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53.何をされるか
しおりを挟む話しているうちに、僕らは街中の一軒家までやってきた。こじんまりした二階建ての家で、外にはいくつか鉢植えが置いてある。ここが、魔法薬を受け取った人の家らしい。
アトウェントラは、さっき掴み合いになったばかりのレヴェリルインを睨みつけて言った。
「どうするんですか? レヴェリ様。着きましたけど、多分、魔法薬なんて残ってないし、彼らは魔法使いにも会いません」
「全く残っていなくても、それが入っていた瓶くらいはあるかもしれない。かすかでも、使った魔法薬の痕跡があれば、後は俺がなんとかしてやる」
「無理ですよ。誰も魔法使いになんか、会ってくれません」
「お前が行けば、玄関のドアくらい開けるだろう?」
「……無理ですよ……僕が冒険者ギルドを崩壊させたなんて言われてるし……誰も……僕にも会ってくれません」
そう言って、彼は俯いてしまう。
レヴェリルインも腕を組んだ。
「魔法を使える奴だと会ってくれないのなら……行ける奴がいないぞ……ラックトラートでも使えるからな……」
そう言って顔を上げたレヴェリルインと目があって、僕はビクって震えてしまう。けれどレヴェリルインは、僕の頭をポンポン叩いて、お前はいかせない、と言ってくれた。
……だけど……ぼ、僕だって、レヴェリルインの力になりたい。だいたい、この中で行けるのは僕だけなんだ。
魔法薬の瓶もらってくるだけだぞ! 僕にだってできる! さっきあれだけ無謀なことしたんだから、他人の家に行って瓶取ってくるくらい、簡単だ!!
「あ、あのっっ! あのっ……あの!! あ、あの……あ、あの…………」
「あーーーー!! 鬱陶しい!! 早く言え!!」
突然大声をあげて僕を怒鳴りつけたのは、ドルニテット。何やらよほど怒らせてしまったらしく、彼は今にも僕を殴り殺しそうな顔をして、すでに鞭を握っている。
「何か言うなら早く言え!! 貴様が口を開くたびにイライラする!! もう言わないのならそれでいい!!! 死ぬまで鞭で打ってやる!」
「ひっ……!! あ、あのっ……! あの! あ、あの……ぼ、僕が…………」
「……鞭より斬り殺される方がいいか?」
「ま、待ってください!! 僕っ……僕、あのっ……! あのっ……!」
ついに切れたのか、ドルニテットが僕のすぐそばの石畳を鞭で打つ。けれど、鞭はレヴェリルインの魔法ですぐに消えしまう。ホッとしたけど、レヴェリルインは「俺の従者をいじめるな」と言ってドルニテットを怒鳴り、ドルニテットの方は「兄上は甘やかしすぎです!」と言い返して、喧嘩になってしまいそう。
「兄上! 俺は昨日からイライライライラしてたまりませんでした!! 今すぐこんなもの処分しましょう! 毒の魔法の杖は、俺が無理やり成長させます!! ……こんなクソチビ、もう必要ない……俺が焼き払ってやるっっ!!」
「……落ち着け。ドルニテット……」
ドルニテットは、僕を本当に殴り殺しそうな勢いだったけど、もうほとんど泣きながら僕が行きますって言ったら、なんとかやめてくれた。
こ、怖かった……本当に怖かった。
まだ後ろで鞭を構えているドルニテットが怖くて、ビクビクしながら、家の前に立つ。ど、怒鳴らなくても、ちゃんと行くのに……
ここからの手順は簡単だ。
まず、ドアをノックをする。
そして、家の中から人が出てくる。
そしたら、事情を説明する。
中に入れてもらって、魔法薬の瓶を回収する。
戻ってきて、瓶をレヴェリルインに渡す。
これだけじゃないか。
ただのお使い程度だ。知らない人の家に行って、瓶をもらって帰るだけ。
…………無理だ……
……ぜっっっったいに無理だっっ!! 僕にそんなこと、できるはずないーーー!!
まず、一番最初のノックの時点で無理だ。だって僕、知らない人と話すこともできないのに、ノック!?
人が出てくる!? その時点で僕は死ぬ。だって出てくるの、どんな人がわからないのに!!
事情を説明?? そんなのできたら、もうそれは僕ではない。
さっき、コエレシールに向かって行った時の数倍怖い。僕……死ぬより他人の家に行く方が怖いのかも……
足がすくんで、真っ青になって突っ立っていたら、足元に柔らかいものが触れて、僕は飛び退いた。
「ひっっ……!」
飛び退いた勢いで、尻餅をついてしまう。そしたら、僕の足元にいた、アイスブルーの小さな狼が、クゥンって鳴いた。
「……そんなに怯えるな……」
「え……? あ、ま、マスター?」
「ああ。俺だ。俺がこの姿でついていく」
「……え……で、でもっ……ま、魔法使いには、会ってくれないんじゃ……」
「大丈夫だ。この姿で、魔力もできるだけ隠す。お前を一人で男の部屋になど行かせない。何をされるか、分からないじゃないか」
「マスター…………」
ど、どうしよう……泣きそう。レヴェリルインがすごく優しい。
だけど、後ろにいるドルニテットが、僕に殺気のこもった目を向けている。
「兄上はそれに甘すぎる…………そんなもの、とりあえず行かせて、中でバレて殺されるのを待って、それから次の手を考えればいいんです」
……ドルニテット、これを機に僕を殺そうとしてないか……?
今もまだ鞭を握っていて、早く行けと言わんばかりの目で僕を睨んでいる。早く立たないと、本当に殴り殺されそう。
僕はなんとか立ち上がって、足元のレヴェリルインを抱き上げた。
うわっ……もふもふ……あったかい。気持ちいい。くるんとした目で僕を見上げる仕草も、すごく可愛い。マスターじゃないみたい。いつも、僕が見上げるほどの人なのに、今はまるで小さな子犬。
こんな時でも、マスターは僕を心配してくれる。優しくしてくれるんだ。それなのに僕は……ずっと怯えたままで、マスターにお礼の一つもできない。
マスターだって一緒なんだ。お、お使いくらいできる!!
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