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44.今のうち
しおりを挟むため息をついて、トルティールス様は私の方に振り向いた。
「リリヴァリルフィラン、あなたには常にイールヴィルイのそばにいて、出来るだけトラブルが起こらないように、見張っていてほしいのです」
「つ、常に!??」
「はい。常に、です」
「けれど……」
「あなたほど、これにおあつらえむきの方はいません。どうか、お願いします。それに……先に首を突っ込んだのは、あなたの方では?」
「ぐっ……」
随分痛いところを的確についてくる。トルティールス様は、とても手強い方のようだ。
テーブルの上のガラスの竜に振り向くと、先ほどの光景を思い出す。それだけで、足がすくみそうですが……
私はうなずいた。
トルティールス様の言うとおり。先に首を突っ込んだのは私。あの時、トルティールス様の手を振り払って、地下への階段を降りたのも私。それなのに、今更背を向けるわけにはいかない。
「わ、わかりました……私にできるかは分かりませんが…………ど、どうかお任せくださいっ……!」
「そんなに怯えなくても、大丈夫です」
「え……?」
「イールヴィルイは、拷問男と揶揄されるような男ですが、敵となった相手以外に、無闇に手を上げることはありません。あと、好きな相手にだけは奥手でゲスなので、どうぞご安心ください」
「…………」
どう安心しろというのでしょう……むしろ、ますます不安になる。
けれどトルティールス様は嬉しそう。
話していると、イールヴィルイ様が私とトルティールス様の間に入ってきた。
「トルティールス……あまりリリヴァリルフィランに近づくな」
「僕にまで嫉妬されては困ります。あなたの嫉妬深さは知っていますが、それを僕に向けるのは、お門違いですよ。僕は陛下に、キディックが見つかったことをご報告しておきます。きっと陛下もお喜びになります」
そう言ってトルティールス様が私たちの前で頭を下げると、彼の背中に、大きな羽が現れる。彼はそれを羽ばたかせ、窓から飛んでいってしまった。
これで部屋には私とイールヴィルイ様とキディック、ダイティーイ様の竜の四人。
閣下は、私に振り向いた。
「では、今のうちにその男の部屋に行くとしよう」
「は、はいっ……あのっ……閣下……」
「どうした?」
「ダイティーイ様は……ほ、本当に、生きていらっしゃるのですよね!?」
「勿論だ。魔力で生命を維持している。時間が経てば、体は滅びるかもしれないが」
「急ぎましょう!!!! ダイティーイ様のお部屋まで!!」
私は、まだ薔薇の花びらを啄んでいるダイティーイ様の竜を鷲掴みにして、部屋を出た。
*
ダイティーイ様の部屋へは、すぐについた。小さな竜になったダイティーイ様がドアを開けてくれて、彼は中に入って行く。そして、たくさんの鍵がかかった棚から、小さな箱をいくつも取り出して、それにかかった魔法の鍵も開けて、中を見せてくれた。箱の中には、小瓶や鍵、短剣や針のようなものもある。
閣下はそれを見て、ひどく顔を顰めた。
「……ほとんどが、暗殺に使うものだ。これで何をする気だった?」
聞かれて、ダイティーイ様の使い魔は、激しく首を横に振る。
「……違うのか……? 貴様はなぜこんなものを持っている?」
すると、今度は竜は、その箱の中身を撫で始めた。
それを見て、私は恐る恐る口を開いた。
「……もしかしてダイティーイ様は、道具の整備をなさっていたのではありませんか? 彼は、そういったことがとても得意ですし……」
竜は何度も頷いた。
閣下がその竜を睨みつける。
「なるほどな……貴様はアクルーニズ家の道具の番人か……どうりであの家がこの城に対して、魔法の素材を支援するはずだ。封印の魔法の杖は、デシリーの指示か?」
「………………」
ダイティーイ様は、今度は黙ってしまう。やはり、アクルーニズ家に関することは答えられないのか。
すると閣下は、ダイティーイ様を睨みつけて言った。
「……アクルーニズ家に怯えているのか?」
「…………」
「貴様から預かった体にかけられた、魔力を増強する魔法なら、すでに解いている」
それを聞いて、竜は顔を上げた。
閣下は竜を見下ろして続ける。
「あれは、確かに魔力を増強してくれるかもしれないが、力加減一つで体を崩壊させることもできる魔法だ。知っているだろう? かけたのはアクルーニズ家か?」
「…………」
「話せば、貴様のことは、王城に連れて行く。向こうへ行けば、少なくともアクルーニズ家に手を出されることはない。だからさっさと吐け。ここまできたら、話さずにここにいてアクルーニズ家に責められるか、話して王城に向かうか、どちらかしか選択肢がないぞ」
それを聞いて、ダイティーイ様の竜は、少し考えるような仕草をして、やっと口を開いた。
「…………わ、私には……く、詳しいことは分かりません……! 本当です! ただ、トレイトライルに協力しろ、と言われただけで…………ふ、普段はトレイトライル様の言われることには反対なさるのにっ……そ、それで……ほ、本当です!! 陛下に誓って本当です!」
「勝手に誓うな。体ごと叩き割るぞ」
閣下に言われて、ダイティーイ様は震え上がる。
閣下は、回収したものを箱ごと魔法で消してしまった。おそらく、魔法で王城に送ったのだろう。そして、ダイティーイ様に振り向いた。
「貴様の話したことに、嘘はないようだ。あの道具には、どれもこれも勝手に使われないように、魔法の鍵がかかっている。アクルーニズ家の魔法だろう」
「あ、あの……」
ダイティーイ様が遠慮がちに最後の箱を持ってくる。中には不気味な光を放つ短剣が入っていた。
「毒の魔法がかかっているものです……近いうちに開かれる王城での晩餐会までに用意してほしいと言われて……」
「そうか……」
閣下は頷いて、短剣も消してから、ダイティーイ様に振り向く。
「これで全部か?」
閣下に冷たく言われて、ダイティーイ様の竜はガタガタ震えながら頷く。
それを聞いた閣下は、そうかと言って、懐からあの玉を取り出すと、それを竜の頭にこん、とうちつけた。玉から溢れた光の糸が竜の体に巻きついて、ダイティーイ様は元の体に戻っていく。
人の姿に戻ったダイティーイ様は、すぐに鏡に駆け寄って、何度も顔や首、自分の体を確かめるようにあちこちに触れていた。
「戻った……私だ……」
「後少し遅かったら首ごと滅んでいたぞ」
閣下に言われて、ダイティーイ様は震え上がる。
真っ青になる彼に、閣下は近づいて行った。
「…………国王は、若輩者で力も足りない腰抜けと言われているが、本気で民たちを守りたいと思っている。お調子者で多少わがままだが、あれは……俺の友人だ。二度と、手を出そうなどと考えるな」
「…………は、はい…………」
震える声で答えたダイティーイ様に背を向け、イールヴィルイ様は、部屋を出て行く。そして、扉から出て行く前に、一度ダイティーイ様に振り向いた。
「それと、人を陥れようなどとは考えないことだ。詰られ、怯えながら首を切られる者の気持ちが、少しは分かっただろう?」
その言葉にダイティーイ様が答えることはなかった。また、床から立てなくなってしまったらしい。
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