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22.嫌味?
しおりを挟むあれからトイレにいって、腹の中のもの全部吐き出そうとしたのにできなくて、ますます気持ち悪くなった。
フュイアルさんは「嘘ってちゃんと言ったのに」なんて言ってたけど、僕はそんなの聞いてない。気味の悪い薬を吐き出すことで頭がいっぱいだった。
だけど結局何も吐けなくて、シャワー室で体を洗って、すごく嫌々だけど、そのまま出勤することになった。
何でこんな目に遭ってるんだ、僕。
恋人がいた頃は、すぐに恋人のところへ行っていたのに。
昨日の寝不足と、朝から気持ち悪いことを言われたせいで、ずっと気分が悪い。
午後の誰もいないオフィスのデスクに突っ伏して、吐き気に耐える。吐けなかったのはフュイアルさんに吐けない魔法をかけられていたかららしい。「せっかく俺の作ったもの食べてくれたのに、吐かないで」なんて笑いながら言われた時には、渦巻くような焼けつくような殺意が湧いた。一体あの人は、僕をどうしたいんだ。
もう殺したい……
だいたい、毎回毎回、僕に恋人ができるたびにあいつが邪魔をしなければ、もうちょっとくらい長く持ってたんだ。それなのに、あいつが邪魔をするから、最近すぐ別れちゃう。なんで僕はこんな人と一緒にいるんだろう……
今日も、みんな魔物退治に出払っているから、オフィスには誰もいない。オーイレールが無断欠勤しているから、今日は人手が足りずに、いつもよりずっと忙しいんだ。
僕だってこの仕事やってるんだから、魔物退治に出かけたい。その方が、この気持ち悪さも少しはマシになるはずなんだ。だけど、言いつけられた事務仕事は大量。終わりそうにない。
フュイアルさんって、なんでこういうことばっかりするんだ? 僕だけ魔物退治に行かせてくれないし、変に気遣われるのも、世話を焼くようなことをされるのも、すごく嫌だ。その上、朝はあんなに気持ち悪い嘘をついた。
もう殺したい……何かいい方法はないか……
フュイアルさんを睨みながらペンを取ると、僕にこれを言いつけた性格悪い上司は、紅茶の入ったティーカップを二つ持って近づいてきた。
「トラシュー。そろそろ休憩にして、お茶しない?」
「しません。フュイアルさんの入れたお茶なんて、怖くて飲めるもんか!!」
「見てたの?」
「なにを!? またなんか入れたな!!!!」
「ん? そんなことないよー」
ふざけた口調で言って、フュイアルさんは紅茶を一口。なんともないみたいだけど、フュイアルさんは魔族。僕は人族。魔族なら大丈夫だからって、僕が大丈夫とは限らない。
こんな奴とオフィスに二人きりなんて、怖くて死にそう。
「フュイアルさん」
「なに? お菓子買ってきたから、食べない?」
「僕も魔物退治に行きたいです」
「ダメ」
「他の人は行ってるじゃないですか。忙しいなら、僕もお手伝いしたいです」
「トラシュ、もともと事務として就職したの、覚えてる?」
「覚えてますけど、忙しい時は僕だって魔物退治を手伝ってるじゃないですか。今だって忙しいんだから、僕も行きます!!」
「だめ。最近、俺たちの仕事を憎む奴らが邪魔しにきてる。トラシュは危ないから行っちゃだめ」
「馬鹿にしないでくださいっ!! そんなのに僕が負けるはずない!!」
もう完全に舐められている。この男はいつもこうやって僕をからかって馬鹿にして弄んで笑う。
こんな男と話そうとした僕が馬鹿だった。
デスクの書類に向き直る。
するとフュイアルさんは、僕の頬に顔を近づけてくる。
「拗ねないで。あとでデートしない?」
「死ねっ!!!!」
突き出したペンはあっさり避けられ、フュイアルさんはニコニコ笑って手を振りながら自分のデスクに戻っていく。
本当にムカつくっ!! もうこうなったのも、全部フュイアルさんのせいだ!!
なんとかあいつを殺す方法はないものだろうか。もう何度も挑んでいるのに、ちっとも勝てない。
とにかく、こんなオフィスにいたくなくて、僕は飲みたくもないけど「お茶入れてきます」と理由をつけて、そこを出た。
給湯室に来ると、少しホッとする。
何かいい方法ないかなー。フュイアルさんを殺す方法。
ずーーっとフュイアルさんに負け続けた僕だ。フュイアルさん対策を考えてこなかったわけじゃない。
フュイアルさんは、魔物と戦うことはほとんどなくて、昨日捕まえたような、魔物ではないけど街を脅かす奴らに対しては、必ず拘束の魔法を使う。
フュイアルさんは拘束の魔法が得意で、あれに捕まると、戦うことはおろか、まともに動くこともできなくなる。魔物でない敵に対して、拘束以外の魔法を使うことはしない。殺してしまうからだ。
殺す気なら、一度に吹き飛ばせばいいけど、拘束は違う。相手の位置を見極め、縛り上げなくてはならない。吹き飛ばすより時間がかかるし、相手が多ければ多いほど、そっちに集中することになる。
それなら、フュイアルさんが襲われているうちに、僕が後ろから刺せばいいんじゃないか?
