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6章 やんちゃ少年レンといたずらスライム
第35話 レンたちがここに来た理由
しおりを挟む銀髪の少年ソラは、レンと違って大人しそうな印象だった。
もふもふ家族院の『のんびりお母さん』アオイと、どことなく似たおっとりさを感じさせる。彼女よりも少し気弱そうにも見える。
ユウキは、ソラにも手を差し伸べた。
「ユウキです。よろしくお願いします」
「あ、はい……よろしく、お願いします」
「ソラ、院長先生じゃなくて名前でいいよ。普段通りのしゃべり方だと、僕は助かるな」
笑みを見せながら言うと、ソラははにかんだ。控えめな握手をする。
こうして近くで見ると、ソラは女の子のように整った顔をしている。前もって男の子だと聞いていなければ、初対面で誤解していたかもしれない。
「それで、ソラ。レンはどうして怒っているんだい?」
「うん。実は……この池にいたずらっ子が隠れているからなんだ」
「いたずらっ子?」
ソラはうなずく。
彼によると、そもそもレンとソラが森に出たのは、単に遊びに行ったわけではなかったらしい。昨日、アオイが『お料理に使うハーブがなくなりそう』と言っていたのを聞き、探検がてら採取しようとレンが提案したそうなのだ。
それを聞いたヒナタは「なるほど。大人しいソラまで森の奥まで来たのが不思議だったけど、そういうことだったのね」と納得していた。いわく、レンだけではハーブの種類がわからず、適当に採取してアオイたちに怒られていただろう、とのこと。
言葉遣いはああだけど、やっぱり優しい子だったんだと知って、ユウキは満足だった。
だが、ソラの表情は晴れない。
「ハーブは無事に採取できた、んだけど……途中で、取られちゃったんだ」
「取られた!?」
ソラはうなずき、レンと池の方を見る。赤髪少年は相変わらず水面に向かって声を張っている。
「この池には、スライムの魔物一家が住んでいるんだけど……一番下の子がすごくいたずらっ子で。途中で出逢ったボクたちから、ハーブを取って逃げちゃったんだ」
「ありゃ。それはひどい」
「あ、でもね。ハーブはもう返してもらってるんだよ。スライムのお母さんが、取ったことを知って、謝ってくれたんだ」
そう言って、ソラはハーブの入った小袋を見せてくれた。爽やかな香りが鼻をくすぐる。
どうりでチロロが静観しているわけだ。根っこのトラブルは一応、解決しているらしい。
ユウキは、魔物が凶暴でないことを実感した。子スライムがした悪さを親スライムが謝ってくるなんて、普通のご近所さんと変わらないと思う。ちょっと見てみたい。
しかし――だとしたらレンがこれほど怒っているのがますますよくわからない。
ユウキとヒナタの顔に浮かぶ疑問に、ソラは気づいたようだ。困った表情をする。
「ボクはもう帰ろうって言ったんだ。でもレンは、『アイツからまだ謝ってもらってない!』って怒っちゃって……。相手のスライムくんも意地になったのか、ぜんぜん出てきてくれない」
「ああ、そういう……そのスライムくん一家は、この池の中に?」
「うん。身体が水みたいにぽよんぽよんしてるから、綺麗な池の中が居心地いいみたい」
水に入るとボクたちの目ではなかなか判別できないから、とソラは言った。だからああして、レンは相手が出てくるまでしつこく叫んでいるのだ。
ソラは申し訳なさそうに言った。
「ごめんね、ユウキ。ヒナタ。ボクがもっと強く止めていれば、レンもあきらめたかもしれないのに……家族院に帰るのも、遅くなっちゃって」
「うーん、まいったなあ」
そうぼやいたのはヒナタである。ソラに代わってレンを止めに行こうとしていたユウキは、元気少女を振り返った。
「止めちゃダメなの、ヒナタ?」
「そうじゃなくてさ。もともとレンは家族のために頑張ってたんでしょ? そこからああなっちゃったんなら、もうわたしたちが言っても収まりつかないかも」
真っ直ぐな子だからなあ、とヒナタは言う。ソラもうなずいた。
「ぜったい、勝負を付けるんだって言ってた。それで向こうを謝らせるって」
ユウキは表情を曇らせる。
「まさか本当に喧嘩を……!」
「ううん! レンは森の仲間たちに暴力を振るったりしないよ!」
「ほっ……」
「でも、本当にこのままじゃ、ずーっと池の前で我慢比べしてしまうかも」
ユウキ、ヒナタ、ソラの視線が赤髪少年に集まる。
どうしようかとユウキが考え始めた、そのときである。
ふと、池の水面が一部、こんもりと盛り上がった。
直後、ばしゃあっと水飛沫を上げ、水中からなにかがとびだしてくる。
大きい。
二階建ての家くらいの高さがある、丸っこい水の塊が顔を出したのだ。
水の塊は徐々に空色に変わっていく。生前、ユウキがアニメや動画で見た、いわゆる『スライム』とそっくりの見た目になる。白と黒のシンプルな目が、とても愛らしく見えた。
ソラがつぶやいた。
「あ、スライムくんのお父さんだ」
「お父さ……本当にご近所さんみたい」
ユウキが感心していると、スライムお父さんの身体の中から、ぴょんと別の塊が飛び出した。ミニサイズのスライムがユウキたちの前に現れる。
レンが腕まくりした。
「ようやく出てきたな! スライム坊主!」
「みょんみょん!」
小柄なレンと小さなスライム。
こう言っては彼らに怒られるかもしれないが――とても可愛らしい出会いだねとユウキは思った。
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