婚約破棄された男が飛びついてきたので遊び半分で求婚して拷問するために連れ帰ったらすぐに惚れてしまい何とか好かれたい嫌われ者の俺の話

迷路を跳ぶ狐

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1.嫌われ者の俺、子犬を拾う

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 馬車が城門を通った時点で、俺はもう帰りたくなった。

 ……くだらない……なぜ俺は、こんなところに来ているんだ……

 今すぐに御者に命じて、馬車を来た方に戻したい。だが、そんなわけにもいかない。

 馬車の窓から外を覗くと、晴れた空の下に巨大な王城がそびえていた。こっそり裏から入ってやりたくなるが、城には魔物対策なのか、いつもより強固な結界が張られている。これでは、正面から入るしかない。

 うんざりしながらその城を眺めていると、馬車は城の正面玄関の前で止まって、従者が馬車の扉を開けてくれる。

 しかし、まっっっったく歓迎されていないことは明らかだ。

「ドレギウォラル・ヴァトドレル様、お待ちしておりました」

 そう言って俺を出迎えた王家の側近たちは、誰も俺と目を合わせようとしない。
 並んだ兵士たちもまた、同じような様子だ。

 ため息が出そうだ。

 嫌なら呼ぶな……

 俺だって来たくない。

 俺の一族は、かつて魔法の力で王国をずっと守ってきたが、今では不気味な魔法を操る乱暴な一族として、酷い悪評が立っている。

 恐れられることは嫌いじゃない。そうしていれば、面倒な貴族から喧嘩を売られることもないからだ。

 誰とも視線を合わせたくなくて、常に頭から真っ黒な布を被り、誰とも交わろうとせずに周囲を睨みつけている俺は、誰からも恐ろしく見えるらしい。そのことを不快に思ったことはない。

 だが、こう言った場に来て、好奇の目を向けられるのは気に入らない。

 とは言え、そんなことを言ったところで無駄なので、無視して城に入った。







 目的の会議室目指して広い廊下を歩いても、誰もがこちらとは目を合わせない。

 明らかに避けられている。

 少し離れたところからは、ヒソヒソと囁く声まで聞こえてきた。

 ……鬱陶しい…………

 なんなら殴り倒してやろうかと振り向けば、連中はそろって口を閉じてさっと顔を背ける。正面からやり合うほどの度胸はなくても陰口は叩けるらしい。

 聞こえてくる声は、堕落した一族が来た、堕ちた貴族が美しい王城に何の用だ、こんなところに来る前に領地をなんとかしたらどうだと、そんな声ばかり。

 お前たちに言われたくない。

 堕ちた一族であることは、自分でも分かっている。王族にろくに敬意も払わず、領地はあるが、ほんの少しの竜族と魔獣が住む、ひどい不毛の地だ。

 普段は魔物の増加を抑えることだけで精一杯だが、一族の屋敷は巨大な魔法の研究所になっていて、貴族たちの依頼を請け負っては暗殺や拷問に関わり、人を蔑ろにしては大金を稼ぐゲスの一族……そう呼ばれているが、それがなんだ?

 誰もが俺の一族を鬱陶しく見ていることは明らかだが、俺は全く気にしていない。

 だったら、こんなところに呼ばなければいい。

 それでも、ここで会議がある時には、王族は必ず俺を呼びつける。
 何をしたいかと言うと…………おそらくは見せしめだな……自分達に逆らう馬鹿な一族を、笑いものにしたいらしい。

 今日だって、出たくもない会合に呼ばれ、わざわざこんなところに出向く羽目になった。城内にはすでに貴族が集まっているらしく、騒がしい。

 貴族たちを集めたのは勇者と呼ばれるいけ好かない貴族の男で、その魔力と剣の腕で、強力な魔物を滅ぼしてきた英雄の家系らしいが、俺は、あいつの偉そうな理論を聞いていると、気味が悪くて仕方がない。

 やはりもう帰ろうか……せっかく来たんだから、憂さ晴らしに会議の主催者の王子の顔でも殴り飛ばして。

 そう思った途端、背後から駆け寄ってくる足音がした。

 …………なんだ?

 殺意は感じない。

 暗殺者とは思えない。

 貴族どもの嫌がらせか?

 背後から突然従者をぶつからせたり、悪気のないふりをして魔法を打つなど、よくあることだ。

 しかし、それで俺をなんとかできるとでも思っているのか?
 どうせ先ほどからヒソヒソ言っている奴らの仕業だろうが……

 ……これは、ちょうどいい……

 俺は、ほくそ笑んだ。

 憂さ晴らしだ!

 圧倒的な力で捩じ伏せて、嘲笑ってやろう!

 魔法の風を体に纏わせ、振り向く。誰が来ても、この風で切り刻んでやる。

 けれど振り向いた先にいたのは、何の殺気も感じられない小さな男だった。

「……ドレギウォラル様!!」

 なんだ…………!? こいつ…………!

