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第三章 夢の深淵編
番外編 あの夏の買い物日和
しおりを挟む少しばかり季節を遡り、夏。
霧子と東雲は彼女の夏季休暇を利用し、二人で買い物に出掛けた。見藤が夏の怪異対策に駆り出されていた、あの時期である。
東雲は学生らしい夏の装いに少し背伸びをしている。彼女の醸し出す元気印のような雰囲気は可愛らしい。スポーティーなパンツスタイルとキャップ、そして淡いミントグリーンのダブルジレが上品さを演出している。いつもは流されている肩まで伸ばされた明るいグレージュの髪は結わえられ、崩した三つ編みがキャップからその姿を覗かせていた。
変わって、霧子はいかにも大人の女性といった装いだ。スタイルの良さを生かし、白のワイドパンツに水色のペプラムブラウス、前で結ばれたリボンと折り重なった裾のプリーツが綺麗なスタイルの中にも女性らしさを際立させている。
二人が訪れたのは、事務所から遠く離れた郊外の地。俗に言うアウトレット、屋外型のショッピングモールだ。
「やーっと、来られましたね!」
「そうね。にしてもこの人混みは、ちょっと暑すぎるわ……」
霧子の言う通りだ。様々な店が軒を連ねるモールには、夏休みを利用して多くの人の往来があり、大変混雑していた。ただでさえ、屋外型の店舗が主だというのに、日照りは容赦なく差し込む。
店舗の前を通り過ぎると屋内の冷房がそよぎ、その空気の冷たさに一喜一憂するほどだ。
人よりも少し体温が低い霧子には、この暑さは堪えるようだ。普段は下されている長く艶やかな黒髪も一つに纏めあげられ、うなじを晒している。暑いと言いつつも、額や首筋には汗ひとつかいていない。
東雲はちらりと霧子を見上げる、霧子の長身は目を引く。そして、スタイルの良さも。
(この人の隣に立つ見藤さん、凄いなぁ……。私やったら自信なくすわ……)
そう思い至り、溜め息をつきたくなった。
見藤の隣に立つのは霧子、霧子の隣に立つのは見藤。二人の間には誰も入れない、そう言われているかのようだ。
東雲の見藤への恋心は確かなものだ。だが、霧子を前にすると違った気持ちが芽生えてくる。それを表現する言葉を、まだ若い彼女は持ち合わせていない。
霧子は困った様子で、東雲にしか頼めない相談事をする。
「日よけの帽子が欲しくて」
「あ! それなら、こっちに白くておしゃれなやつ、ありましたよ」
そういう事であれば東雲の出番だ。いつも使い古されたたスーツ、休日はラフな普段着。これと言って変わり映えのない格好をする見藤とは違い、霧子の要望を叶えられるのは東雲だけ。
――霧子に頼られている。それは東雲にとって、とても嬉しいことだ。
意気揚々とモール内を闊歩していく二人。気になる店を見つけては、お互いに好きなものを見て、相手に似合いそうな物を勧める。とても楽しい時間を過ごす。
「東雲ちゃん、これは? ふふ、とても可愛い」
「いやぁ、えへへ」
途中、東雲は買おうと悩んでいる物があった。だが、値札を目にした途端。目を見開き、そっと陳列棚に返す。――学生では到底手の届かない代物だ。
すると、霧子が横からすっとその品を取り上げる。東雲は困惑したまま、どうするのか眺めていると――、なんと会計しようとするので慌てて止めた。
霧子は満面の笑みを浮かべながら、財布を手にしている。
「大丈夫、請求は全部あいつの所にいくから」
「そんなキリっとした顔で言われると、なんも言えへん……」
なんとも決めた表情をする霧子。東雲は笑いを堪えながら、想像する。――来月の決済請求額を見て驚く見藤の姿だ。しかし、霧子からの思わぬプレゼントに、東雲は目一杯の感謝と喜びを伝えるのであった。
◇
そうして、二人は敷地内のカフェに立ち寄った。しばらく休憩しようと、それぞれ好きなものを注文して席に着く。
霧子はブラックのコーヒーとクロワッサンロール。東雲はカフェオレにチョコクロワッサン、二人でシェアしようと購入したカラフルなドーナツが卓上に並んでいた。どれも美味しそうだと二人は顔を見合わせて笑う。
お喋りに花を咲かせると、それは必然のように話題は二人に共通する話となる。初めに口を開いたのは東雲だ。
「それにしても見藤さんって、戒律の厳しい修行僧か何かですか」
「え?」
「霧子さん、こんなに可愛いし美人なのに、なーーんもそういう雰囲気がない。自分で言ってて腹が立ってきました」
「あ、あの……」
頬杖をつきながら愚痴をこぼす東雲に、思わず動揺する霧子。まさか、見藤との関係が与太話にされると思ってもみなかったのだ。
霧子と東雲はこうして買い物に出掛ける仲である。しかし、見藤という不器用でしがない男に恋慕の情を抱いている、共通点を持つ。――言わば恋敵。
違う点があるとすれば、霧子は怪異だ。見藤という人間を魅入った、人ならざる存在。
霧子は恐る恐る、東雲に尋ねた。――見藤のことをどう思っているのか。
東雲は少し考えるような仕草をした後。そっと口を開く。
「えーっと……まぁ、俗に言う一目惚れだと思います」
「そ、そう」
「まぁ、ただ好みなんです……憧れみたいな。あの柔らかい物言いとか、顔とか。実は昔、私のお守りを拾ってくれた、お兄さんなんです。見藤さんは覚えていないみたいですけどね」
あっけらかんと話す東雲。彼女にとって、見藤は理想であり、男性像としての憧れなのだろう。それは霧子が抱く恋慕の情とは程遠く、とてつもなく純粋な感情だ。
よかった、と人知れず胸を撫で下ろした霧子の心情は誰にも分からない。
――昔、見藤の尊厳を踏みにじった女達を悉く葬り去った。霧子の恐ろしさを、東雲は知らない。
そうして、霧子は「お守り」と聞いて、ふと思い出すことがあった。
昔、見藤が見習いとしてキヨの元で手伝いをしていた時期だ。その頃に、彼女に連れられ訪れた神社の境内で拾ったお守り。それには弱った白蛇の怪異が憑いていたのではなかったか――。それを見藤が拾い、助けた。その後は持ち主に返したと言っていたような――。
霧子はぽつりと呟く。
「あの時の……」
「はい?」
「ううん、何でもないわ」
とある記憶を思い返し、溜め息をつく。――やはり縁とは不思議なものだ。
霧子は見藤に自分以外の怪異の痕跡が憑くことを極端に嫌悪する。それは少なからず、見藤に対して愛欲の情を抱いた人間も当てはまる。
しかし、東雲は例外的だった。幼い少女の憧れは不変。故に、そのいじらしさから霧子という怪異に気に入られたのだ。
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