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第四章 百物語編
34話目 見送った後の細波
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件を看取ったその後。つつがなくことを終えた見藤は哀しみの余韻に浸る余裕もなく、キヨへの報告書に追われることになる。
見藤は事務所に施していた件を隠匿していた呪いを解呪し、鈴の形をした香炉の蓋を開けた。すると、香炉の中に渦巻いていた煙は白色ではなく、三色に変化していた。
「…………この、色は――」
目にした、そのうちの一色。その色は見藤にとって思い出したくもない記憶を呼び覚ます。呟いたその声は掠れ、喉が痞えて思うように言葉が出てこない。
(いや、俺にはもう関係のない事だ……)
見藤は自分にそう言い聞かせ、首を振る。そのような記憶、思い出す必要はないとでも言うようだ。
これらは禁色と呼ばれる、太古この地において一定の地位を持つ者たちにのみ使用することを許された色。その色を帝から賜った、呪いを生業とした名家たち。
その色は七色あり、七つの名家が存在していた。しかし、時代と共にその役割も、名家とされた家々も変化の波に呑まれていったようだ。――このときの見藤には、専ら思考の範疇にないことだっただろう。
香炉の煙を染め上げた色たちは、件を探し出そうとした呪いを扱う家々を示す色。これで、件という怪異を自身の利益のために利用しようとした不埒な輩が炙り出されたという訳だ。
不埒な輩をキヨの元へと報告するのだが――。疲労が蓄積した頭と体では煩わしさが先に出るというもの。それに、先ほど抱いた不快感もそれを助長させる。
仮眠を挟んだが、如何せんこの歳にもなると徹夜も一日が限度だと、見藤は眠気を誤魔化すように首を振った。
既に時刻は夜も未明に差し掛かろうとしている。報告書がひと段落した所で適当に軽食を摂り、シャワーを浴び、ベッドにその体を転がす。
すると、瞬く間に睡魔がやってくる。見藤は睡魔に身を任せ、瞼を閉じたのだった。
◇
「…………おも、い」
見藤が思わず、口にしながらおぼろげに目を覚ましたのは、まだ陽が低い朝の時間だ。もそり、と腹の上で動く毛玉。
仰向けの寝姿勢であった見藤の腹の上で、猫宮が体を丸めて眠っている。それは猫を飼う者であれば冬の風物詩だろう。
しかし、腹の上に乗るのはあの小太りな猫だ。見藤の体にかかるその重さは、流石に息苦しさで目が覚めるというものだ。
「…………ん」
おぼろげな意識のまま、猫宮をどかすために手を伸ばそうと腕をもたげた。すると、肘になにか触れる。その体温にはっとして、一気に意識が覚醒する。
そして、鼻を掠めるのは慣れ親しんだ、彼女の澄んだ香りだ。
(ほんとに、このひとはっ……!!はぁ……)
厳密に言えば人ではないが──、見藤は心の中で思い切り悪態をついた。この時期、寒さに弱いのは何も猫宮だけではない。
ちらり、と視線だけを隣にやれば、そこにはぐっすりと眠る霧子の寝顔があった。閉じられた瞼を飾る睫毛は長く緩やかな曲線を持ち、すっと通った鼻筋の先にはバランスのよい形の淡い珊瑚色をした薄い唇が規則正しい寝息を立てている。柔らかな髪質の前髪が顔にかかり、その儚げな雰囲気をより強調させている。
どうやってベッドに潜り込んだのだろうか――。安眠対策は後々に考えるとしよう、と見藤は一度目を瞑る。
(まずは、この包囲網から脱出することが優先だな……)
そもそも、このベッドは見藤が一人で寝るためのものだ。彼の恵まれた体格もあって、平均的な体格の人がひとりで寝るにはかなり広めのものを選んだつもりであった。だが、こうして霧子の長身も合わさると、このベッドサイズでは狭く小さく感じる。現に見藤はこれでもかという程、壁際に追いやられている。
猫宮をどかそうにも、腕を動かすと霧子に触れて起こしてしまいそうな密着具合だ。無理に彼女を起こしてしまうことは憚られる。
肩身狭いベッドの上。ここからどうやって抜け出そうかと考えていると、もぞりと霧子が身をたじろがせた。彼女は寝ぼけているのか、布団の中でがっちりと足を絡まれた。これでは身動きどころの話ではなくなってしまった。
