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5. 欲求
旅行の一週間前です
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「フルルも来れるの!? 本当に!?」
「はいっ! ユートさん、ああえと、学院で知り合いの方がブレンペーニュに行くそうで、私も誘ってもらったんです」
夏期休暇の初日、私服で街に出た私は、まだ魔法都市グリマールに滞在しているイデアさんとカフェでお話ししていました。
なんでもイデアさんは、長く滞在するために一時的に住み込みで働いているようで、ミリアさんが離れても契約期間内は働かなければならないとのことでした。それも今日で終わりというので明日からはもう会えなくなってしまうのですが、最後にいい連絡ができて良かったです。
昼下がりの街は人の数も多く、屋外の席なので少し緊張していましたが、イデアさんの言う通り、街を歩く人はほとんど私たちのことを気にしていないようでした。
褐色の肌に明るい緑の髪色が映えるイデアさんはとても綺麗ですし、グリマールでは鬼人族は珍しいはずなのですが、不思議です。私も、髪の陰から少しだけ翼を出しているのですが、これも気づかれていないのでしょうか? それとも気づいていて、特に何も思わないのでしょうか? それが少し、気になります。
「ユートさんって、確か対抗戦でフルルと一緒に戦ってた男の子よね? 黒髪の短い、なんかすごい動きしてた」
「はい、そうです。お兄さんに誘われたそうで、あ、本当の兄弟というわけではないそうですけど」
「そうなんだ? とにかく向こうでもフルルに会えそうで嬉しい! もし来れたらスタッフに声かけてよ。他の皆にも伝えておくからさ」
「え、い、いいんですか?」
「もっちろん! その代わり、ちょっと手伝ってもらうけど」
「は、はい! そのくらいでしたら喜んで!」
意気込む私に、イデアさんは嬉しそうに微笑みます。かと思ったら、すぐに真顔になってしまいます。
「……どうかしたんですか?」
「ごめんフルル。用事を思い出しちゃった。名残惜しいけど、また今度ね!」
「あ……」
言うが早いか、イデアさんはお金を置いてどこかに行ってしまいました。まだお茶が残っていますが、どうしましょう……?
「もしかして、フルルか?」
「えっ!?」
少しの間悩んでいると、突然背後から低い声で尋ねられました。私は驚いて振り向きます。
「あ、えっと、確かシルファさんたちのクラスの……」
「ああ。担当のキースだ。悪いな、急に話しかけて」
そこに居たのは、大きな二本の角が立派なキース先生でした。同じ鬼人族でもイデアさんとは体も角も全然違っていて、どこか威圧感を受けてしまいます。
体も大きく、角も目立つからでしょうか? 道を歩く人もキース先生に注目しているようです。私は少し、緊張してしまいました。
「いえ、そんな……。キース先生は、パトロールですか?」
「まあそんなところだ」
先生は学院に居るときと同じ、黒いかっちりとした服を着ていました。胸元が少し開いているのも同じです。授業が無い日でもお仕事をするなんて、先生って大変なんだな、とぼんやり考えます。
「フルルは誰かと話してたのか?」
テーブルに残されたコップを覗き込むようにして、キース先生が尋ねました。
「あ、はい。お友達と。もう行っちゃいましたけど」
「へぇ。学院の生徒か?」
「いえ、最近知り合った小鬼族の方です」
「小鬼族? 珍しいな……」
先生は何かを考え込むように、腕を組んで顔を動かします。私は気にせず言葉を続けました。
「ミリアさんって知ってますか? 歌と踊りが上手で、魔法も使えるすごい人で」
「ミリア・プリズムか? それなら知ってるぞ」
「はい、そのミリアさんです」
「おいおい……まさかミリア・プリズムがここにいたってんじゃねぇだろうな?」
「あ、いえ! 話していたのはイデアさんという方で、ミリアさんのお仕事を手伝うボランティアをしている人なんです」
