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不穏な足音

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「席を予約してあるから」

 仕切りがあり、周囲の目が気にならないテーブルに案内されて、向かい合わせに座る。

「それで? 新婚で幸せなはずの音羽がそんな辛気臭い顔をしているなんて、いったいなにがあったんだ?」

 オーダーしたドリンクが届き、まずは喉を潤したところで彼がズバリ切り込んだ。

「その……碧斗さんはまだ、姉が好きかもしれなくて……」

「はあ?」

 立ち上がりそうな勢いの翔君に、思わず身をすくめた。

「悪い」

 私の様子にハッとした彼は、どかりと背もたれに体を預けた。

「だ、大丈夫。驚いただけだから」

 ここまで激しい反応をされるとは予想外だ。

「ていうか、それって兄貴がそう言ってるのか?」

 気を取り直した翔君が、やや前のめり気味の姿勢で尋ねてくる。

「ううん」

 ドリンクで喉を潤しながら、どう話そうか思案する。
 そうして先日、姉と再会して謝罪を受けたことや、碧斗さんが彼女とふたりで会っていた話を聞かせた。

「姉に手を取られたとき、彼はされるままになっていたの。だから、彼女を受け入れたんだろうなって」

 その場面を思い出しただけで、胸が苦しくなる。うつむきながら瞼をぎゅっと閉じて、込み上げてきた涙をなんとかやり過ごした。

「普段から姉の話が出ると、碧斗さんはすごく切ない表情をするの。好きでもない私と結婚することになってしまって、彼はきっと苦しんでいたんだろうなって」

「それは違うだろう。だって、結婚を言い出したのは兄貴の方だぞ。それなのに、こんなふうに音羽を悲しませるなんて」

 テーブルに置かれていた翔君の手に力がこもる。

「翔君にまで心配かけちゃって、ごめんね。碧斗さんはうちの会社を助けてくれているから、本当は不満を抱くのもおこがましいのに」

 波川屋の業績が回復したのは、碧斗さんの決断があったからだ。

「それが事実だったとしても、そんなふうに考えるなよ。音羽を幸せにするって兄貴が言うから、俺は納得したのに」

 正直に言えば、あのときは突然の話に混乱していたが、それでも好きな人の傍にいることを許されて嫌な気はまったくしなかった。

 緊張と混乱で深く考えていなかったが、碧斗さんはどんな気持ちでいただろうか。

「私がずっと引きずっていたように、碧斗さんだってそんなにすっぱり切り替えられるものじゃないよね。きっと、無理をさせていたんだと思う」

 それでも彼は、私が嫌な思いをしないようにいつも気遣ってくれた。
 私は碧斗さんに、なにかを返してこれただろうか。受け取るばかりになっていたんじゃないかと、罪悪感を抱いてしまう。
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