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92.いなくなるなんて
しおりを挟む僕らは、フィロッギに連れられて、木立の間を抜けて、海岸に向かった。
木々の間にサラサラした白い砂が多くなっていき、砂浜が見えてくる。
そっちの方から、激しい爆発の音がした。真っ白い砂が舞い上がって、煙のようだ。
みんなは無事なのか!?
視界を塞ぐ砂煙が消えると、砂浜を埋め尽くすほどの、砂でできた巨大な竜の頭が見えてくる。それは、口から砂の弾を撒き散らしていた。
激しい勢いで飛ぶ砂の弾丸は、その一つ一つが魔物のようで、砂浜の周りの木立を薙ぎ払っている。砂浜沿いの木々は折れ、倒れた木が道を塞いでいた。
地面に落ちた枝の向こうに、倒れたみんなの姿が見える。魔物から飛ばされる弾を、コエレシールが魔法の盾で防いでいた。
フィロッギは、泣き出しそうな顔で叫ぶ。
「す、砂浜の中から、魔物が出てきてっ……! あ、あれがっ……!! あんなのが出るなんて! レヴェリルイン様!?」
レヴェリルインは、大きな竜の使い魔を作り出し、僕を連れてそれに飛び乗った。僕らに飛んでくる弾は、レヴェリルインの魔法が防いでくれる。
「コフィレグトグス。お前はその杖で、魔物の魔力を奪うんだ」
「……は、はい!!!」
僕は杖を握りしめた。
レヴェリルインと一緒に、剣術使いたちを回復して歩いた時と同じだ。きっとできる。
緊張しながらそれを握っていたら、レヴェリルインは、僕の頭を撫でてくれた。
「そんなに思い詰めなくていい。杖が使えなかったら、俺が魔物を吹き飛ばす」
「だ、大丈夫……です……ひゃ!」
緊張してるのに、なんで頬をつつくんだ。おかげで力が抜けちゃう。
だけどレヴェリルインは、こんな時だというのに、楽しそうに微笑んでいた。
「泣きそうな顔も可愛いが、それは後で見せてくれればいい。肩の力を抜いていけ」
「は、はいっ……!」
魔力を取り返そう。魔力を得て、魔法を使えるようになるんだ。レヴェリルインがそう願ってくれる。僕だって、魔力があったら、これまで出来なかったこと、諦めなくて良くなるかもしれない。
僕は、杖を構えた。
レヴェリルインの使い魔の竜は、魔物目掛けて、どんどん高度を下げていく。
すると、下の方で、悲鳴が聞こえた。
砂浜に倒れた木のそばに、ラックトラートさんが倒れている。彼の体の下には、ぐったりしているロウィフがいた。ロウィフは気絶しているのか、倒れたまま動かない。
動けない二人を、砂の弾の魔物が狙って飛んでいく。このままじゃ危ない。
二人がいなくなっちゃうなんて……嫌だ。
「ま、マスター!」
僕が彼らを指差すと、レヴェリルインも察してくれたみたい。「降りるぞ」って言って、僕を抱き上げ、砂浜に飛び降りる。
僕らに向かって飛んできた砂は、全部僕にぶつかる前に消えた。レヴェリルインの魔法だろう。
高度が下がっていたとはいえ、下はいくつも倒木が重なった砂浜。僕は、倒れた木に足を取られ、転んでしまう。レヴェリルインが心配そうに呼んでくれるけど、そのまま木の上を滑って、なんとかラックトラートさんの前に行けた。
彼は、僕がきたことに気づいたらしく、倒れたまま顔を上げた。
「コフィレ!? ここに来たら危ないです!」
「だっ……大丈夫ですか!?」
彼と僕の、お互いを案じる声が重なって、僕は少し、安心した。彼とロウィフは、怪我はしていないみたい。
僕は、砂浜の魔物に向かって杖を構えた。振りかざした杖から、光が飛ぶ。すると、光が飛んだところの砂浜から光が湧いた。
その時、レヴェリルインがやめろって叫んだ気がした。
なにか、失敗したのか!?
だけどもう遅くて、竜の頭の形の魔物は、飛ばしていた砂の弾ごと光に包まれ、消えていく。
魔物を包んだ光は、一際眩いものになって、僕の杖のところに戻ってきた。その光が、僕の体に流れてくる。光はひどく熱くて、一気に僕の中に入ってきた。ギルドで魔力を吸い上げた時よりずっと激しい熱に、僕は声を上げてその場に倒れそうになる。
「コフィレ!!」
そう呼んで、倒れそうな僕をレヴェリルインが抱き留めてくれた。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
大丈夫かって聞かれたら、大丈夫なんだけど、あまりに一度に魔力が体に入ってきたものだから、体に力が入らない。
「な、なんだか……クラクラします……」
まだ、体の中で熱が渦巻いているみたい。体温まで、一気に上がった気がする。頭がぼんやりしてる。
魔物は全部消え去っていた。成功したようだ。砂浜には、魔物が残していった微かな量の砂が降って、静けさを取り戻している。
ラックトラートさんは、気絶したままのウサギのロウィフを抱いたまま、立ち上がった。
「あ、ありがとうございました……コフィレ。レヴェリルイン様! 助かりました……」
「ラックト……だ、大丈夫ですか!?」
僕が聞くと、彼は恥ずかしそうに笑う。
「僕は大丈夫です! 腰が抜けちゃって……動けなかっただけです!」
「そうですか……よかった……」
彼が無事で、ホッとした。ロウィフも、気絶しているだけのようだ。
安心していたら、背後で、兄が驚いて僕の杖を指差して叫ぶ。
「い、今っ……今のはなんだ!? ど、毒の魔法……完成しているのか!?」
大声を上げる彼に、レヴェリルインが振り向く。
「その杖でしか使えない。コフィレグトグスに、そいつが失った魔力を返すために作った」
「そ、その杖でっ!? こ、コフィレグトグスのその杖ですか!? な、な、何を馬鹿なっ……! 今すぐにそれをもっと強化するべきです!」
「俺は、コフィレグトグスに魔力を返す以外のことに興味がない。さあ、コフィレ」
呼ばれて、ドキッとした。
い、今……コフィレって呼んでくれた……
嬉しいのに、体はろくに動かない。レヴェリルインが止めたのは、こうなるのがわかっていたからなんだ。突然、大量の魔力を吸って、なんだか気持ちいい。酔っ払っているみたいで、ぼーっとなりそうだ。
「……マスター……」
「一気に魔力を吸わせたからな……大丈夫か?」
そんな風に聞きながら、彼は僕を抱き留めたまま、僕の頭に優しく触れてくれる。くすぐるみたいにこめかみや頬に触れられて、震えながらビクビクしていたら、レヴェリルインの隣から、アトウェントラが口を挟んだ。
「レヴェリ様、コフィレが真っ赤ですよ。離してあげてください」
コエレシールも、僕らの方に近づいてくる。
「そいつは大丈夫か? フラフラしているじゃないか? お前、そいつに何をした?」
けれど、レヴェリルインは、彼らから離すように僕を遠ざけてしまう。
「これは俺の可愛い可愛い従者だ。可愛がって何が悪い?」
「悪くはありません。場所を考えろって言っているんです」
アトウェントラがそう答えているけど、やっぱりレヴェリルインは僕を離そうとしなかった。
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