「ああ、そういう。まあそうだよな。ミリア・プリズムがこんなところにいちゃ、大騒ぎになるだろうし」
先生の言葉に、頷いて返します。
「しかしイデア、イデアねぇ……」
「……イデアさんが、どうかしたんですか?」
「いや、どっかで聞いたことがあったような気がするんだが、気のせいだったかもな」
先生は軽く笑って、片方の角の根本を掻きます。ちょっと恥ずかしいのでしょうか、目が泳いだようにも見えました。
「……なあフルル、俺がもう少しここに居たら迷惑か? あんまりこういう機会もないしな。フルルが良ければ、もう少し話していたいんだが」
「えっと……はい。いいですよ」
「ありがとな。ああ、水を頼む」
キース先生は近くを通った店員さんに注文をすると、さっきまでイデアさんが座っていた席に着きました。私はイデアさんが残したコップを引き寄せます。
「翼、使えるようになったんだな。おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
軽く頭を下げて返します。薄々と感じてはいましたが、ジェンヌ先生だけでなく、他の先生方も私のことを気にしていたようです。恥ずかしいのと同時に、期待に応えられたことに安心します。
「今も少し翼を見せているみたいだが、無理してないか?」
「はい。まだ大きく見せるのはできませんけど、少しずつ、慣れていけたらって思って……」
「そうだな。それでいいと思う」
先生が注文した水が運ばれてきました。先生はお金を払って水を受け取ると、一口飲みます。私は空になった自分のコップと、まだ中身があるイデアさんのコップを交互に見ます。
どうしましょう……。残すのは勿体ないですし、でもこのまま飲んでしまったら、その、間接キスになってしまいます。わざわざ私のコップに移すのも変に意識しているみたいですし、イデアさんが口をつけてないところから飲むのが一番でしょうか? でもどうしたってイデアさんが口をつけたお茶を飲むことにはなるので、やっぱり間接キスに……。
「その、イデアって友達にも、翼を見せることはできたのか?」
「えっ!? ……と、はい。イデアさんは、私はこのままでいいって言ってくれたんです。イデアさんのお知り合いの方も、私の翼はすごいって言ってくださって、それで、あまり隠さなくてもいいのかなって思えて……」
「成程な。ちなみにイデアって女……じゃなかった、女性か?」
「はい」
「肌は暗めの色で、髪は黒色で長い?」
「いえ、肌の色と髪の長さは合ってますけど、髪の色は薄い緑色です」
「そうか、ありがとう。じゃあやっぱり勘違いか」
「お知り合いの方に、お心当たりがあるんですか?」
「ん、まぁな。良ければイデアの知り合いって方についても訊かせてくれると嬉しいんだが」
「はい、大丈夫です」
それから私は、ミリアさんのライブを支えるボランティアの方々についてお話ししました。皆さんのことを誰かに紹介するのは初めてでしたが、話している内に改めて皆さんの良さが分かって、そんな素敵な方たちと知り合えた私はとても幸運だったんだと実感できました。
話し終えた私はお茶を口に含み、あ、とその行為の意味を思い出します。
「どうかしたか?」
「い、いえ……」
私は曖昧に笑うと、お茶を飲み干します。仄かに甘い味がしました。
「しかし、成程な。そういう交友関係か。あまり良くない相手だったらって少し心配だったんだが、安心できたよ」
「は、はいっ。皆さんいい人たちですから、心配ないです!」
「なら良かった」
キース先生は微笑むと、水を飲みました。
「……ところで、最近のユートの様子はどうだ?」
「ユートさんですか? 特に変わった感じはしませんけど……」
首を傾げる私に対し、先生は腕を組みます。
「それならいいんだが。いやな、対抗戦が終わってからずっと、なんだか焦っているように感じられてな」
「焦り、ですか?」
言われてみると、そんな風に見えなくもなかったような……?
