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第三章 夢の深淵編
番外編 あの夏の買い物日和(二)
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すると、二人の会話に割って入る不届き者が現れる――。男二人組、格好も一般人と比べると派手、その口調も軽々しい。要するにナンパだ。
「お姉さん、モデルさんか何か?」
「……どなたかしら」
冷え切った声音で霧子が尋ねる。しかし、返ってきた答えは要領得ないものだった。
あまりの不快感に、霧子と東雲は眉を寄せる。逆上されて何をされるか分からない怖さから、東雲が男たちに丁寧に断りを入れても、その言葉を拒絶だと認識できないほどの頭の持ち主。
執拗に話し掛けてきては、これからどこかへ行こうと誘う。更には、下卑た笑みを浮かべながら霧子を品定めするように見るその男二人。
東雲はさらに眉を寄せた。――不愉快極まりない。その視線が、そのにやけた口角が、霧子をどのような目で見ているのか想像がつく。
見藤が彼女を見つめる、慈しみや愛おしさに溢れた視線の足元にも及ばない。東雲は力強く拳を握った。
「あんたら、ええ加減に!」
「えー、つれないじゃん、ね。お姉さん」
東雲の言葉を無視した、片方の男の手が霧子へ伸びようとした瞬間。東雲が思わず立ち上がり、怒りを露にしようとした。――だが、それを制止したのは霧子本人だった。
「いい加減にしてもらえないかしら? せっかく、可愛い子とのお出掛けなのよ」
冷え切った、とても低い声。普段の澄んだ声とは程遠い。霧子がすっと立ち上がる。もちろん、ぎろりと睨みつけるのも忘れない。
すると、霧子の長身が顕著に目の前に現れる。その威圧感に耐えきれず、男達はそそくさと逃げ出してしまった。
背丈が大きいというだけで逃げ出してしまうとは、なんとも器の小さい男達であった。
霧子は大きく鼻を鳴らした。見藤と一緒に買い物へ出掛けた時にも、こういった絡まれ方をされたことはある。その時は必ず見藤が追い払ってしまう。だが、今日は東雲と一緒なのだ。
東雲が霧子を守ろうとしたのと同じように、彼女を守るのは私だと霧子は息巻いていた。
「後でどんな不幸が待っていても、知らないわよ」
ぽつり、と呟いた霧子の言葉を聞いたのは、東雲だけだった。すると、霧子は大きな溜め息をつく。
「はぁ……、せっかくの楽しいお喋りが台無しよ」
「ほんまですね。もう行きましょうか」
「そうね」
二人は立ち上がり、カフェを後にした。――その時、東雲は視た。霧子の影が彼女の身長よりも高く、亭々たる大きさに見えたのだ。
東雲は思わず目を擦ったが、それは現実だ。長く伸びた影が霧子の後をついて行く。影はしばらくすると、霧子の足元に吸い寄せられるように長さを変えた。
東雲は知らなかった。怪異と言う存在が気に入った者を庇護しようと、力を振るう時。多くの場合、その者が望まぬ結果となることを。
遠くの方が騒がしい――。
東雲が不思議に思い、振り返る。すると、霧子は「どうしたの?」と、きょとんとした顔でこちらを見ている。
「なんでもないです」
「そう」
東雲の返事を聞いた霧子はにこりと笑ってみせたのであった。
そして、東雲は気付く。霧子がどういう存在なのか。人には視えないものが視える――、東雲はその答えに辿り着くまで、さして時間は掛からなかった。
◇
それから、時刻はすっかり夕刻間近。
二人は最後に、部屋着やインナー類を取り扱う専門店へと足を運んでいた。東雲たっての希望だ。
そこには霧子が馴染みのない物が多く、比較的若い女性向けの店舗の様子だった。
あまりに可愛らしい作りとなっている品々。霧子は思わず、場違いだと叫んで逃げ出したくなった。見藤と一緒に買い物に出掛けたとしても、こうした女性特有の店には寄らない。また、互いに気まずく、寄る訳にも行かないのだ。
霧子はじっと商品棚に陳列されているものを見た。刺激的過ぎる。現代の洋装を楽しむことは大好きだ。だが、まさか肌着にまで気を遣わなければならないなんて現代人は大変だ、と半ば現実逃避をしかけていた。
「……透け透けレース。紐……」
「あぁ、こういうのは下着ラインが出ないようにするための実用的なデザインですよ。女子も大変なんです、色々と!」
「そう……。今の子は大変ね」
女子大生の東雲からすれば、それは当たり前のデザインなのだろう。だが、霧子にはどうにも奇抜なデザインに見えて仕方がない。思わず恥ずかしくなり、そっと、下着を陳列棚に戻した。
東雲は自分の用事を済ませると、今度は霧子に勧めたいものがあると言って何やら陳列されている商品を吟味している。
「お、これはなかなか。霧子さん!」
「はい!?」
「これなんて、どうですか?凄く可愛いですよ、これ!」
不意に名前を呼ばれ、不自然にも声が裏返ってしまった。そして見てみると、東雲が手にしているは淡い紫色のネグリジェだった。
「うっ、それはちょっと私には派手じゃない……?」
「えー、そんなことないですよ!寧ろ、普段は綺麗目な服装ばかりされているので、部屋着は可愛い方がいいですって!」
「そういうものなの……?」
「そうです!! 今度、一緒にパジャマパーティーしましょうよ!」
「それは……、いいわね」
「私もこれを着た霧子さんが見たい」
まんまと東雲の口車に乗せられている霧子。