 見知らぬ小柄な男だった。ふわっとした金色の髪を短く切り、簡素な服を着て、華奢だった。一応魔物と戦うための装備は身につけているようだが……

 俺を知っているのか??

 驚いたが、すでにその男は俺の懐まで迫っている。

 思っていたよりずっと早い。こんなスピードで、俺に迫る奴がいるなんて。

 咄嗟に俺は、相手の胸ぐらを掴んだ。

「なんだ…………? 貴様は…………」
「……ぅっ…………は、離してっ……」

 男は問いには答えずに、苦しそうに呻いている。

 俺が胸ぐらを掴んだせいで、その男はつま先立ちになって、微かに床から足が離れそうになっていた。

 呼吸がしづらいのかもしれない。だが、そんなことはどうでもいい。

 ……俺の質問に答える気がないのか? 暗殺者の類か?

 未だ俺に襟元を掴まれたままの男は、俺の手から逃れようと、必死な様子で足掻いている。だが、相手の正体が分からないのでは、解放するわけにはいかない。

 俺はその男の体を、魔法で呼び出した鎖で縛り上げた。

「うっ…………!」

 男は呻いて、苦しそうに顔を歪める。

 周囲から悲鳴が上がった。侍女たちが悲鳴をあげ、貴族の従者らしい男たちは武器に手をかけている。

 城内での戦闘に関する魔法や拘束の魔法、傀儡の魔法などは禁止されている。こっそり嫌がらせをする連中でも、小さな風を起こす魔法を使うくらいだ。

 だが、俺はそんなこと、気にしたことがない。

 俺に喧嘩を売る奴が悪い。

 このまま首を切ってやってもいいが、それより先に、どう言うつもりなのか聞き出したい。

 …………しかし……

 なんだ? こいつ。

 体はひどく軽く、脆いように見えた。とても俺にあれだけの速さで近づいた男には見えない。苦しそうに歪んだ目元から、微かに涙が流れていた。

 泣くなよ……

 弱そうな奴……

 確かに、知らない男だ。暗殺を目的に駆け寄って来たようには、やはり見えない。相手に気づかれないように息の根を止めるような武器も、身を隠す魔法の道具も持たず、魔力もほとんどないようだ。これでは、攻撃の魔法もろくに使えないだろう。暗殺者には見えないが、貴族どもに嫌がらせを命じられた従者にも見えない。

 だとしたら、この男……

 ………………一体、なんの真似だ……?

 とりあえず、殺気などは感じないが……

 俺に、なんの用だ?

 城の中で、今のように突然俺に駆け寄ってくる奴というのは、たまにいる。俺を殺したい奴だ。

 もちろん、そんな奴は、すぐに返り討ちにする。この前も、一族の屋敷に飛び込んできた暗殺者を殴り飛ばしたばかりだ。吹っ飛んだ暗殺者の巨体は窓をぶち破って外まで飛んで、「窓が割れた! 寒いじゃないか!」と、しばらく一族に怒られた。

 他に、俺に喧嘩を売りたいだけの奴らも、似たようなことをする。

 そういう奴らは電撃の魔法でしばらく動けなくなるまで撃って、たっぷり拷問を楽しませてもらってから、屋敷の外に捨てるようにしている。執事には怒られたが、一族の連中も似たようなことをしていた。

 そう言った奴らからはどちらからも悪意を感じるものだが、この男のような目で見上げられたのは初めてだ。

「あ、あのっ……離してください…………」

 怯えたようでありながら、どこか強い雰囲気で言われると、俺の方が怯みそうになる。

 なんなんだ……こいつ。

 小さな生まれたばかりの犬か猫みたいな奴だな……首輪でもつけたら似合いそう……

 敵意はないようだが、だとすれば、俺はこれをどうすればいい?

 ……くそ…………喧嘩を売るつもりがないのに、俺の名前を呼んで駆け寄ってくる奴なんて、初めてだ。

 対処の仕方がわからない。

 俺の名前を呼んだなら、俺を知っているのだろうが……

 俺の方は、まるで覚えがない。

 そもそも、悪名高い堕落貴族の俺を呼び止める奴など、いないはずなのだが……

 驚いている間に、その男は縛られたまま、床に倒れてしまう。

 しまった……いつの間にか手から力が抜けていて、床に落としていた。

「いたっ…………!!」

 呑気な声をあげて男が倒れる。そしてそいつは、驚いた顔のまま、俺を見上げていた。

「あのっ…………ドレギウォラル様っ……ですよね?」
「…………」

 やはり、俺を知っている。

 しかも、縛り付けられているのに、あまりに気にしていないようにも見える。

 気にしろよ……縛られているんだぞ。どう言うつもりなのか、さっぱり分からないが、敵でないのなら、縛っておく必要もないか……

 鎖を消してやると、彼は恐る恐ると言った様子で立ち上がった。

 文句でも言ってくるかと思いきや、その男は、なんと俺の目の前で頭を下げた。

「……あ、あのっ……急に近づいて申し訳ございませんでした!!」
「…………」

 お前が謝ってどうする…………
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