「試験のために頑張っていましたから、それがそう見えたのでしょうか?」
「その可能性もあるが、試験結果が出た後も緊張が解けてない感じがしたんだ。気のせいだったらいいんだがな」
「そうですか……あ」
「何か思い当たったか?」
「えっと、実は来週、ユートさんたちと一緒にブレンペーニュに行くんですけど」
「ブレンペーニュ!? 鬼人族の国だよな? なんだってそんなところに」
驚く先生に、私は経緯を話しました。
「それでもしかしたら、お兄さんに会うことに緊張しているのかもしれないと思って……先生?」
「……おっと悪い。いやまさかあのショーゴと関わりがあるなんて思わなくてな」
「ご存じなのですか?」
「ああ。前回の魔導国際大会、U18部門に現れた化け物だ」
「魔導国際大会……」
それは私でも聞いたことがありました。確か、全国大会を勝ち抜いた人だけが出られる、魔法使いのトップを決める大会のはずです。
「個人戦じゃあライトとフローラを下してた」
「えええええっ!?」
「チーム戦でもライト達と当たってな。負けはしたがいい試合だった。一年生を三人も連れていたとは思えないほどな」
「………………」
キース先生の言葉を、私はすぐには理解できませんでした。ユートさんのお兄さんは、本当にライトさんより強かったみたいです。私たちが四人で戦って、ようやく勝てたあのライトさんより……。
「ショーゴが相手じゃユートも緊張するか。ところでユートはどうして呼ばれたんだ?」
「さ、さあ……?」
「……ま、何にしろ無理してなきゃいいんだけどな」
「あれ? キース先生?」
その時、キース先生の後ろから聞き覚えのある声が聞こえました。この声は……。
「エルナさん?」
「え、フルル!? どうしたの!?」
「……まさか、デート?」
「デっ……!?」
「んなわけあるか」
カインさんの発言に言葉を失う私とは対照的に、キース先生はため息をついて立ち上がります。
「翼を使えるようになったフルルと、少し話をしてみたかったんだ。お前らこそデートか?」
「んーん。さっきバッタリ会っただけ」
「……本を買った帰りです」
そう言うカインさんは、手に紙袋を提げていました。ノーキニック大書房、と書かれてあります。
「もう帰るのか? 折角の夏季休暇なんだ。門限ギリギリまで遊んでいけばいいじゃねえか」
「遊ぶって言っても、特に回るところもないしー」
「……早く帰って本を読みたいので」
「そうか。他にやりたいことがあるならそれが一番だわな。フルルはどうすんだ?」
「わ、私ですか?」
どうすると言われましても、イデアさんは行ってしまいましたし……。
「わ、私も、学院に帰ります……」
「ホント!? なら一緒に帰ろ!」
「……いいのか?」
「はい。私もその、やりたいことは終わりましたら」
「んじゃお前ら、気を付けて帰れよ」
「あれ? キース先生はどこか行くの?」
「パトロールの続きだ。フルル、話に付き合ってくれてありがとな」
「あ、い、いえ……」
キース先生は軽く笑みを浮かべると、歩いて行ってしまいました。私は席を立ち、その背中を見送ります。
「パトロールかぁ。先生も大変だねぇ」
「……遠足の件がまだ尾を引いているようだな」
「そうみたいですね……」
……もしかして、私のことも心配してくれていたのでしょうか? お二人の後を歩きながらそう思うと、不思議な安心感が湧いてきました。
「そうだっ。じゃあ私、フルルのボディーガードするね! 学院までの護衛は任せて!」
「ええっ!? いえそんな、悪いですよ……」
「遠慮しないで。私がしたいんだから。それにボディーガードって言っても、一緒に帰る間ちょっとそういう振りをするってくらいのものだし。ね? それならいいでしょ?」
「えっと……はい。それなら、その、よろしくお願いします」
「まっかせて! フルルには指一本触れさせないんだから!」
「……なら俺のことも」
「無理」
「あ、なら私がカインさんを守りますね」
「……ありがとう……!」
「えーいいなー。フルル、今度は私もお願い!」
「はい、勿論です」
学院までの道のり、他愛のない話の輪にいる私は、自分がいつの間にか沢山の人と仲良くなれていることを実感して、自然と笑みが浮かんだのでした。
◇ ◇ ◇
イデア、か。
