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イリーナ信者
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ユーリとカイとジンは、いつも通り、ニキータの所へメンテナンスの為に寄っていた。自分で研いでいても、やはり定期的にプロに研いでもらった方が、切れ味がいい。しかも今日は、やたらと固い牛の魔物を斬りまくったのだ。
「欠けもないし、研ぎだけで大丈夫だろう」
ニキータは状態を見てそう言い、
「ちょっと待ってろ」
と奥の作業場で研ぎに入った。
その間、ユーリ達は隅のテーブルに座り、ミリアがお茶の準備をする。
そして研ぎが終わると、揃って休憩がてらお茶を楽しむというのが、いつもの流れだ。
だが今日は、表のドアが開いた。
いつもはそっと「休憩中」という札をミリアが出すので、ユーリ達がいる間は誰も来ないのだ。
「こんにちは」
探索者ではなさそうな女性客に、全員の目が向いた。
「はい。いらっしゃいませ」
ミリアが立つが、その客は、
「お尋ねしますが、こちらのニキータ・セエトさんは、イリーナ・セエト様の弟さんでよろしいですか」
その問いにニキータが立ち上がり、
「確かに姉はイリーナですが」
と言うと、その客は笑顔を浮べてテーブルへ近付いた。
「初めまして。私、今日から銀花楼に勤める事になりました、ルルシャ・カレンと申します」
それに、ユーリとカイとジンは、
「ニキータさんってイリーナの弟だったんだ」
「イリーナ・セエトって、あの天才魔術師の事?」
「え、銀花楼の新人さん?」
と口々に言って、ルルシャを見上げた。
イリーナ・セエト。皇帝の名を知らなくとも、イリーナの名を知らない国民はいない。そのくらい、彼女は有名人だった。
平民でありながら天才魔術師として才能を開花させ、帝国魔術団に勤務していた。
もしイリーナが貴族であれば、間違いなく団長になっていたはず。いや、女である時点でそれは無理だろう。そんな風に人々は噂し合ったが、天才という呼び名の割に、明るく、気取りがなく、特に平民から圧倒的な人気を集めていた。
そのイリーナがどうも妊娠しているようだと噂が流れ、誰が父親なのか本人が明かそうとしないまま団を休職し、ある日突然遺体となって発見された。
子供の行方も分からず、父親の名前も分からず。噂の中には、父親は皇帝陛下であるというものもあり、謀殺説も飛び出した。
そんなイリーナの唯一の肉親がニキータだが、ニキータはそう関係を知られる事無く、ただ、腕のいい一流職人としてのみ、大抵の人は認知している。
それなのにニキータがイリーナの弟と知っているのは、元々の知り合いか、よほどのマニアだろうか。
「あの!私、イリーナ様を誰よりも尊敬しているんです。私には使えない程度の治癒術の才能しかなかったんですが。それで、もしよろしければ、イリーナ様の墓前にお参りさせていただけないでしょうか」
それを聞いて、全員、
(マニアだったな)
と思った。
ニキータは少し迷うそぶりを見せたが、
「墓は、生まれた村の共同墓地にあります」
と言ったら、ルルシャは意気込んで言う。
「ドロテアですね!」
「よく知ってるわね。地方の小さな村なのに」
ミリアは驚いたように言った。
「私は今日から20年間、ここから出られません。イリーナ様のお墓が近くにあればと、それだけを支えにして来たのに……」
ルルシャは俯いて、初めて泣きそうになった。
その姿と発言内容を気の毒に思い、ミリアはニキータと目を見交わした。
「形見の品に毎日手を合わせているんだが、それで良ければ」
ニキータが言うと、落ち込みが嘘だったかのようにルルシャは喜んで顔を上げた。
誰にも姉弟と言わないように、手を合わせるのは今日だけ、その2点を約束し、ルルシャは形見の杖に手を合わせた。
「いや、特に魔術師にとってはイリーナは憧れの人だけど、あそこまでじゃないよな」
