66 / 105
66.嬉しいのに
しおりを挟む話していたら、ベッドの布団がずれる音がした。
起きたらしいコエレシールが、アトウェントラを睨んでいる。
「アトウェントラ……いい加減にしろ。親切めかして、またナンパか?」
唸るような声で言われて、アトウェントラも、コエレシールが起きたことに気づいたらしい。
「コエレ……起きたんだ……」
「ああ……くそ。レヴェリルインめ……」
「レヴェリ様だって、コエレが暴れたりしなければ、縛ったりしない。何で暴れたりしたんだ?」
「なんで、だと?! 貴様はあのままレヴェリルインに身売りしたかったのか!?」
「何言ってるんだよ! 僕をそんな風に扱おうとしていたのは、コエレだろ!」
強い口調で言い合いになって、アトウェントラの隣にいる僕は、おろおろするばかりだ。
二人とも睨み合っているし、とても口を挟める空気じゃない。
アトウェントラは俯いて、ひどく辛そうにしている。さっきまであれだけ饒舌に話していたのに。
コエレシールも彼から顔を背けてしまったまま。
漂う空気が辛い。
テーブルの上の料理は、すっかり冷めきっている。なんだか置き去りにされてしまったみたい。
ついにアトウェントラは立ち上がり、無言でテントを出て行ってしまいそうになる。
呼び止めるはずが、声が出なくて、微かに伸ばした手は届かない。
それでも追いかけて「あのっ……!」って、それだけ、なんとか言えた。
アトウェントラは僕に振り向く。
それなのに、僕は次の言葉が続かない。
「あ、の……」
だって、コエレシールのことを心配していたのに、このままなんて。このまま、なにも言えずに背を向け合ったままは、きっと辛い。
その時、テーブルに置かれたままの食事が目に留まった。アトウェントラがコエレシールのために持ってきたもの。
僕は、その皿をとった。
コエレシールに差し出す。少しコエレシールは驚いているようだった。
「食事っ……! 持って……来て……! アトウェントラっ……と……」
うまくつながらない言葉に、コエレシールは首を傾げてしまう。
「なんだ……? お前……レヴェリルインに盾にされていた廃棄予定の……」
「盾にされてないっっっっ!!!」
今度はめちゃくちゃ大きい声が出て、コエレシールもアトウェントラもびっくりしてる。だけど、レヴェリルインは僕を盾にしたりしない!
「あ、あのっ……!! アトウェントラさんはっ……!! あなたのこと、心配で来たんです!!」
「えっ……?」
「は……?」
アトウェントラとコエレシールが、目を丸くする。
あ…………しまった……心配してるって、アトウェントラから聞いたわけじゃない。どっちかって言うと、勝手に僕がそう思っていただけ。
それなのに、いきなり引き止めて「心配してる」って、まずかったかもしれない。
そもそも、魔法薬を使った詐欺まがいの行為でアトウェントラを追い詰めたのも、彼のギルドを閉鎖させて、身売りまで迫ったのは、コエレシールじゃないか。そんな人を前に、勝手に「心配している」なんて言ったりして……
「あ、あああ、あのっ……! ち、ちがっ……! 違うんです! でもっ……あ、あのっ……! し、食事っ……! 食事は、本当に持ってきて……それは、本当なんです」
ああ、もう……なにを言ってるんだか分からない。
ますます焦る僕から、コエレシールは、皿を受け取った。
「……アトウェントラ……どういうことだ?」
「……コフィレは僕のこと、心配してくれてるんだよ」
そう言ってアトウェントラは、僕の頭を撫でてくれる。
「ごめんね……ありがとう」
「え……?」
僕が顔を上げると、彼は微笑んで、コエレシールに振り向いた。
「……コエレがいつまでたっても起きないから、食事、持ってきたんだよ……食べてほしくて」
そう言いながらも、アトウェントラがそっぽを向くと、コエレシールは、皿の肉の串を、少しの間、見下ろしていた。
「……病み上がりだぞ……もっと消化しやすい物を持って来い……」
「……だったら食べなくていい……」
それを聞いてコエレシールは、串に手を伸ばして、すぐに全部食べてしまう。
アトウェントラもコエレシールも、お互いそっぽを向いたままだったけど。
コエレシールが口を開いた。
「……うまいな……お前、料理ができるのか?」
「……好きだけど、それ焼いたの、レヴェリ様だから」
「レヴェリルインが!?」
「……身売り迫る人に、食事なんか作れない」
「だからっ……! それは違うと言っただろう!! 俺は、魔法薬の件で助けて欲しかったら俺のところに来いと言っただけだ!! そ、そうしなかったら、貴様は王子殿下に呼ばれて、何をされていたかわからないんだぞ!」