視線を受けながら雑踏を進む俺は、周囲に意識を向けながら心の中で呟く。
心当たりなんて全くなかった。だが、そいつがただ者じゃないことは分かる。あの席の周りに、莫大な魔力の持ち主がほんの少し前までそこにいた痕跡があったからだ。
それだけならまだいい。問題はそれを隠そうとした形跡があったことだ。この俺でさえ、あと少し到着が遅かったら気づけなかったかもしれない。それほどまでに巧妙な隠蔽工作だった。
ミリア・プリズムの熱心なファンだってんならすぐに身元は割れるだろうが、自分の痕跡を消した奴がそう簡単に正体を明かせる立場にいるとは思えねえ。なりすましか、あるいは影武者を立てているか……。
「一先ず、情報収集するか」
たとえ情報を得られなかったとしても、その事実が一つの情報となる。方針を決めた俺は、行きつけの店に足を運んだ。
「はいっ! ユートさん、ああえと、学院で知り合いの方がブレンペーニュに行くそうで、私も誘ってもらったんです」
夏期休暇の初日、私服で街に出た私は、まだ魔法都市グリマールに滞在しているイデアさんとカフェでお話ししていました。
なんでもイデアさんは、長く滞在するために一時的に住み込みで働いているようで、ミリアさんが離れても契約期間内は働かなければならないとのことでした。それも今日で終わりというので明日からはもう会えなくなってしまうのですが、最後にいい連絡ができて良かったです。
昼下がりの街は人の数も多く、屋外の席なので少し緊張していましたが、イデアさんの言う通り、街を歩く人はほとんど私たちのことを気にしていないようでした。
褐色の肌に明るい緑の髪色が映えるイデアさんはとても綺麗ですし、グリマールでは鬼人族は珍しいはずなのですが、不思議です。私も、髪の陰から少しだけ翼を出しているのですが、これも気づかれていないのでしょうか? それとも気づいていて、特に何も思わないのでしょうか? それが少し、気になります。
「ユートさんって、確か対抗戦でフルルと一緒に戦ってた男の子よね? 黒髪の短い、なんかすごい動きしてた」
「はい、そうです。お兄さんに誘われたそうで、あ、本当の兄弟というわけではないそうですけど」
「そうなんだ? とにかく向こうでもフルルに会えそうで嬉しい! もし来れたらスタッフに声かけてよ。他の皆にも伝えておくからさ」
「え、い、いいんですか?」
「もっちろん! その代わり、ちょっと手伝ってもらうけど」
「は、はい! そのくらいでしたら喜んで!」
意気込む私に、イデアさんは嬉しそうに微笑みます。かと思ったら、すぐに真顔になってしまいます。
「……どうかしたんですか?」
「ごめんフルル。用事を思い出しちゃった。名残惜しいけど、また今度ね!」
「あ……」
言うが早いか、イデアさんはお金を置いてどこかに行ってしまいました。まだお茶が残っていますが、どうしましょう……?
「もしかして、フルルか?」
「えっ!?」
少しの間悩んでいると、突然背後から低い声で尋ねられました。私は驚いて振り向きます。
「あ、えっと、確かシルファさんたちのクラスの……」
「ああ。担当のキースだ。悪いな、急に話しかけて」
そこに居たのは、大きな二本の角が立派なキース先生でした。同じ鬼人族でもイデアさんとは体も角も全然違っていて、どこか威圧感を受けてしまいます。
体も大きく、角も目立つからでしょうか? 道を歩く人もキース先生に注目しているようです。私は少し、緊張してしまいました。
「いえ、そんな……。キース先生は、パトロールですか?」
「まあそんなところだ」
先生は学院に居るときと同じ、黒いかっちりとした服を着ていました。胸元が少し開いているのも同じです。授業が無い日でもお仕事をするなんて、先生って大変なんだな、とぼんやり考えます。
「フルルは誰かと話してたのか?」
テーブルに残されたコップを覗き込むようにして、キース先生が尋ねました。
「あ、はい。お友達と。もう行っちゃいましたけど」
「へぇ。学院の生徒か?」
「いえ、最近知り合った小鬼族の方です」
「小鬼族? 珍しいな……」
先生は何かを考え込むように、腕を組んで顔を動かします。私は気にせず言葉を続けました。
「ミリアさんって知ってますか? 歌と踊りが上手で、魔法も使えるすごい人で」