ユーリはこそっとそう言った。
「生きてたら、完全にストーカーになってたね」
「怖い」
ジンとカイも、小声で返しながら、震えた。
そして、一緒にお茶となった。
「欠けもないし、研ぎだけで大丈夫だろう」
ニキータは状態を見てそう言い、
「ちょっと待ってろ」
と奥の作業場で研ぎに入った。
その間、ユーリ達は隅のテーブルに座り、ミリアがお茶の準備をする。
そして研ぎが終わると、揃って休憩がてらお茶を楽しむというのが、いつもの流れだ。
だが今日は、表のドアが開いた。
いつもはそっと「休憩中」という札をミリアが出すので、ユーリ達がいる間は誰も来ないのだ。
「こんにちは」
探索者ではなさそうな女性客に、全員の目が向いた。
「はい。いらっしゃいませ」
ミリアが立つが、その客は、
「お尋ねしますが、こちらのニキータ・セエトさんは、イリーナ・セエト様の弟さんでよろしいですか」
その問いにニキータが立ち上がり、
「確かに姉はイリーナですが」
と言うと、その客は笑顔を浮べてテーブルへ近付いた。
「初めまして。私、今日から銀花楼に勤める事になりました、ルルシャ・カレンと申します」
それに、ユーリとカイとジンは、
「ニキータさんってイリーナの弟だったんだ」
「イリーナ・セエトって、あの天才魔術師の事?」
「え、銀花楼の新人さん?」
と口々に言って、ルルシャを見上げた。
イリーナ・セエト。皇帝の名を知らなくとも、イリーナの名を知らない国民はいない。そのくらい、彼女は有名人だった。
平民でありながら天才魔術師として才能を開花させ、帝国魔術団に勤務していた。
もしイリーナが貴族であれば、間違いなく団長になっていたはず。いや、女である時点でそれは無理だろう。そんな風に人々は噂し合ったが、天才という呼び名の割に、明るく、気取りがなく、特に平民から圧倒的な人気を集めていた。
そのイリーナがどうも妊娠しているようだと噂が流れ、誰が父親なのか本人が明かそうとしないまま団を休職し、ある日突然遺体となって発見された。
子供の行方も分からず、父親の名前も分からず。噂の中には、父親は皇帝陛下であるというものもあり、謀殺説も飛び出した。
そんなイリーナの唯一の肉親がニキータだが、ニキータはそう関係を知られる事無く、ただ、腕のいい一流職人としてのみ、大抵の人は認知している。
それなのにニキータがイリーナの弟と知っているのは、元々の知り合いか、よほどのマニアだろうか。
「あの!私、イリーナ様を誰よりも尊敬しているんです。私には使えない程度の治癒術の才能しかなかったんですが。それで、もしよろしければ、イリーナ様の墓前にお参りさせていただけないでしょうか」
それを聞いて、全員、
(マニアだったな)
と思った。
ニキータは少し迷うそぶりを見せたが、
「墓は、生まれた村の共同墓地にあります」
と言ったら、ルルシャは意気込んで言う。
「ドロテアですね!」
「よく知ってるわね。地方の小さな村なのに」
ミリアは驚いたように言った。
「私は今日から20年間、ここから出られません。イリーナ様のお墓が近くにあればと、それだけを支えにして来たのに……」
ルルシャは俯いて、初めて泣きそうになった。
その姿と発言内容を気の毒に思い、ミリアはニキータと目を見交わした。
「形見の品に毎日手を合わせているんだが、それで良ければ」
ニキータが言うと、落ち込みが嘘だったかのようにルルシャは喜んで顔を上げた。
誰にも姉弟と言わないように、手を合わせるのは今日だけ、その2点を約束し、ルルシャは形見の杖に手を合わせた。
「いや、特に魔術師にとってはイリーナは憧れの人だけど、あそこまでじゃないよな」
ユーリはこそっとそう言った。
「生きてたら、完全にストーカーになってたね」
「怖い」
ジンとカイも、小声で返しながら、震えた。
そして、一緒にお茶となった。
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