩がある。こうして、布団で寝て、食事が出来るのは、彼ら二人のおかげだ。
「僕も……お二人に仕えることができるのかな……?」
「じゃあ、僕たちと一緒です。チイルも、僕たちと一緒にお二人にお仕えすればいいんです! チイルも今日からお二人の従者です!」
「……う、うん……」
まだ戸惑いながら頷くと、イノゼスもにっこり笑って卵焼きを勧めてくれる。
「では、同じ従者同士、卵焼きをどうぞ!」
「うん……ありがとう……」
どうやら、親近感を持たれたらしい。彼が親しげに話してくれて、嬉しくなる。
考えてみれば、これまでずっと、敵意しか向けられてこなかった。こうして受け入れてもらえるのは、何年ぶりだろう。
犬の妖精は、普通群れで暮らすが、チイルは生まれた時から、周りに群れはいなくて、小さな街の孤児院にいた。大きくなってからは、そこを出て、生きていくために毎日遅くまで働いた。貧しく忙しい日々だったが、それでも、自分が魔力を扱うのが苦手だと分かるまでは、普通に暮らせていたと思う。しかし、ある日夜道を歩いていた時に、背後に現れた魔力の塊を追い払おうとして魔法に失敗し、道路に大穴をあけてしまった。そのせいで、街を追い出され、それからは、誰もいない森で暮らした。幸い、孤児院では、同じ犬の妖精族の血を引く友人に、狩りを教えてもらっていた。おかげで、一人でも森で暮らすことができた。けれど、そんな日も長くは続かず、村に捕らえられた。チイルがねぐらにしていた洞穴のそばに村があって、そこで起こる怪現象はチイルの仕業だという。
もう二度と、自由など訪れないと思っていたが、こうして、座って食事ができる。フィーレアとデスフーイには、感謝してもしきれない。
「あ、あのっ……!」
チイルが思い切って口を開くと、ストーフィも、イノゼスも、食べるのをやめて顔をあげる。
「あの……ど、どうしたら、お二人の従者になれるのかな?」
すると、イノゼスは首を傾げた。
「もう従者になってるんだから、そんなこと気にしなくていいのに」
「だ、だって……僕、ずっと、お二人によくしてもらってばっかりだし、僕も二人のためにがんばりたい……」
すると今度はストーフィが得意げに胸を張って言った。
「じゃあー、サキュから従者の心得を聞いた僕がそれを教えてあげよう!」
「ほ、本当!?」
「うん!! そのいち! 二人に差をつけてはならない!」
「差?」
「うん!! 二人とも、すぐ喧嘩になっちゃうから、平等に扱わなきゃだめなんだ! 差をつけると、二人が仲良くできなくなっちゃうから! だから、お菓子もご飯も必ず半分こ!」
「び、平等?? う、うん!! 分かった!!」
「後はー……」
ますます得意になって話すストーフィを、近くにいたらイノゼスは呆れた顔で見ていた。彼はいつも悪戯好きで、よく得意になりすぎて失敗するからだ。
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