「ミリア・プリズムか? それなら知ってるぞ」
「はい、そのミリアさんです」
「おいおい……まさかミリア・プリズムがここにいたってんじゃねぇだろうな?」
「あ、いえ! 話していたのはイデアさんという方で、ミリアさんのお仕事を手伝うボランティアをしている人なんです」
「ああ、そういう。まあそうだよな。ミリア・プリズムがこんなところにいちゃ、大騒ぎになるだろうし」
先生の言葉に、頷いて返します。
「しかしイデア、イデアねぇ……」
「……イデアさんが、どうかしたんですか?」
「いや、どっかで聞いたことがあったような気がするんだが、気のせいだったかもな」
先生は軽く笑って、片方の角の根本を掻きます。ちょっと恥ずかしいのでしょうか、目が泳いだようにも見えました。
「……なあフルル、俺がもう少しここに居たら迷惑か? あんまりこういう機会もないしな。フルルが良ければ、もう少し話していたいんだが」
「えっと……はい。いいですよ」
「ありがとな。ああ、水を頼む」
キース先生は近くを通った店員さんに注文をすると、さっきまでイデアさんが座っていた席に着きました。私はイデアさんが残したコップを引き寄せます。
「翼、使えるようになったんだな。おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
軽く頭を下げて返します。薄々と感じてはいましたが、ジェンヌ先生だけでなく、他の先生方も私のことを気にしていたようです。恥ずかしいのと同時に、期待に応えられたことに安心します。
「今も少し翼を見せているみたいだが、無理してないか?」
「はい。まだ大きく見せるのはできませんけど、少しずつ、慣れていけたらって思って……」
「そうだな。それでいいと思う」
先生が注文した水が運ばれてきました。先生はお金を払って水を受け取ると、一口飲みます。私は空になった自分のコップと、まだ中身があるイデアさんのコップを交互に見ます。
どうしましょう……。残すのは勿体ないですし、でもこのまま飲んでしまったら、その、間接キスになってしまいます。わざわざ私のコップに移すのも変に意識しているみたいですし、イデアさんが口をつけてないところから飲むのが一番でしょうか? でもどうしたってイデアさんが口をつけたお茶を飲むことにはなるので、やっぱり間接キスに……。
「その、イデアって友達にも、翼を見せることはできたのか?」
「えっ!? ……と、はい。イデアさんは、私はこのままでいいって言ってくれたんです。イデアさんのお知り合いの方も、私の翼はすごいって言ってくださって、それで、あまり隠さなくてもいいのかなって思えて……」
「成程な。ちなみにイデアって女……じゃなかった、女性か?」
「はい」
「肌は暗めの色で、髪は黒色で長い?」
「いえ、肌の色と髪の長さは合ってますけど、髪の色は薄い緑色です」
「そうか、ありがとう。じゃあやっぱり勘違いか」
「お知り合いの方に、お心当たりがあるんですか?」
「ん、まぁな。良ければイデアの知り合いって方についても訊かせてくれると嬉しいんだが」
「はい、大丈夫です」
それから私は、ミリアさんのライブを支えるボランティアの方々についてお話ししました。皆さんのことを誰かに紹介するのは初めてでしたが、話している内に改めて皆さんの良さが分かって、そんな素敵な方たちと知り合えた私はとても幸運だったんだと実感できました。
話し終えた私はお茶を口に含み、あ、とその行為の意味を思い出します。
「どうかしたか?」
「い、いえ……」
私は曖昧に笑うと、お茶を飲み干します。仄かに甘い味がしました。
「しかし、成程な。そういう交友関係か。あまり良くない相手だったらって少し心配だったんだが、安心できたよ」
「は、はいっ。皆さんいい人たちですから、心配ないです!」
「なら良かった」
キース先生は微笑むと、水を飲みました。
「……ところで、最近のユートの様子はどうだ?」
「ユートさんですか? 特に変わった感じはしませんけど……」
首を傾げる私に対し、先生は腕を組みます。
「それならいいんだが。いやな、対抗戦が終わってからずっと、なんだか焦っているように感じられてな」
「焦り、ですか?」
言われてみると、そんな風に見えなくもなかったような……?