それに追い打ちをかけるように、腹の上で眠る猫宮の猫特有の高い体温と、ぷぅぷぅと規則正しい寝息が眠気を誘う。
「………………」
見藤は諦めて二度寝を決行したのであった。
見藤は事務所に施していた件を隠匿していた呪いを解呪し、鈴の形をした香炉の蓋を開けた。すると、香炉の中に渦巻いていた煙は白色ではなく、三色に変化していた。
「…………この、色は――」
目にした、そのうちの一色。その色は見藤にとって思い出したくもない記憶を呼び覚ます。呟いたその声は掠れ、喉が痞えて思うように言葉が出てこない。
(いや、俺にはもう関係のない事だ……)
見藤は自分にそう言い聞かせ、首を振る。そのような記憶、思い出す必要はないとでも言うようだ。
これらは禁色と呼ばれる、太古この地において一定の地位を持つ者たちにのみ使用することを許された色。その色を帝から賜った、呪いを生業とした名家たち。
その色は七色あり、七つの名家が存在していた。しかし、時代と共にその役割も、名家とされた家々も変化の波に呑まれていったようだ。――このときの見藤には、専ら思考の範疇にないことだっただろう。
香炉の煙を染め上げた色たちは、件を探し出そうとした呪いを扱う家々を示す色。これで、件という怪異を自身の利益のために利用しようとした不埒な輩が炙り出されたという訳だ。
不埒な輩をキヨの元へと報告するのだが――。疲労が蓄積した頭と体では煩わしさが先に出るというもの。それに、先ほど抱いた不快感もそれを助長させる。
仮眠を挟んだが、如何せんこの歳にもなると徹夜も一日が限度だと、見藤は眠気を誤魔化すように首を振った。
既に時刻は夜も未明に差し掛かろうとしている。報告書がひと段落した所で適当に軽食を摂り、シャワーを浴び、ベッドにその体を転がす。
すると、瞬く間に睡魔がやってくる。見藤は睡魔に身を任せ、瞼を閉じたのだった。
◇
「…………おも、い」
見藤が思わず、口にしながらおぼろげに目を覚ましたのは、まだ陽が低い朝の時間だ。もそり、と腹の上で動く毛玉。
仰向けの寝姿勢であった見藤の腹の上で、猫宮が体を丸めて眠っている。それは猫を飼う者であれば冬の風物詩だろう。
しかし、腹の上に乗るのはあの小太りな猫だ。見藤の体にかかるその重さは、流石に息苦しさで目が覚めるというものだ。
「…………ん」
おぼろげな意識のまま、猫宮をどかすために手を伸ばそうと腕をもたげた。すると、肘になにか触れる。その体温にはっとして、一気に意識が覚醒する。
そして、鼻を掠めるのは慣れ親しんだ、彼女の澄んだ香りだ。
(ほんとに、このひとはっ……!!はぁ……)
厳密に言えば人ではないが──、見藤は心の中で思い切り悪態をついた。この時期、寒さに弱いのは何も猫宮だけではない。
ちらり、と視線だけを隣にやれば、そこにはぐっすりと眠る霧子の寝顔があった。閉じられた瞼を飾る睫毛は長く緩やかな曲線を持ち、すっと通った鼻筋の先にはバランスのよい形の淡い珊瑚色をした薄い唇が規則正しい寝息を立てている。柔らかな髪質の前髪が顔にかかり、その儚げな雰囲気をより強調させている。
どうやってベッドに潜り込んだのだろうか――。安眠対策は後々に考えるとしよう、と見藤は一度目を瞑る。
(まずは、この包囲網から脱出することが優先だな……)
そもそも、このベッドは見藤が一人で寝るためのものだ。彼の恵まれた体格もあって、平均的な体格の人がひとりで寝るにはかなり広めのものを選んだつもりであった。だが、こうして霧子の長身も合わさると、このベッドサイズでは狭く小さく感じる。現に見藤はこれでもかという程、壁際に追いやられている。
猫宮をどかそうにも、腕を動かすと霧子に触れて起こしてしまいそうな密着具合だ。無理に彼女を起こしてしまうことは憚られる。
肩身狭いベッドの上。ここからどうやって抜け出そうかと考えていると、もぞりと霧子が身をたじろがせた。彼女は寝ぼけているのか、布団の中でがっちりと足を絡まれた。これでは身動きどころの話ではなくなってしまった。
それに追い打ちをかけるように、腹の上で眠る猫宮の猫特有の高い体温と、ぷぅぷぅと規則正しい寝息が眠気を誘う。
「………………」
見藤は諦めて二度寝を決行したのであった。
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