フュイアルさんが暴漢に囲まれ、そっちに気を取られているうちに殺すんだ。単純な作戦だが、やってみる価値はあるはず。
問題は、フュイアルさんを襲う奴の調達だ。そんなに都合良くはいかない。そもそも僕は、誰かの力を借りるとか、苦手なんだ。そして友達なんかも全くいない。生まれてこの方、いた試しがない。
コーヒーに入れたミルクを混ぜていたら、給湯室の前を通りかかった男が話しかけてくる。
「なぜ昼間から、こんなところでサボっているんだ?」
うっわ、最悪。嫌な奴にあった。いつも僕を馬鹿にしてくる先輩のズモアルケだ。フュイアルさんと同じ魔族らしく、その魔力も僕じゃ太刀打ちできないほどのものだ。魔物退治に出向くことはあまりなく、どこかで援軍を求められたときのために、ここで待機していることが多い。そして、なぜかよく僕に突っかかってくる。
「今は休憩時間ではないだろう。さっさと仕事に戻れ」
「休憩時間です。フュイアルさんの許可はもらいました」
「いいから戻れっ!! 貴様程度の魔法など、ここではあってもなくてもどうでもいいものだ!! それをわざわざ給料出してここで雇ってやっているんだぞ!! 分かったら貴様は人一倍っ……いや、百倍働け!! 役立たずがっ!!」
「そんなこと、あなたに言われたくありません。役立たずっていうけど、僕、あなたと一緒に仕事したことないですよね? 僕の仕事ぶりも知らないあなたに、なんでそんなこと言われなきゃならないんですか。だいたい、こんなところで油売ってるくせに、偉そうに言わないでください」
「このっ……! クソガキっ!!」
「るせーよ。暇人魔族っ!!」
「貴様っ……!」
そいつは今にも殴りかかってきそう。上等だ。喧嘩したいなら買ってやる。
だけどそいつはギリギリのところで怒りを抑えたらしく、拳を下ろして僕を見据えた。
「いいか……ここ最近、街を襲う奴らが増えている。奴らは魔物を使って街を襲わせ、略奪したものや手懐けた魔物を別の街で売り飛ばしている。そして、その邪魔をする俺たちはひどく恨まれている。昨日拘束された貴様の間抜けな恋人も、その盗賊たちの仲間だ」
「あんなの、もう恋人じゃありません」
「……男運のなさの責任を取れとは言わないが、少しは考えろ! 敵の中には、貴様の拙い魔力を遥かに凌ぐ魔法を使う奴もいる。ヘマをして殺されても知らないぞ!」
「……」
くそ……急にまともなこと言いやがって。腹は立つけど確かにこいつの言うとおりだ。なんで今それを言うんだ。また反論できなくなる。
「ようやく分かったか。少しは身の程を弁えろ!! 役立たずが!」
「俺のトラシュに何か用?」
最悪のタイミングで声がして、廊下の奥からフュイアルさんが近づいてきた。
なんでこんな時に来るんだ。もう走って逃げてやろうかと思ったけど、あっさりフュイアルさんに捕まった。
「離してください!! フュイアルさん!!」
まるで後ろから抱きしめるようにされて、気持ち悪くて暴れるけど、馬鹿力のフュイアルさんの腕は、びくともしない。
こういう時に勝てないのも嫌なんだ。もう、腹が立って仕方ない。
フュイアルさんは僕の言うことなんて全く聞いていなくて、ズモアルケの方を睨みつけた。
「俺のトラシュに勝手に話しかけないでくれる?」
「サボっているそいつに、仕事に戻るように言っていただけだ。お前はそれをいつまで手元に置いておく気だ? 盗賊たちがお前を恨んでいることも、同僚が襲われていることも知っているはずだ。そんなもので遊んでいる場合なのか?」
「俺は、俺が飽きるかトラシュが死ぬまで、トラシュを離す気はないよ。ずーっと手元に置いておく」
僕はこんな奴のそばに置かれてやる気はない。とにかく振り払おうと暴れるけど、そいつの腕は全く動かない。
寝言をほざくフュイアルさんを、ズモアルケは睨みつけ「敵が力をつけている。さっさと追い出せ。そんなもの」と憎しみすら感じる様子で言い捨て、去っていった。
くっそ! あいつにも言い返せなかったし、フュイアルさんからも逃げられない!!
「離してください! フュイアルさん!!」
「……だめ。トラシュは俺のそばにいなさい」
「離せって言ってるだろ!!」
すごく嫌なのに、そいつの力は異常に強くて、振り払うどころか、暴れれば暴れるほど体が痛くなる。
逃げることもできないまま、僕はしばらくズモアルケが去っていった方を睨んでいるフュイアルさんに抱きしめられていた。
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