玩具にされたぼくと、彼女の丸メガネ

清白 芹

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16.告白

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ぼくが美咲ちゃんに自分の気持ちを伝える覚悟をした日の午後、告白の機会は突然訪れた。
「ピンポーン」
玄関のチャイムが鳴る。誰だろう。ぼくはパジャマのままで階段を降り、玄関のドアを開ける。するとそこには制服姿の美咲ちゃんが立っていた。学校帰りだろうか。でも今日の彼女はメガネをかけていない。ぼくにちょっとギコチない笑顔を向けたあと、眉根を寄せながら話し始める。
「こんにちは。体、大丈夫?」
「うん。昨日で熱も下がったし、体調も元に戻ってるんだけど、今日は大事をとって休んだんだよ」
「よかった。じゃあもう大丈夫だね」
「お見舞いに来てくれたんだね。ありがとう」
「うん、それもあるけど、今日は翔流かけるくんに話があって来たんだよね……」
美咲ちゃんは視線を落とし、自分の靴のあたりを見ている。
「両親は仕事で留守にしてるんだけど……よかったら上がる?外だと暑いから」
「ありがと。寝てるのにお邪魔してごめんね」
ぼくは彼女の先に立って二階の自分の部屋に案内する。


「へぇー。ここが翔流くんの部屋かぁ。とりあえずここ、座っていい?」
美咲ちゃんはぼくの部屋を一通り見回したあと、ベッドのほうを指差す。
「う、うん。いいよ」
ぼくの部屋は六畳の洋間で、家具は学習机、本棚、クローゼット、ベッドだけのシンプルな部屋だ。フローリングの床にカーペットや絨毯じゅうたんは敷いておらず、応接用のテーブルや椅子も置いていない。だから客がすぐ座れる場所といえばそこなんだけど……。年頃の女の子が男のベッドの上に座るというのはいろいろと抵抗があると思う。でも美咲ちゃんは何のためらいもなく、部屋の奥の壁際に向かってスタスタと歩いていき、ぼくがさっきまで寝ていたベッドの上に腰かけた。
ベッドに座る制服姿の彼女を見て、ちょっと無防備過ぎるんじゃないかとも思ったんだけど、当人はそんなことを気にするそぶりは見せなかった。
「じゃ、翔流くん。話したいことがあるから、隣に座って」
美咲ちゃんは自分の隣のスペースをポンポンと叩く。ぼくがそこに座ると、彼女は視線を泳がせながら話し始める。
「えーとね。言いにくいことなんだけどね」
言いにくいこと……。やっぱり長谷川さんたちにあのことを聞かされたんだろうか。ぼくが彼女たちの誘惑に乗ってセックスしちゃったこと。それで美咲ちゃんは軽薄でどうしようもないぼくに絶交を言い渡しにきたのかもしれない。ぼくは彼女にまだ自分の気持ちを伝えていない。絶交されてしまったら一生その機会が訪れないかもしれないんだ。ぼくは慌てて制止する。
「ちょっと待って。その前にぼく、美咲ちゃんに言いたいことがあるんだ」
目をしばたたかせ、キョトンとした表情になる美咲ちゃん。そうだよね。わかってる。
だけどぼくは君への気持ちを伝えないと前に進めないんだ。だから絶交するのはちょっと待って欲しい。
「……なに?」
なぜか不安そうな顔をする美咲ちゃん。え?どうしてそんな顔をするの?
「ぼく、美咲ちゃんのこと、ずっと好きだったんだ」
ぼくは彼女の反応が怖かったから、たたみかけるように話し続ける。
「み、美咲ちゃんに彼氏がいることは知っている。で、でもやっぱりぼく、たとえどんな結果になっても自分の気持ちを正直に伝えなきゃって思ったんだ」
美咲ちゃんは困惑したような表情を浮かべる。
「こんなこといきなり言われても困っちゃうよね。ぼくはもう、美咲ちゃんの友達とあんなこともしちゃったし……」
ぼくは自嘲じちょうするように「ははは」と笑って無理やり笑顔を作ろうとしたけど、顔がひきつってしまう。
「ゴメン。あれ、嘘なんだ……。やっぱり翔流くんのこと傷つけちゃってたね……」
美咲ちゃんは眉をひそめて涙を浮かべ、唇を震わせている。
「え?そ、そ、それって……ど、ど、どういうこと」
予想外の展開にぼくは動揺し、しどろもどろになってしまう。
「わたしね……お姉ちゃんのことがあって……本当の自分を心の奥に押し込めてたみたいなんだ。自分でも気づかないうちにね。だからわたし、自分が誰が好きかとか全然わからなかったの」
美咲ちゃんは目頭を手でぬぐってからぼくに視線を向ける。その瞳は潤んでいたけど、決して揺るがぬ信念を感じた。
「祐佳たちはそんなわたしを見かねてあんなことを……。わたしのせいなの。あの日のことは全部」
「え、それって、つまり……」
「うん。だから知ってる。翔流くんが祐佳たちとエッチしたこと。わたし、実は押入れに隠れてずっと見てたんだよね……」
彼女はそう言うと、眉間にしわを寄せてつらそうな表情をした。
「……」
ぼくは絶句する。まさか美咲ちゃんに見られていたなんて……。
「でも、わたし、そのおかげで本当の自分に戻れたんだ。自分の気持ちにも気づけたんだよ」
美咲ちゃんはさっきとは打って変わって晴れ晴れとした表情になる。彼女はさらに言葉をつなぐ。
「翔流くん、ありがと。わたしのこと好きって言ってくれて。今度はわたしから言うね。わたし、翔流くんのこと好き。大好きだよ」
それから美咲ちゃんはぼくの唇にそっと自分の唇を重ねた。柔らかい唇。その唇は少し震えていて、緊張や不安みたいなものが伝わってくる。ぼくはなんだかそれが夢の中の出来事のような気がしていた。
ほんの数秒間、重ねられた唇はやがて離れ、隣で頬を赤らめてうつむく女の子。ぼくはその女の子を呆然と見つめる。女の子は意を決したようにぼくを真っ直ぐ見つめてくる。
「わたし、翔流くんと……エッチがしたいの。この気持ち、もう抑えられないんだ」
ぼくはその言葉の意味がよくわからない。でもぼくの目に映る女の子は、頬を赤く染め、瞳が潤んでいた。上目遣いにぼくを見つめるその瞳は「大好き」という純粋な気持ちで満たされ、ぼくにまっすぐ注がれる。美咲ちゃんの気持ちがぼくの心に流れ込んでくる。でも彼女の言葉が少しずつ頭の中に浸透し、その意味が理解されていくたびに、ぼくの鼓動はなんだか不穏なほどに加速していった。息が苦しくなり、頭がボーッとしてくる。
「え、美咲ちゃん……何言ってんの」
ぼくはボソッとひとりごとのようにつぶやいていた。本当は嬉しいはずなのに、気持ちがどんどん沈んでいく。ふいにお姉ちゃんの顔が脳裏をよぎる。そのときぼくは美咲ちゃんとセックスすることに激しい恐怖を抱いている自分に気づいたんだ。