「試験のために頑張っていましたから、それがそう見えたのでしょうか?」
「その可能性もあるが、試験結果が出た後も緊張が解けてない感じがしたんだ。気のせいだったらいいんだがな」
「そうですか……あ」
「何か思い当たったか?」
「えっと、実は来週、ユートさんたちと一緒にブレンペーニュに行くんですけど」
「ブレンペーニュ!? 鬼人族の国だよな? なんだってそんなところに」
驚く先生に、私は経緯を話しました。
「それでもしかしたら、お兄さんに会うことに緊張しているのかもしれないと思って……先生?」
「……おっと悪い。いやまさかあのショーゴと関わりがあるなんて思わなくてな」
「ご存じなのですか?」
「ああ。前回の魔導国際大会、U18部門に現れた化け物だ」
「魔導国際大会……」
それは私でも聞いたことがありました。確か、全国大会を勝ち抜いた人だけが出られる、魔法使いのトップを決める大会のはずです。
「個人戦じゃあライトとフローラを下してた」
「えええええっ!?」
「チーム戦でもライト達と当たってな。負けはしたがいい試合だった。一年生を三人も連れていたとは思えないほどな」
「………………」
キース先生の言葉を、私はすぐには理解できませんでした。ユートさんのお兄さんは、本当にライトさんより強かったみたいです。私たちが四人で戦って、ようやく勝てたあのライトさんより……。
「ショーゴが相手じゃユートも緊張するか。ところでユートはどうして呼ばれたんだ?」
「さ、さあ……?」
「……ま、何にしろ無理してなきゃいいんだけどな」
「あれ? キース先生?」
その時、キース先生の後ろから聞き覚えのある声が聞こえました。この声は……。
「エルナさん?」
「え、フルル!? どうしたの!?」
「……まさか、デート?」
「デっ……!?」
「んなわけあるか」
カインさんの発言に言葉を失う私とは対照的に、キース先生はため息をついて立ち上がります。
「翼を使えるようになったフルルと、少し話をしてみたかったんだ。お前らこそデートか?」
「んーん。さっきバッタリ会っただけ」
「……本を買った帰りです」
そう言うカインさんは、手に紙袋を提げていました。ノーキニック大書房、と書かれてあります。
「もう帰るのか? 折角の夏季休暇なんだ。門限ギリギリまで遊んでいけばいいじゃねえか」
「遊ぶって言っても、特に回るところもないしー」
「……早く帰って本を読みたいので」
「そうか。他にやりたいことがあるならそれが一番だわな。フルルはどうすんだ?」
「わ、私ですか?」
どうすると言われましても、イデアさんは行ってしまいましたし……。
「わ、私も、学院に帰ります……」
「ホント!? なら一緒に帰ろ!」
「……いいのか?」
「はい。私もその、やりたいことは終わりましたら」
「んじゃお前ら、気を付けて帰れよ」
「あれ? キース先生はどこか行くの?」
「パトロールの続きだ。フルル、話に付き合ってくれてありがとな」
「あ、い、いえ……」
キース先生は軽く笑みを浮かべると、歩いて行ってしまいました。私は席を立ち、その背中を見送ります。
「パトロールかぁ。先生も大変だねぇ」
「……遠足の件がまだ尾を引いているようだな」
「そうみたいですね……」
……もしかして、私のことも心配してくれていたのでしょうか? お二人の後を歩きながらそう思うと、不思議な安心感が湧いてきました。
「そうだっ。じゃあ私、フルルのボディーガードするね! 学院までの護衛は任せて!」
「ええっ!? いえそんな、悪いですよ……」
「遠慮しないで。私がしたいんだから。それにボディーガードって言っても、一緒に帰る間ちょっとそういう振りをするってくらいのものだし。ね? それならいいでしょ?」
「えっと……はい。それなら、その、よろしくお願いします」
「まっかせて! フルルには指一本触れさせないんだから!」
「……なら俺のことも」
「無理」
「あ、なら私がカインさんを守りますね」
「……ありがとう……!」
「えーいいなー。フルル、今度は私もお願い!」
「はい、勿論です」
学院までの道のり、他愛のない話の輪にいる私は、自分がいつの間にか沢山の人と仲良くなれていることを実感して、自然と笑みが浮かんだのでした。
◇ ◇ ◇
イデア、か。
視線を受けながら雑踏を進む俺は、周囲に意識を向けながら心の中で呟く。
心当たりなんて全くなかった。だが、そいつがただ者じゃないことは分かる。あの席の周りに、莫大な魔力の持ち主がほんの少し前までそこにいた痕跡があったからだ。
それだけならまだいい。問題はそれを隠そうとした形跡があったことだ。この俺でさえ、あと少し到着が遅かったら気づけなかったかもしれない。それほどまでに巧妙な隠蔽工作だった。
ミリア・プリズムの熱心なファンだってんならすぐに身元は割れるだろうが、自分の痕跡を消した奴がそう簡単に正体を明かせる立場にいるとは思えねえ。なりすましか、あるいは影武者を立てているか……。
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