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第1章 英雄の娘、冒険に出る
006 旧友への報告
しおりを挟むエーアステ一家は夕食を取った後、入浴を済ませてきた。
「はあ……疲れた」
口に出た通り、リーベは疲れ切っていた。
入浴後は普通、清々しい心地になれるはずだが、エルガーの件で質問攻めに遭ってしまい、一層疲れるハメになった。彼女がこんなげっそりとした気分で風呂屋から帰宅するのはこれが初めてだった。
「そうね。今日は夜更かししないで寝るのよ?」
口には出さないが、シェーンも行動の節々に疲労が滲んでいた。それに加え悩ましげな目をしている……今回の騒動について責任を感じているのだ。
娘が気を遣って心配の言葉を掛けようとした時、エルガーがリーベに尋ねる。
「リーベ。今日、ディアンの爺さんは来たか?」
即答しかねたが、隠し立ては出来そうにないため、正直に答えた。
「……来たよ?」
「そうか……なんか言ってたか?」
どう答えたものか悩んでいると、「そうか」と手拭いや着替えを娘に押しつけ、家の外に出る。
「悪いが、ちょっと出かけてくる」
「待って!」
母と声が被ったので、リーベは引いた。
「ディアンさんを尋ねるにしても、こんな夜更けに行く必要は――」
「あの爺さんは昼夜逆転してんだ。それに、今日中に話を付けなきゃなんねえんだ。悪いが先に休んでいてくれ」
そう言い残すとエルガーは家の前を去って行った。その後ろ姿が街頭の薄明かりを受けて白む中、シェーンは溜め息交じりに言う。
「仕方ないわね……わたしたちは先に休んでいましょうか」
「……うん」
ドアを開け、屋内に踏み込みながらリーベは父の去って行った方角を一瞥した。
そこに人影はなく、靴音も聞こえてこなかった。
仕方ないと2階へ上がろうとするが、母がホールに居座る様子を見せた。だからも自分も一緒にとリーベは思ったが、「いつもお寝坊なんだから、早くお休みなさい」と断られた。食い下がろうにも、日頃の行いのせいで致し方なかった。
不承不承、魔法のランプ片手に引き上げてきたリーベを出迎えてくれたのはトイプードルのぬいぐるみだった。暗闇の中、主人の帰りを待っていてくれたこの忠犬はダンクと言う名で、彼女の1番の友達だった。
「ただいま、ダンク~」
枕元にランプを置き、ダンクをギュッと抱きしめる。
ダンクは王都有数の職人が縫い上げた名犬で、抱きしめると雲のように柔らかく、本物の犬であるかのようにもふもふだった。
「はあ~……」
(ダメだ。このままじゃ寝ちゃいそう……着替えなきゃ)
ダンクは男の子という設定のため壁の方を向かせると、リーベは黄色いパジャマに着替える。それからベッドに潜り、ダンクを抱きしめると、抗い難い眠気に襲われ、程なくして夢の世界へと旅立っていった。
……20年前の出来事。
エルガーたちは魔物の軍勢を迎え撃つべく、徒党を組んでテルドルの南方へと向かった。
隊を構成するのは冒険者が20人と兵士が30人……これだけ聞けば結構な軍隊に思えるだろうが実際は違う。統率の取れた兵士たちに、クランごとに独立独行する冒険者たちが編成されるのだ。それはまさに烏合の衆で、実際、魔物と遭遇した時には深刻な混乱をきたしたものだ。
『誰が戦うんだ』『アイツらがやるだろう』と、言った具合に役割を押し付け合い、そのせいで大小の怪我を負う者もいた。そんな彼らがどうして魔物の大軍を退けられたのか。
それはある人物が身を挺して結束を訴えたからだ。
魔物との緒戦を凌いだ時、彼らはいがみ合っていた。それを仲裁しようとエルガーが無防備に背中を晒したその時、魔物が飛び掛かってきたのだ。
その窮地から彼を救い出したのは隻腕の画家――ディアンだった。エルガーを庇い右腕が失ったにも関わらず、彼は強靱な精神力をもって、自らの不幸を利用して隊を統一したのだ。
『お前らもこうなりたくなかったら、コイツの指示に従え!』
ディアンのその言葉は、20年経った今でもエルガーの耳に――そして胸に残っていた。
彼のお陰でテルドルは守られ、エルガーは愛する人を守ることが出来た。
故にエルガーは、ディアンこそが真の英雄だと。賞賛を受けるべき人間だと心の底から思っていた。
「……あ」
夜道を行くエルガーはふと酒場が目に付いた。あの戦いの後でディアンと酒を交わしたあの酒場だった。
ディアンは利き腕を無くした為に残った左手でジョッキを保持していたが、慣れないせいで何度も零すハメになった。その痛ましい姿を前にエルガーは、罪悪感に押しつぶされそうになった。だからせめてもの慰めになればと、ある誓いを立てた。
『俺がおまえの分まで、死ぬまで戦ってやる』と。
エルガーは思う。
ディアンはきっと、自分が戦果を立てることで冒険者としての尊厳を保ってきたのだと……にも拘わらず、エルガーは誓いを反故にした。
これがどれ程に罪深いことか。
「…………ふっ」
【断罪】と呼ばれた自分が、今まさに断罪されようとしている。
皮肉な現実を自嘲すると、彼は再び歩き出した。
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↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
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