セックスをすると体がとても気持ちよくなる。その気持ちよさにとらわれしまったら底なし沼みたいに抜け出せなくなり、見境みさかいがなくなってしまう。
ぼくのことなんか全然好きじゃないのに、ぼくと何度もセックスをしたお姉ちゃん。
そしてぼくも、全然好きじゃない長谷川さんたちとセックスをした。好きな人じゃなくてもぼくは勃起しちゃうし、底なし沼に沈んでしまうんだ。

ぼくに「大好き」といいながら、腰を動かす美咲ちゃん。でもその瞳はぼくではない誰かを見つめている。悲しくていつも泣きそうになるぼく。でも彼女は自分が気持ちよくなることに夢中で、ぼくのことなんか全然見えていないんだ。
美咲ちゃんはただ自分が気持ちよくなるために、嘘の「大好き」を何度も何度もぶつけてくる。そう、お姉ちゃんのように。そんな絶望的な未来がぼくの頭の中に浮かんでくる。
美咲ちゃんもぼくとセックスしたら変わってしまう。漠然とした不安は少しずつ確信へと変わっていった。


「どうしたの?翔流くん大丈夫?」
セーラー服を着た女の子が、陰鬱いんうつとした想念そうねんに沈んでいたぼくを心配そうな顔で覗き込んでいる。
「……ぼく、美咲ちゃんとセックスするのが怖くて仕方がないんだ。体でつながってしまうと心がどんどん離れていくみたいな気がして……美咲ちゃんの『大好き』が消えてしまうような気がして……」
それはほとんど無意識に発した言葉だったけど、言い終わったあとで、それはまぎれもないぼくの本心だと思った。
そんなぼくの話に美咲ちゃんは真剣な表情で耳を傾けていたけど、話が終わると眉間にしわを寄せて悲しそうな目でうつむき、沈黙する。でも彼女はすぐに顔を上げ、ぼくを大きくて澄んだ瞳で真っ直ぐに見つめた。
「……翔流くんが昔、どんな辛いことがあったのかわたしには想像もできない……。でもわたし、大好きな翔流くんとね。体だけじゃなくて、心でもしっかりとつながりたいって思ったから、翔流くんとしたいって思ったの。だからわたしの『大好き』が消えてしまうことは絶対ない。信じて……」

ぼくを真剣に見つめる彼女の瞳はキラキラの光であふれていて、底なし沼の深みにはまったぼくを照らしてくれたような気がした。
体が気持ちよくても心がつながっていなければ、興奮や快楽という波が引いた後に孤独感が押し寄せてくる。でも美咲ちゃんとなら体だけでなく、心でつながることができるって、このとき素直に思えた。ぼくは彼女となら一人ぼっちにならずにずっと穏やかでいられるって思えたんだ。
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