そうして、東雲の思惑と期待を背負ったそのネグリジェは、修行僧並みの自制心を持つ見藤に敵うことはなかったのだが、霧子が気に入って着ているだけでも十分にその役目を果たしていることだろう。
「お姉さん、モデルさんか何か?」
「……どなたかしら」
冷え切った声音で霧子が尋ねる。しかし、返ってきた答えは要領得ないものだった。
あまりの不快感に、霧子と東雲は眉を寄せる。逆上されて何をされるか分からない怖さから、東雲が男たちに丁寧に断りを入れても、その言葉を拒絶だと認識できないほどの頭の持ち主。
執拗に話し掛けてきては、これからどこかへ行こうと誘う。更には、下卑た笑みを浮かべながら霧子を品定めするように見るその男二人。
東雲はさらに眉を寄せた。――不愉快極まりない。その視線が、そのにやけた口角が、霧子をどのような目で見ているのか想像がつく。
見藤が彼女を見つめる、慈しみや愛おしさに溢れた視線の足元にも及ばない。東雲は力強く拳を握った。
「あんたら、ええ加減に!」
「えー、つれないじゃん、ね。お姉さん」
東雲の言葉を無視した、片方の男の手が霧子へ伸びようとした瞬間。東雲が思わず立ち上がり、怒りを露にしようとした。――だが、それを制止したのは霧子本人だった。
「いい加減にしてもらえないかしら? せっかく、可愛い子とのお出掛けなのよ」
冷え切った、とても低い声。普段の澄んだ声とは程遠い。霧子がすっと立ち上がる。もちろん、ぎろりと睨みつけるのも忘れない。
すると、霧子の長身が顕著に目の前に現れる。その威圧感に耐えきれず、男達はそそくさと逃げ出してしまった。
背丈が大きいというだけで逃げ出してしまうとは、なんとも器の小さい男達であった。
霧子は大きく鼻を鳴らした。見藤と一緒に買い物へ出掛けた時にも、こういった絡まれ方をされたことはある。その時は必ず見藤が追い払ってしまう。だが、今日は東雲と一緒なのだ。
東雲が霧子を守ろうとしたのと同じように、彼女を守るのは私だと霧子は息巻いていた。
「後でどんな不幸が待っていても、知らないわよ」
ぽつり、と呟いた霧子の言葉を聞いたのは、東雲だけだった。すると、霧子は大きな溜め息をつく。
「はぁ……、せっかくの楽しいお喋りが台無しよ」
「ほんまですね。もう行きましょうか」
「そうね」
二人は立ち上がり、カフェを後にした。――その時、東雲は視た。霧子の影が彼女の身長よりも高く、亭々たる大きさに見えたのだ。
東雲は思わず目を擦ったが、それは現実だ。長く伸びた影が霧子の後をついて行く。影はしばらくすると、霧子の足元に吸い寄せられるように長さを変えた。
東雲は知らなかった。怪異と言う存在が気に入った者を庇護しようと、力を振るう時。多くの場合、その者が望まぬ結果となることを。
遠くの方が騒がしい――。
東雲が不思議に思い、振り返る。すると、霧子は「どうしたの?」と、きょとんとした顔でこちらを見ている。
「なんでもないです」
「そう」
東雲の返事を聞いた霧子はにこりと笑ってみせたのであった。
そして、東雲は気付く。霧子がどういう存在なのか。人には視えないものが視える――、東雲はその答えに辿り着くまで、さして時間は掛からなかった。
◇
それから、時刻はすっかり夕刻間近。
二人は最後に、部屋着やインナー類を取り扱う専門店へと足を運んでいた。東雲たっての希望だ。
そこには霧子が馴染みのない物が多く、比較的若い女性向けの店舗の様子だった。
あまりに可愛らしい作りとなっている品々。霧子は思わず、場違いだと叫んで逃げ出したくなった。見藤と一緒に買い物に出掛けたとしても、こうした女性特有の店には寄らない。また、互いに気まずく、寄る訳にも行かないのだ。
霧子はじっと商品棚に陳列されているものを見た。刺激的過ぎる。現代の洋装を楽しむことは大好きだ。だが、まさか肌着にまで気を遣わなければならないなんて現代人は大変だ、と半ば現実逃避をしかけていた。
「……透け透けレース。紐……」
「あぁ、こういうのは下着ラインが出ないようにするための実用的なデザインですよ。女子も大変なんです、色々と!」
「そう……。今の子は大変ね」
女子大生の東雲からすれば、それは当たり前のデザインなのだろう。だが、霧子にはどうにも奇抜なデザインに見えて仕方がない。思わず恥ずかしくなり、そっと、下着を陳列棚に戻した。
東雲は自分の用事を済ませると、今度は霧子に勧めたいものがあると言って何やら陳列されている商品を吟味している。
「お、これはなかなか。霧子さん!」
「はい!?」
「これなんて、どうですか?凄く可愛いですよ、これ!」
不意に名前を呼ばれ、不自然にも声が裏返ってしまった。そして見てみると、東雲が手にしているは淡い紫色のネグリジェだった。
「うっ、それはちょっと私には派手じゃない……?」
「えー、そんなことないですよ!寧ろ、普段は綺麗目な服装ばかりされているので、部屋着は可愛い方がいいですって!」
「そういうものなの……?」
「そうです!! 今度、一緒にパジャマパーティーしましょうよ!」
「それは……、いいわね」
「私もこれを着た霧子さんが見たい」
まんまと東雲の口車に乗せられている霧子。
そうして、東雲の思惑と期待を背負ったそのネグリジェは、修行僧並みの自制心を持つ見藤に敵うことはなかったのだが、霧子が気に入って着ているだけでも十分にその役目を果たしていることだろう。
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