禁色たちの怪異奇譚 ~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異の困りごと、解決します~

出口もぐら

文字の大きさ
125 / 193
第三章 夢の深淵編

番外編 あの夏の買い物日和

しおりを挟む
 
 少しばかり季節を遡り、夏。
 霧子と東雲は彼女の夏季休暇を利用し、二人で買い物に出掛けた。見藤が夏の怪異対策に駆り出されていた、あの時期である。

 東雲は学生らしい夏の装いに少し背伸びをしている。彼女の醸し出す元気印のような雰囲気は可愛らしい。スポーティーなパンツスタイルとキャップ、そして淡いミントグリーンのダブルジレが上品さを演出している。いつもは流されている肩まで伸ばされた明るいグレージュの髪は結わえられ、崩した三つ編みがキャップからその姿を覗かせていた。

 変わって、霧子はいかにも大人の女性といった装いだ。スタイルの良さを生かし、白のワイドパンツに水色のペプラムブラウス、前で結ばれたリボンと折り重なった裾のプリーツが綺麗なスタイルの中にも女性らしさを際立させている。

 二人が訪れたのは、事務所から遠く離れた郊外の地。俗に言うアウトレット、屋外型のショッピングモールだ。

「やーっと、来られましたね!」
「そうね。にしてもこの人混みは、ちょっと暑すぎるわ……」

 霧子の言う通りだ。様々な店が軒を連ねるモールには、夏休みを利用して多くの人の往来があり、大変混雑していた。ただでさえ、屋外型の店舗が主だというのに、日照りは容赦なく差し込む。
 店舗の前を通り過ぎると屋内の冷房がそよぎ、その空気の冷たさに一喜一憂するほどだ。

 人よりも少し体温が低い霧子には、この暑さは堪えるようだ。普段は下されている長く艶やかな黒髪も一つに纏めあげられ、うなじを晒している。暑いと言いつつも、額や首筋には汗ひとつかいていない。

 東雲はちらりと霧子を見上げる、霧子の長身は目を引く。そして、スタイルの良さも。

(この人の隣に立つ見藤さん、凄いなぁ……。私やったら自信なくすわ……)

 そう思い至り、溜め息をつきたくなった。

 見藤の隣に立つのは霧子、霧子の隣に立つのは見藤。二人の間には誰も入れない、そう言われているかのようだ。
 東雲の見藤への恋心は確かなものだ。だが、霧子を前にすると違った気持ちが芽生えてくる。それを表現する言葉を、まだ若い彼女は持ち合わせていない。
 
 霧子は困った様子で、東雲にしか頼めない相談事をする。

「日よけの帽子が欲しくて」
「あ! それなら、こっちに白くておしゃれなやつ、ありましたよ」

 そういう事であれば東雲の出番だ。いつも使い古されたたスーツ、休日はラフな普段着。これと言って変わり映えのない格好をする見藤とは違い、霧子の要望を叶えられるのは東雲だけ。
――霧子に頼られている。それは東雲にとって、とても嬉しいことだ。

 意気揚々とモール内を闊歩していく二人。気になる店を見つけては、お互いに好きなものを見て、相手に似合いそうな物を勧める。とても楽しい時間を過ごす。

「東雲ちゃん、これは? ふふ、とても可愛い」
「いやぁ、えへへ」

 途中、東雲は買おうと悩んでいる物があった。だが、値札を目にした途端。目を見開き、そっと陳列棚に返す。――学生では到底手の届かない代物だ。
 すると、霧子が横からすっとその品を取り上げる。東雲は困惑したまま、どうするのか眺めていると――、なんと会計しようとするので慌てて止めた。

 霧子は満面の笑みを浮かべながら、財布を手にしている。

「大丈夫、請求は全部あいつの所にいくから」
「そんなキリっとした顔で言われると、なんも言えへん……」

 なんとも決めた表情をする霧子。東雲は笑いを堪えながら、想像する。――来月の決済請求額を見て驚く見藤の姿だ。しかし、霧子からの思わぬプレゼントに、東雲は目一杯の感謝と喜びを伝えるのであった。

◇ 

 そうして、二人は敷地内のカフェに立ち寄った。しばらく休憩しようと、それぞれ好きなものを注文して席に着く。

 霧子はブラックのコーヒーとクロワッサンロール。東雲はカフェオレにチョコクロワッサン、二人でシェアしようと購入したカラフルなドーナツが卓上に並んでいた。どれも美味しそうだと二人は顔を見合わせて笑う。

 お喋りに花を咲かせると、それは必然のように話題は二人に共通する話となる。初めに口を開いたのは東雲だ。

「それにしても見藤さんって、戒律の厳しい修行僧か何かですか」
「え?」
「霧子さん、こんなに可愛いし美人なのに、なーーんもそういう雰囲気がない。自分で言ってて腹が立ってきました」
「あ、あの……」

 頬杖をつきながら愚痴をこぼす東雲に、思わず動揺する霧子。まさか、見藤との関係が与太話にされると思ってもみなかったのだ。

 霧子と東雲はこうして買い物に出掛ける仲である。しかし、見藤という不器用でしがない男に恋慕の情を抱いている、共通点を持つ。――言わば恋敵。
 違う点があるとすれば、霧子は怪異だ。見藤という人間を魅入った、人ならざる存在。

 霧子は恐る恐る、東雲に尋ねた。――見藤のことをどう思っているのか。

 東雲は少し考えるような仕草をした後。そっと口を開く。

「えーっと……まぁ、俗に言う一目惚れだと思います」
「そ、そう」
「まぁ、ただ好みなんです……憧れみたいな。あの柔らかい物言いとか、顔とか。実は昔、私のお守りを拾ってくれた、お兄さんなんです。見藤さんは覚えていないみたいですけどね」

 あっけらかんと話す東雲。彼女にとって、見藤は理想であり、男性像としての憧れなのだろう。それは霧子が抱く恋慕の情とは程遠く、とてつもなく純粋な感情だ。

 よかった、と人知れず胸を撫で下ろした霧子の心情は誰にも分からない。
――昔、見藤の尊厳を踏みにじった女達を悉く葬り去った。霧子の恐ろしさを、東雲は知らない。


 そうして、霧子は「お守り」と聞いて、ふと思い出すことがあった。
 昔、見藤が見習いとしてキヨの元で手伝いをしていた時期だ。その頃に、彼女に連れられ訪れた神社の境内で拾ったお守り。それには弱った白蛇の怪異が憑いていたのではなかったか――。それを見藤が拾い、助けた。その後は持ち主に返したと言っていたような――。

 霧子はぽつりと呟く。

「あの時の……」
「はい?」
「ううん、何でもないわ」

 とある記憶を思い返し、溜め息をつく。――やはりえにしとは不思議なものだ。

 霧子は見藤に自分以外の怪異の痕跡が憑くことを極端に嫌悪する。それは少なからず、見藤に対して愛欲の情を抱いた人間も当てはまる。
 しかし、東雲は例外的だった。幼い少女のは不変。故に、そのいじらしさから霧子という怪異に気に入られたのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...