「はあ!? じゃあ何でっ……僕を嵌めるような真似したんだよ!」
「それはっ……」
言い淀んで、コエレシールは俯いてしまう。どうやら、言いにくいことらしい。
だけど、アトウェントラは彼を逃す気はないみたい。
「コエレ……そんなに僕が憎かった?」
「……そうじゃない…………魔法薬の件は……」
「王家が手を回してた?」
「……」
「やっぱり、そうか…………だったらなんで、身売りしたら全部なかったことに、なんて言い出したんだよ?」
「だ、だからっ……そんなこと言ってない!」
コエレシールがそう言ったところで、彼の寝ている布団がモゾモゾ動き出す。
敵!?
「な、なんだ!?」
「え……?」
コエレシールもアトウェントラも驚いてる。
布団の中で、何か動いてるんだ。それは、すぐに大きく飛び上がった。布団を跳ね除け出てきたのは、真っ白なウサギだ。
ウサギは小さなウサギなのに、コエレシールをヒョイっと担ぎ上げて、テントの外に走っていく。ただのウサギじゃないようだ。
「は!? お、おい!!」
慌てるコエレシールを引きずって、ウサギはテントの外に出ようとする。
アトウェントラが剣を抜いた。怪しく光るそれは、魔力を帯びている。まとわりつく魔力は、彼が剣を強く握ると姿を変えて、剣の周りを飛ぶ水のようになる。
僕は、剣術使いに会ったのは初めて。だから、魔力を剣に纏わせることができるなんて知らなかった。
アトウェントラが剣を握り、目にも止まらぬ速さで、コエレシールを連れていくウサギに切りかかる。
すでにウサギはテントから飛び出す寸前。
だけどちょうどその時、外からレヴェリルインが飛び込んできた。中の異常に気づいたんだろう。彼は杖を握ってテントに入ってきて、ちょうど出て行こうとしていたウサギに担がれたコエレシールとぶつかってしまう。
「マスター!!」
僕は、杖を握って駆け寄った。レヴェリルインに、危険が迫っているんだと思った。
だけどレヴェリルインは、僕に向かって「大丈夫だ」って言って、すぐに逃げようとしたウサギを摘み上げた。
そしてコエレシールを睨みつける。
「……なんの真似だ?」
「は!? お、俺はっ……ち、ちがっ……違う! う、うさぎに連れていかれたんだ!」
「ウサギ? まさか、それが俺にぶつかった言い訳か? 二人して俺に剣を抜くとは、いい度胸じゃないか……」
レヴェリルインは、コエレシールの後ろで、魔力を纏う剣を抜いたアトウェントラを睨みつける。
アトウェントラは、慌てて手を振って否定した。
「ち、ちがっ……! 違います! レヴェリ様! ウサギがっ……」
「黙れ! ウサギ相手にそんな剣を抜くやつがあるか!!」
「違いますー!!」
彼はすぐに剣をしまうと、僕の方に振り向いた。
「コフィレ! レヴェリ様に説明して!!」
「え……!? えっと……」
説明って言われても、どう説明していいかなんて、僕にも分からない。だって、彼らが話したとおりなんだから。
「あ、あの……ま、マスター……」
呼びかけると、彼は僕に「無事か?」って聞いてくれた。
いつも、僕のそばにいてくれる時の、優しい声だ。
マスターが来てくれたんだ。
「は、はいっ……!」
レヴェリルインにそう聞いてもらえただけで、嬉しくなる。
彼がテントに飛び込んできたのは、敵がいるって気づいたからだろう。それなのに。彼が僕のところに来てくれた、そんな思い上がりまで湧いてくる。敵に気づいてきてくれた、それだけなのに。
敵が出たのに、僕は今、締まりのない顔をしている。嬉しいって感情で力が抜けてるんだ。下を向いて隠して「来てくれて、ありがとうございます」って、絶対に届かないくらい、小さな声で囁く。
そしたら彼は、僕に近づいてくる。
聞こえちゃったのかと思った。
そんなはずない。
自分に言い聞かせて、ごまかすみたいに状況説明に戻る。
「あ、あのっ……えーっと……ウサギが……ひゃ!」
言いかけてたら、ほっぺをつままれた。
近づいてきたレヴェリルインは、僕の両頬を摘んで、僕を見下ろしてる。
無理矢理目があってしまう。なんだか、変に緊張する。怖いんじゃなくてむず痒いようだ。
頬をつままれた顔なんか見られたくない。加減してくれてるらしく、痛くはないけど、なんでこんなことされてるんだ??
「お前は、俺以外の命令に従わなくていい」
「ふぁ? ふぁい……ひゃっ!!」
答えたら、彼は僕から手を離してくれた。
「怪我はなさそうだな」
怪我がないか見るだけなら、頬をつままなくても……
