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54.マスターとお使い
しおりを挟むドキドキしながら、僕はドアの前に立った。い、今から、これをノックするんだ……
他人の家なんて、その人の縄張りも同然。そのドアを叩くなんて……めちゃくちゃ怖い。
抱っこしたレヴェリルインが僕を見上げている。マスターが、こうしてそばにいてくれる。だったら、魔法薬の回収くらいできる!!
だいたい、正体がばれたら、レヴェリルインだって、危ないんだ。
「マスター……ほ、本当に……いいんですか? 一緒に行っていただいて……」
「一人で男の部屋に行くなど許さん。早く魔法薬を回収して、すぐに帰るぞ」
「は、はい!!」
僕は、意を決して、マスターを石畳に下ろして、彼の前に出た。
「い、いざとなったら……マスターは……に、逃げてください!」
「……何を言っているんだ……お前は」
「だ、だって、マスターは魔法使いなのにっ……!」
「俺はお前に庇われなくてはならないほど、情けない男ではない。早くノックしろ」
「は、はい!」
ドアを叩く。コンコンって音がして、すぐに中から「今行く」って返事があった。
すぐ行くって……どのくらいすぐなんだろう……
さらに待つ。
ドキドキしてきた。
どんな人が出てくるんだろう……多分、剣術使い、だよな……どんな人なんだろう。アトウェントラに聞いておけばよかった。
いきなりバレて、襲いかかってきたりしないよな……もしそうなったら、すぐにマスターだけでも逃そう。
大丈夫だ。アトウェントラはいい人だったし、急に襲いかかってきたりしないはず!
ぎゅっと目を瞑ると、家の向こうから、足音が近づいてくるのが分かる。
そして、ドアの鍵を開ける音がして、僕は、一歩下がった。
ドアが開く。
ドアを開けた人が出てきた。体格が良くて、鋭い目つきの短髪の男の人だ。この人が、多分リフィノセスなんだろう。剣は持っていないみたい。その人は、僕を見下ろして、キョトンとしていた。
「なんだ……お前……」
「あ、あ、あの……ぎ、ぎ、ぎ……ギルドからっ……!!」
「ギルド?」
リフィノセスは首を傾げている。ダメだ。全然説明できてない。ますます慌てそうになったけど、足元で、レヴェリルインが僕を呼ぶように鳴いて、僕を見上げている。その顔を見たら、少し落ち着いた。
「あ、あのっ…………あ、あああああああの! ぼ、ぼけっ……!」
「ああ!? 誰がボケだ!」
「ち、ちがっ……冒険者ギルドっ……から、お、お使い……ま、魔法薬の瓶……じゃなくて、僕、あの……あ!! アトウェントラさんのお使いできました!」
「……ギルド長の?」
「は、はい! それで…………あの! ま、魔法薬が入ってた瓶…………か、回収したくて……」
「魔法薬の瓶?」
「あの……瓶があったら……ほ、欲し……くて……ダメ……ですか?」
ぼ、僕にしては、結構ちゃんと話せた!!
こっそり、俯いていた顔を上げる。するとリフィノセスは、怖い目で僕を睨んでいた。
「ギルド長に言われて来たのか……?」
「は、はい……あ!!! あのっ……! あの! ウェトラさんは、その、あっ……え、えっと……本当に、み、みんなのこと……心配しててっ……!! あの……び、瓶っ……! あの……ギルドのためにも必要っ……!!」
「なんなんだお前……さっきからなんて言ってんだか分からないんだが……」
「あ……」
「そんなに怯えなくても、切りつけたりしねえよ……よく分かんねえけど、魔法薬の瓶が欲しいのか?」
「は、はいっっ!! お、お願い……します……」
よかった……通じた。あとは瓶を受け取るだけ。
けれどリフィノセスは、僕を見下ろしてドアを閉めながら、言った。
「…………帰れ」
「え!? え、え!? ま、待って!!」
ドアはもうほとんど閉まりかけていて、慌てた僕は、ついそのドアに手を出して、ドアに手を挟まれてしまう。
「いっ……!!」
「は?! え!?」
いたい……手は痛いけど、ドアが閉められるのは止められた!!
だけどリフィノセスを驚かしてしまったみたい。
「うわっ……! な、なんだよお前!!」
「ま、待って……ま、まだ、話が……」
「うるせえ! 帰れよ!! ウェトラの使いと話すことなんかない! あいつは、俺らの居場所を奪ったんだ!!」
「へ!? ち、違うっ……」
「違うだと!? 何が違うんだ帰れっっ!!」
彼は僕を外に押し返して、ドアを閉めようとする。これじゃ絶対にダメだ!! ぜ、絶対に瓶、回収しなきゃならないのに!!
こうなったら!
僕は、あの杖を呼び出した。僕に魔力はないけど、杖を使ってドアが閉まるのを止めることはできる。
閉まりかけたドアに杖を突っ込んで止める。リフィノセスは驚いて、僕を捕まえようとする。だけど、僕の方が彼より圧倒的に小柄。僕はその腕からするりと抜けて、なんとかドアの向こうに滑り込んだ。玄関で思いっきり滑って転んだけど、家の中に入った!!
いや、待て。中に滑り込むことが目標じゃない。瓶を回収しなきゃならないんだ。
けれど、勝手に家の中に入り込んだせいで、リフィノセスをめちゃくちゃ怒らせてしまったみたい。
「てめえ……」
「ち、ちがっ……ぼ、僕…………違うんですっ……は、話をっ…………!」
「話? てめえっ……魔法使いだろっ……!!」
「へっ!??」
あ、ああ、そうか。杖を出したから……そう見えたんだ。
「ち、ちがっ……! 違うっ……! 違います!! 違うんです!」
「何が違うっ……冒険者ギルドからの使いってのは嘘か! さては、魔法使いの回し者だな!」
「え、ええっ!? ほ、本当にっ……」
「てめえっ……何企んでやがる……」
「ち、ちがっ……」
リフィノセスが、玄関に立てかけてあった剣を取る。それを見て僕は、レヴェリルインを抱き上げて逃げだした。
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