普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐

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29.その時

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 僕がこの部屋に来る時に歩いてきた廊下は、だいぶ暗い。明かりがついていないんだ。周りにあったドアを開けようとするけど、どれも開かない。じゃあ、どこかの部屋に行ったんじゃないのかな??

「ま、マスター…………マスター……?? ど……どこですか?? マスター……」

 歩きながら、どんどん不安になってきて、声すら震えている。

 いないな……店の方かな??

 キョロキョロしながら、レヴェリルインを探して、店の方へ向かうドアを、そっと開いた。

 店はまだ営業中だった。もう日が暮れる時間で、店はますます賑やかになっている。

 僕がキョロキョロしていると、すぐそばで、並んだ服の棚の陰に隠れて、何か話しているお客さん二人の話し声がした。

「見て! あれ……伯爵の弟だよね!?」
「ああ……レヴェリルインだ」

 レヴェリルインのこと!? 二人が指している方を見やれば、レヴェリルインがいた。彼は、ラウティさんと二人で服を見ながら、何か話し込んでる。

 なんだ……帰ってこなかったのは、服を見ながら話し込んでただけか。周りに王子はいないし……よかった……無事だったんだ。

 だけどレヴェリルインの方を指差している二人は、彼から目を離さずに、ひそひそ話を続けている。

「レヴェリルイン……伯爵の横領で錯乱して城をぶっ壊したんだよね?」

 そう言ったのは、僕と同じくらいの背の男の人。茶色くて、かなりクセのある髪を長く伸ばして、頭の上でポニーテールにしている。その頭には、小さな狸の耳。大きな狸のしっぽもある。口には小さな犬歯があった。狸の妖精かと思ったけど、左手の爪だけ、獲物を取るためのもののように長い。じーっと、興味津々と言った様子で、レヴェリルインの方を見ていた。

 彼と一緒にいるのは、背の長い男。多分、魔族だ。かすかに、背中の辺りに魔力の霧が見える。魔族が使う、自分を守るためのものだ。金色の短髪に、細く見えるけど筋肉のついた体の人で、着ている制服は、確か、町の警備隊の制服だ。レヴェリルインの城で同じものを着ている人を見たことがあるから覚えている。背中には、大きな剣を担いでいた。剣術使いかな……鋭い目でレヴェリルインを睨んでいた。

「ああ…………いかれてんだよ。自分で開催したパーティーの最中だったらしいぞ……集まった貴族を虐殺しようとしたんだ」

 何言ってるんだ? 虐殺!??

 なんだそれ……全然違う! レヴェリルインは、誰も殺してない。だってあの城には、誰もいなかったんだ。

 どうしよう……誤解を解きたい。レヴェリルインは、誰も殺してない。彼の汚名を雪ぎたい。

 だけど……足がすくむ! ちゃんと説明できる気がしないっ……

 それに、レヴェリルインがこんな風に言われるのって……僕のせいじゃないか? 僕がそばにいたから、城があんなことになったんだ。そんなダメな僕が出て行って、どうしようって言うんだ。僕が出て行って変なことをしたら、ますますレヴェリルインが悪く言われるんじゃ……

 立ちすくむ僕の前で、二人は噂話を続けている。

「貴族たちまで巻き込むなんて……ねえねえ! もしかして、王族への反逆でも考えてるのかな!?」
「何でお前、そんなに楽しそうなんだよ!」
「だってすごいニュースじゃないか!! 悪徳伯爵の弟が、王族を滅ぼそうとするなんて!」
「お前……本当に懲りないな…………」
「だってそうだろ? なんでも、毒の魔法を覚えた兵器がそばにいるんだって!! 頑なに処分しなかったらしいよ!! きっとそれを使って……」
「落ち着けよ。お前が適当なこと言ったらダメだろ。毒の魔法、完成しなかったって聞いたぞ。失敗した魔法が頭に回って、おかしくなったんじゃないのか?」
「毒の魔法か……完成していたら大ニュースだ!! それできっとあの王子を暗殺する気なんだよ!」

 僕は、レヴェリルインの言葉を思い出した。

 お前のマスターは俺って言ってた。僕だって、そうでありたいと思った。それなのに……僕、何してるんだ!

 僕は、彼らに駆け寄った。

「あ、あのっ……!」

 思いの外、ちゃんと声が出た。二人とも、僕に振り向く。

 二人に振り向かれると、視線が怖い!! 今すぐいないふりしたい……じゃなくて、それじゃなんのために声をかけたのか分からない!!

 僕はもう、レヴェリルインに何も失ってほしくない。名誉だって。変な噂が立つのも嫌だっ……! 僕は、ちゃんと仕えるって決めたんだ!!

「あ、あのっ……!! ま、ま、マスターはっ……!! そ、そんなけとっ……そんなことしてないっ……んです!!」

 なんとか言うけど、二人はキョトンとしている。
 そして、警備隊の魔族の方が、僕に迫ってきた。

「なんだ? お前。マスター?」

 あ……そうか。「マスター」じゃ他の人には伝わらない。ちゃんと、レヴェリルイン様って言わなきゃっ……!

 だ、だけど、そんなに近寄られると困るっ……! し、初対面の人がめちゃくちゃそばにいる……!!

「あ、あのっ……!! レヴェリっ……! レヴェリルイン様はっ……そ、そんなことっ……! し、し、してないっ……!」
「は? 何でお前にそんなことわかるんだ?」
「だ、だって、ぼ、僕はその時、そ、そ、そばにいたからっ…………! だ、だからその……マスターは、誰も殺してなんかないっ……んです……」

 何とか説明すると、今度は狸耳の人が僕に近づいてきた。

「そばにいたって……じゃあ、あなたは城が吹っ飛んだとき、その場所にいたんですか!?」
「え……えっと……はい」
「すごい……証人がいた……その時のことを話してください!」
「え……ええっ……」
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