禁色たちの怪異奇譚 ~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異の困りごと、解決します~

出口もぐら

文字の大きさ
137 / 193
第四章 百物語編

34話目 見送った後の細波

しおりを挟む
 くだんを看取ったその後。つつがなくことを終えた見藤は哀しみの余韻に浸る余裕もなく、キヨへの報告書に追われることになる。

 見藤は事務所に施していた件を隠匿していたまじないを解呪し、鈴の形をした香炉の蓋を開けた。すると、香炉の中に渦巻いていた煙は白色ではなく、三色に変化していた。

「…………この、色は――」

 目にした、そのうちの一色。その色は見藤にとって思い出したくもない記憶を呼び覚ます。呟いたその声は掠れ、喉がつかえて思うように言葉が出てこない。

(いや、俺にはもう関係のない事だ……)

 見藤は自分にそう言い聞かせ、首を振る。そのような記憶、思い出す必要はないとでも言うようだ。

 これらは禁色きんじきと呼ばれる、太古この地において一定の地位を持つ者たちにのみ使用することを許された色。その色を帝から賜った、まじないを生業とした名家たち。
 その色は七色あり、七つの名家が存在していた。しかし、時代と共にその役割も、名家とされた家々も変化の波に呑まれていったようだ。――このときの見藤には、専ら思考の範疇にないことだっただろう。
 

 香炉の煙を染め上げた色たちは、件を探し出そうとしたまじないを扱う家々を示す色。これで、件という怪異を自身の利益のために利用しようとした不埒な輩が炙り出されたという訳だ。

 不埒な輩をキヨの元へと報告するのだが――。疲労が蓄積した頭と体では煩わしさが先に出るというもの。それに、先ほど抱いた不快感もそれを助長させる。
 仮眠を挟んだが、如何せんこの歳にもなると徹夜も一日が限度だと、見藤は眠気を誤魔化すように首を振った。

 既に時刻は夜も未明に差し掛かろうとしている。報告書がひと段落した所で適当に軽食を摂り、シャワーを浴び、ベッドにその体を転がす。
 すると、瞬く間に睡魔がやってくる。見藤は睡魔に身を任せ、瞼を閉じたのだった。



「…………おも、い」

 見藤が思わず、口にしながらおぼろげに目を覚ましたのは、まだ陽が低い朝の時間だ。もそり、と腹の上で動く毛玉。
 仰向けの寝姿勢であった見藤の腹の上で、猫宮が体を丸めて眠っている。それは猫を飼う者であれば冬の風物詩だろう。
 しかし、腹の上に乗るのはあの小太りな猫だ。見藤の体にかかるその重さは、流石に息苦しさで目が覚めるというものだ。

「…………ん」

 おぼろげな意識のまま、猫宮をどかすために手を伸ばそうと腕をもたげた。すると、肘になにか触れる。その体温にはっとして、一気に意識が覚醒する。
 そして、鼻を掠めるのは慣れ親しんだ、彼女の澄んだ香りだ。

(ほんとに、このはっ……!!はぁ……)

 厳密に言えば人ではないが──、見藤は心の中で思い切り悪態をついた。この時期、寒さに弱いのは何も猫宮だけではない。

 ちらり、と視線だけを隣にやれば、そこにはぐっすりと眠る霧子の寝顔があった。閉じられた瞼を飾る睫毛は長く緩やかな曲線を持ち、すっと通った鼻筋の先にはバランスのよい形の淡い珊瑚色をした薄い唇が規則正しい寝息を立てている。柔らかな髪質の前髪が顔にかかり、その儚げな雰囲気をより強調させている。

 どうやってベッドに潜り込んだのだろうか――。安眠対策は後々に考えるとしよう、と見藤は一度目を瞑る。

(まずは、この包囲網から脱出することが優先だな……)

 そもそも、このベッドは見藤が一人で寝るためのものだ。彼の恵まれた体格もあって、平均的な体格の人がひとりで寝るにはかなり広めのものを選んだつもりであった。だが、こうして霧子の長身も合わさると、このベッドサイズでは狭く小さく感じる。現に見藤はこれでもかという程、壁際に追いやられている。

 猫宮をどかそうにも、腕を動かすと霧子に触れて起こしてしまいそうな密着具合だ。無理に彼女を起こしてしまうことははばかられる。

 肩身狭いベッドの上。ここからどうやって抜け出そうかと考えていると、もぞりと霧子が身をたじろがせた。彼女は寝ぼけているのか、布団の中でがっちりと足を絡まれた。これでは身動きどころの話ではなくなってしまった。
 それに追い打ちをかけるように、腹の上で眠る猫宮の猫特有の高い体温と、ぷぅぷぅと規則正しい寝息が眠気を誘う。

「………………」

 見藤は諦めて二度寝を決行したのであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...