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12.交換条件
しおりを挟むグラティローナは、自分にすぐに平伏しない者を、ひどく罰するようなことが増えているらしい。今回も、レイディルクライトルの態度が気に入らなかったようで、不機嫌そうに言った。
「あなたの企みに加担した、ディーフェヴィルト様ですが……彼の屋敷にも、討伐隊を向かわせました」
「討伐隊……? なぜ……討伐隊なのです? あそこにいる魔物なら、冒険者ギルドがその数を管理して……」
「魔物ではありません。討伐されるのは、ディーフェヴィルト様ですわ」
「ディーフェヴィルト様が!?」
「だって……あの方は、あなたと組んで、平民の女を殺そうとしたのですよ? 反逆の疑いもかけられていますし…………仕方がないことではありませんか。あなたのせいですよ?」
「私の……?」
「ええ。あなたがあの方を巻き込んで誘拐事件など起こそうとしたから……こんなことになったのです。反省する気になりましたか?」
「まっ……待ってください! でしたら、ディーフェヴィルト様は関係ありませんわ!! 彼はたまたまその場にいただけ……」
「そんな言い訳が通じるはずがないでしょう。素直にあなたが罪を認めて、大人しくただ弁済のための金を稼いでいれば、こんなことにはならなかったのに。冒険者……でしたか? 平民に混ざって汚らしいギルドに出入りなんて……貴族の令嬢のすることではありませんわ。私のことを魔法で狙った極悪の宰相とは、お似合いかもしれませんが…………」
「待ってくださいっ……! 彼は本当に何も……」
「聞きたくありません。ろくに謝罪もできない無礼なあなたの言うことなど」
グラティローナは、それに腹を立てたと言わんばかりにレイディルクライトルを見下ろし、ニヤニヤ笑っている。
(私の……せい?)
そう思ったレイディルクライトルは、その場で平伏し、床に顔を落とした。額にも、鼻の先にも、冷たい床の感触がする。
頭上で、グラティローナがせせら笑う声が聞こえた。
「あらあら……急にどうしたのかしら? レイディルクライトル」
「ディーフェヴィルト様は何も……何もしていません。どうか……」
「もうどうにもなりません。すでにあの屋敷には、討伐隊として多くの魔法使いが向かっているはずです」
「…………そんな……」
「私を恨まないでくださいね。夜会で断罪させていただくつもりでしたのに、殿下が……私を殺そうとした上に、追放されても反逆まで企んだ男には、それでは生ぬるい! 許せない! とおっしゃられたのです。これまでの悪事を全て拷問部屋で吐いていただくか、抵抗するなら両腕を切り落とし、二度と魔法が使えないよう、体を焼くようにと命じられてしまって……そんな残虐な刑、私は望んでいませんのに…………」
「……」
「……レイディルクライトル……一度は私から頼み事をしたあなたが、そんな風に苦しむところを、私も見たくありませんわ」
グラティローナは、レイディルクライトルの前に腰を下ろし、囁いた。
「あの時、私の誘いを断るからよ…………」
「……!」
断ったと言われて、レイディルクライトルはハッとした。それは、以前グラティローナのために暗躍しろと命じられた時のことだろう。グラティローナの邪魔になるものには嫌がらせをして追い出し、政敵となる男に取り入って重要な機密事項を盗み出せという命令だったが、結局出来ずに、レイディルクライトルは彼女の誘いを断る形になった。どうやらそれを根に持っているらしい。
「……惨めなものね……レイディルクライトル。弁えなさい…………あなたは罪人なのよ。本来なら、いずれ国を背負う私に声をかけることすら許されないの」
「…………お願いです……あの方は関係ありません。街での件なら、私が悪かったのです。全て私のしたことです」
「黙りなさい」
グラティローナは、平伏するレイディルクライトルの頬のすぐそばめがけて、魔法の弾を撃った。当たりはしなかったが、制御しきれていない暴走した魔力が、黒くドロドロした塊になって、レイディルクライトルの体にかかった。恐ろしいほどの魔力を持つだけある。
汚れた姿になったレイディルクライトルを、グラティローナは嘲笑う。
「ご自分の心配をなさったらどうです? もうあなたは貴族ですらなくなるのですよ? 夜会の席でわざわざ罪を決めて差し上げるのは、最後の慈悲です。それに、すでに討伐隊は屋敷に向かっています。手遅れですわ」
「…………でしたら、せめて……どうか最後にあの屋敷に行かせてください……」
「そうね…………」
彼女は、少しの間考えていた。子爵がやめておきましょう、と囁いている。
このままでは行かせてもらえないと思ったレイディルクライトルは、頭を下げたまま言った。
「隠した金貨を全てお渡しします」
金貨と聞いて、子爵が振り向く。
「なに……?」
「冒険者をしていた時に稼いだ金ですっ……! 全てお渡しますからっ……行かせてください! そのあとは、どのように断罪されても構いません!! どうか……必ず、夜会には出席しますから…………」
「……」
それを聞いて、グラティローナは少し黙っていた。彼女に、子爵は今度は「逃亡を防止する枷をつければ、問題ないでしょう」と話している。
グラティローナはレイディルクライトルに振り向いた。
「では、こうしましょう。断罪が終わったら、あなたのことは奴隷として扱います。貴族としてではなく、奴隷として処刑されるのです」
「……分かりましたわ」
頷いたレイディルクライトルに、子爵は満足げに言った。
「言っておくが、これは金のためではないぞ。お前のせいで、兄弟たちは苦労している。悪女が一族にいるせいで、本来つけるはずだった役職からも遠ざけられ、不当な評価を受けているのだ。その賠償をさせてやるだけだ。お前にも良心があるなら、このまま死ぬのは無念だろう?」
「…………はい」
「逃亡防止の首輪はつけて行け」
「はい。もちろんです」
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