ちょっとした不満も湧いて、嬉しいっていう気持ちに重ねて、胸騒ぎみたいにぐちゃぐちゃで、心臓が痛いくらいだ。
「はい……マスター…………」
「……コフィレグトグス?」
「……き、来てくれて……あ、りがとう……ございます……」
なんとか出た言葉は、ちゃんと伝わったようで、レヴェリルインは僕に微笑んでくれた。
70
あなたにおすすめの小説
前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい
夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが……
◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。
◆お友達の花々緒(https://x.com/cacaotic)さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。
◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。
家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている
香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。
異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。
途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。
「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!
【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい
雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。
延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
【完結】双子の兄が主人公で、困る
* ゆるゆ
BL
『きらきら男は僕のモノ』公言する、ぴんくの髪の主人公な兄のせいで、見た目はそっくりだが質実剛健、ちいさなことからコツコツとな双子の弟が、兄のとばっちりで断罪されかけたり、 悪役令息からいじわるされたり 、逆ハーレムになりかけたりとか、ほんとに困る──! 伴侶(予定)いるので。……って思ってたのに……!
本編、両親にごあいさつ編、完結しました!
おまけのお話を、時々更新しています。
本編以外はぜんぶ、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。
零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。
鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。
ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。
「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、
「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。
互いを想い合う二人が紡ぐ、恋と成長の物語。
他にも幼馴染み達の一抹の寂寥を切り取った短篇や、
両想いなのに攻めの鈍感さで拗れる二人の恋を含む全四篇。
フッと笑えて、ギュッと胸が詰まる。
丁寧に読みたい、大人のためのファンタジーBL。
他サイトでも公開しております。
表紙ロゴは零壱の著作物です。
胎児の頃から執着されていたらしい
夜鳥すぱり
BL
好きでも嫌いでもない幼馴染みの鉄堅(てっけん)は、葉月(はづき)と結婚してツガイになりたいらしい。しかし、どうしても鉄堅のねばつくような想いを受け入れられない葉月は、しつこく求愛してくる鉄堅から逃げる事にした。オメガバース執着です。
◆完結済みです。いつもながら読んで下さった皆様に感謝です。
◆表紙絵を、花々緒さんが描いて下さいました(*^^*)。葉月を常に守りたい一途な鉄堅と、ひたすら逃げたい意地っぱりな葉月。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる