【完結】極悪と罵られた令嬢は、今日も気高く嫌われ続けることに決めました。憎まれるのは歓迎しますが、溺愛されても気づけません

迷路を跳ぶ狐

文字の大きさ
60 / 96

60.馬鹿に

しおりを挟む

「失礼致します」

 そう言って、私が応接室の扉を開けると、その場にいたデシリー様と、イールヴィルイ様が振り向いた。

 私が連れてきている竜のキディックの存在は、デシリー様にしてみれば、不測の事態であるはずなのに、彼女はびくともしない。さすがです。

 けれど、それはこちらも想定の範囲内。デシリー様に閣下が呼ばれたことは知っていたし、彼女はいずれ動くだろうと思っていた。

 けれど、まさか。

「お久しぶりです……伯爵様」

 頭を下げて、ご挨拶をする。

 まさか、もう一度、この方と顔を合わせる日が来るなんて。

 ソファに座るのは、魔法がかかったローブに身を包み、金色の美しい杖を携えたランペジ・フォーフィイ伯爵様だ。

 その姿を見ただけで、私は震え上がりそう。

 伯爵様とて、もう二度と私には会いたくなかったはずだ。
 何しろ伯爵様は、魔力のないものは家畜より始末が悪いと平然とおっしゃるような方。つまり私は、彼にしてみれば、捨てるに捨てられないゴミにも等しいもの。

 挨拶をした私に対して、伯爵様は無言。彼が私と話すことはまずない。私に魔力がないと知ってからは、私は奴隷のような扱いを受けていましたもの。

 けれど、完全にいないものとして扱われるかと思いきや、伯爵様は私のところに近づいて来て、早速手を振り上げる。
 ぶたれるのだと、すぐに分かった。
 これも、いつものこと。むしろ、平手打ちなら軽いものだ。いつもなら、軽くて鞭で、そうでなければ魔法だった。私は魔法に対して身を守る術を持たないので、されるがままに痛めつけられていた。

 とっさに目をつむるけれど、いつまでも衝撃はない。

 それどころか、伯爵様は私の肩に手を置いていた。

「……リリヴァリルフィラン……久しぶりだな…………」
「……」

 どうされたのでしょう……伯爵様は…………こんなことをされたのは、初めてですわ。

「会えて嬉しいよ……元気だったかい?」
「…………ええ……」

 妙にニコニコした態度が気色悪い。

 気が触れましたか?

 けれど、よく見れば、いつも私を蔑んでいた目だけは同じ。

 一体、何を企んでいるのかしら……

「聞けば、大変な目にあったそうじゃないか…………トレイトライル殿には、婚約を破棄されてしまったのだろう? よほど辛かったはずだ。同情するよ」

 今更何をおっしゃっているのでしょう……私が婚約を破棄されてしまったことくらい、とうに知っているでしょうに。それなのに、その時伯爵様からはなんの連絡もなかった。トレイトライル様が、フォーフィイ家が役立たずの生ごみを捨てて行ったと腹を立てていたことを覚えている。

 今更同情とやらで心を痛めてるっぽい顔を作るその男は、細く骨張った手を、私に向かって伸ばしてきた。

「……だが、よかったではないか。公爵家の方に、お前のような女が気に入られるなど。二度とないことだ」
「………………」

 あ、そういうこと。

 何かと思えば、そんなことでわざわざ出て来ましたのね。この方。

 実に伯爵様らしくて、むしろ安心しましたわ。私の顔をまっすぐに見て微笑んだりするから、てっきり本当に気が狂ったのかと思った。

 今すぐにここから出て行きたくなるほどの吐き気と、気色悪さに耐える私の前で、伯爵様は不気味に笑う。

「リリヴァリルフィラン……お前の辛かった日々は、理解しているつもりだ…………今まで連絡もできなくて、悪かったな」
「お気になさらないでください」
「だが、この城で横暴を働いたことはお前の非だ」
「そうですか」
「デシリーに全て聞いた。元婚約者のトレイトライル殿をはじめとする、さまざまな方々に迷惑をかけたらしいな」
「さあ。なんのことでしょう」
「だが、元々魔力もない、役立たずのお前を、この城の人たちは迎えてくれたのだ。いかに婚約を破棄されたとはいえ、お前はその恩に報いる義務があるのだよ」
「それは知りませんでした」
「リリヴァリルフィラン……大人しく非を認め、謝罪しろ。黙って身を粉にして働くことでしか、恩に報いることはできないだろう? 床に手をつき謝罪すれば、きっと、トレイトライル殿やフィレスレア殿も、分かってくださる」
「それはどうでしょう」
「……私の話を聞いているのか?」
「はい。もちろんでございます」

 もちろん、聞いてない。

 だって、聞いたところで不快になる上に気色の悪い思いをするだけだということは分かっていますもの。
 ですから、できるだけ短い相槌だけを選んで返す。それがこの方のくだらない話を聞いているふりをする手段だ。

 すると、伯爵様はやっと本題に入った。

「……まあ、いい……それより、リリヴァリルフィラン。イールヴィルイ様に求婚されたというのは、本当か?」
「ええ。丁重にお断りしましたわ」
「…………なに?」
「伯爵様が仰ったではありませんか。以前、トレイトライル様と私が婚約した時に。こんなものを押しつけられるトレイトライル殿がかわいそうだと。ジレスフォーズ殿には、謝罪代わりの謝礼を用意しようと。それに、私のような役立たずは、ここで働くことでしか、恩を返せないようなので。私にできる精一杯の働きをしたまでですわ。閣下とて、私を気に入ったなど、ただの気の迷いですもの」
「…………」

 伯爵様の目が変わる。利用価値のある物を見る欲に塗れた目から、全く無価値な物を前にした、屑を見るような目に。

 そして、伯爵様の役立たずに対する態度など、いつもひどいもの。今のように。

「つまり…………お前は散々この城で悪事を働いた挙句、公爵家からの求婚を勝手に断ったと……」
「はい。そうですわ」
「私になんの報告もなく」
「はい。そうですわ」
「なぜ報告しない? そういうことは、すぐに報告するべきだと分かるだろう?」
「はい。もちろんですわ」
「そうか…………」

 伯爵様は、急に黙ってしまう。

 そして、先ほどまでの笑顔がまるで嘘のように、ため息をつく。

「馬鹿め……本当に……何度でも失望させてくれる……お前のその存在が、どれだけの人を苦しめているか……お前には分からないのか? 全く……これまで生かされていた恩も忘れ、好きに振る舞う、一族の恥晒しめっ……!!」
「ええ。存じておりますわ」

 にっこり笑って答えると、ついに伯爵様は手を振り上げますが、すぐにその手は動かなくなってしまう。彼の手には、光る鎖が巻き付いていた。

 イールヴィルイ様の魔法だ。彼は伯爵を睨みつけていた。

 すると、伯爵様は急に笑顔になって、閣下に振り向く。

「閣下……この者の非礼、心からお詫びいたします」
「……」

 閣下の冷気を感じるような威圧感に押されたのか、伯爵様は黙ってしまう。
 黙り込む彼に、閣下はゆっくり口を開いた。

「……貴様に謝られる筋合いはない。リリヴァリルフィランには、好きなようにしてほしいと告げている。俺はただ、彼女をここに置いておきたくないだけだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

ブサイク令嬢は、眼鏡を外せば国一番の美女でして。

みこと。
恋愛
伯爵家のひとり娘、アルドンサ・リブレは"人の死期"がわかる。 死が近づいた人間の体が、色あせて見えるからだ。 母に気味悪がれた彼女は、「眼鏡をかけていれば見えない」と主張し、大きな眼鏡を外さなくなった。 無骨な眼鏡で"ブサ令嬢"と蔑まれるアルドンサだが、そんな彼女にも憧れの人がいた。 王女の婚約者、公爵家次男のファビアン公子である。彼に助けられて以降、想いを密かに閉じ込めて、ただ姿が見れるだけで満足していたある日、ファビアンの全身が薄く見え? 「ファビアン様に死期が迫ってる!」 王女に新しい恋人が出来たため、ファビアンとの仲が危ぶまれる昨今。まさか王女に断罪される? それとも失恋を嘆いて命を絶つ? 慌てるアルドンサだったが、さらに彼女の目は、とんでもないものをとらえてしまう──。 不思議な力に悩まされてきた令嬢が、初恋相手と結ばれるハッピーエンドな物語。 幸せな結末を、ぜひご確認ください!! (※本編はヒロイン視点、全5話完結) (※番外編は第6話から、他のキャラ視点でお届けします) ※この作品は「小説家になろう」様でも掲載しています。第6~12話は「なろう」様では『浅はかな王女の末路』、第13~15話『「わたくしは身勝手な第一王女なの」〜ざまぁ後王女の見た景色〜』、第16~17話『氷砂糖の王女様』というタイトルです。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

処理中です...