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第一章~子供扱編~
006 原則に反する者
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「ん……」
体中に広がる気怠い感覚。ボーっと半覚醒している状態から徐々に意識が戻っていく。私は重い瞼を何とかこじ開けた。
「……ここ、は?」
私は簡易的なベッドの上に寝かされていた。ゆっくりと上半身だけ起こして周りを見渡すと同じ様式のベッドがずらっと並んでいる。壁には槍や盾といった武具が立て掛けられ、部屋の装飾はとてもシンプルに統一されていて一切の無駄がない。
まるでファンタジー系の映画やRPGに出てくる共同利用施設のような雰囲気のある部屋。そしてシンプルと言ってもけして安っぽいという意味ではなく、品よく質素にまとめられた落ち着きのある部屋だった。
「ここってゲーム画面で何回か見たことある。確か黒衣の軍が所有している王城内に設置された兵舎の中の……休憩室?」
ここでどの位眠っていたのかは分からないけれど、どうやら私は黒将軍フェルディナン・クロスにお姫様抱っこされたまま王城の兵舎に連れて行かれたようだ。
「うわー……助けてもらってお姫様抱っこ。その上まさかの寝落ちですか!?」
あまりの気恥ずかしさに顔が熱くなる。神様の力で突然乙女ゲーム世界へ転移させられたことや町中で男達に襲われかけたショック等、精神的な疲労が重なって不覚にも私はフェルディナンの腕の中で眠りに落ちてしまった。
つまりそれはここに来るまでの道のりをずっと彼の腕の中で眠っていたということで――
「どれだけ迷惑を掛ければ気が済むのでしょうか? 私……」
流石に迷惑極まりないこの展開に今度は顔がさあっと青ざめていく。フェルディナンにお姫様抱っこされて彼の腕の中にいたあの時、私を軽々と抱え上げた彼の腕の中は温かくて心地良くて。いろんなことがどうでもいいと思える位にホッとして気を緩め過ぎてしまった。
まさか初対面の相手の――それも腕の中で寝てしまうとは。
顔を両手で押さえながら混乱を鎮めようと努めていると、更に予想外のことが起こった。
「――君が、新しい異邦人?」
誰もいない筈の室内から声が聞こえてきた。
「……えっ?」
私は声のした方向へと顔を向けた。休憩室の出入り口。そこにはモデルのように整った容姿の男性がドアのすぐ横の壁に背中を預けて腕を組んだ格好でこちらを見ていた。
さっき目が覚めた時には誰もいなかったのに……
「休んでいるところをごめんね? 何だか忙しそうに一人で赤くなったり青くなったりして百面相を繰り広げていたところを邪魔してしまって悪いんだけど――どうにも気になってしまってね」
こちらを見てくすくすと笑った口元からは鋭い八重歯が覗き、それが獰猛さとエロティックな雰囲気を漂わせている。背中を流れる長い銀髪に宝石のような赤い瞳。細身のスラットした肢体には程よく筋肉が付いていてまるで血筋の良い狼のようだ。
「いえ、ちっとも忙しくはないのですが……」
むしろかなりピンチな気分だった。
「そうなの?」
「そうなんです……」
ベッドの上で困り顔のまま固まっている私に、面白そうに笑いながら近づいて来る男性は、月光の似合う美貌なのにその服装は普通の町人といった風情の恰好をしている。まるで何処かの貴族や王族のような容姿を持つ目の前の男性が誰なのかを私は知っていた――
彼は乙女ゲームに出てくる攻略対象キャラの一人、イリヤ・コールフィールド。フェルディナンと同じく王族の血を引いていて、フェルディナンとは従兄弟に当たる間柄。年は32歳で16歳の私とは丁度半分の16歳差になる。
イリヤは私の前まで来るとすっとこちらに腕を伸ばしてきた。イリヤの指先がそっと私の頬に触れる。その動きが余りにも自然過ぎてフェルディナンにお姫様抱っこされた時と同様にそのまま受け入れてしまった。
こ、この世界の人達ってどうしてこういうことが自然に出来るの……っ!?
乙女ゲームだから当然そういう設定になっていることは分かっているけれど、動揺に心臓がバクバクしてくるのを抑えられない。
なにか愛着のある懐かしいものを思い出しているかのような、イリヤの切なげな表情。そして私の頬に触れるイリヤの仕草からは愛しさのようなものを感じて思わず息を飲んだ。
「――君、名前は?」
「月瑠、天嵜月瑠です。……と、言うか貴方っ! 反則キャラのイリヤ・コールフィールド!? どうしてここに!?」
私はこの攻略対象キャラであるイリヤ・コールフィールドが、乙女ゲームの中でも特別な存在の“反則キャラ”と呼ばれる攻略が超難解なキャラだということをはたと思い出した。
この乙女ゲームでは登場してくる男性は美形キャラばかり。それも皆渋くてカッコいい恋愛に関して成熟したおじさまキャラということになっている。
殆どの攻略対象キャラは主人公に寛容で、始めから好意的かもしくは素っ気なくても早い段階で仲良くなる。というのがこの乙女ゲームの原則でありお約束の展開となっている。つまり安心して主人公は攻略対象キャラに身を任せられるという設定なのだが――
中にはお約束の展開から逸脱し、乙女ゲームの原則に反して主人公に始めから敵意を剥き出しにした、攻略難易度が非常に高い――“反則キャラ”というのが存在する。
その反則キャラが今私の目の前にいるイリヤ・コールフィールドだ。
それも主人公と最初に出会うシーンはたしか危険な場所で、という設定で間違っても冒頭場面からこんな友好的に主人公に接するキャラではないのだが……
「反則、キャラ? ……何のことかな?」
イリヤは私の頬から手を離すと小首を傾げながらそう尋ねてきた。
「あっ、えーっとそれは、ですね……」
乙女ゲームのキャラ設定ですなんて言える訳がない。
そもそもそうすんなりと話が通じるとは思えなかった。この世界にはゲーム機なんてものは存在しない。それに攻略キャラの話をしてしまえば、攻略対象キャラ達に自分の攻略法を実は全部知っているのでは? と疑われるかもしれない。
本当に乙女ゲームの初期設定位しか知らない新米プレイヤーなのに、私の行動の全てが攻略知識を使って行動しているかもしれないと、疑いの目で見られるような事態は避けたかった。私は至って普通の平凡で平均的な人間で、策略家になれるほど頭が良いわけでも要領が良いわけでもない。
そして最後にここが私にとっては一番重要なところで――
『実は皆さんの住んでいるこの世界は私が元いた世界にある18禁乙女ゲーム――エロゲーの世界なんです。本当は18歳にならないとプレイ出来ないのですが、こっそり隠れてプレイしていたから皆さんのことは攻略対象キャラの登場人物紹介に書かれていたのを熟読したので知っています』
なんてことを、懇切丁寧に乙女ゲームがどういうものなのかを一から十まで説明して理解してもらった上で言った場合、私は確実に攻略対象キャラ達からエッチなお子様と思われてしまうだろう。
しかし実態はというと、そういう大人の世界のことに興味があっただけで、そういった経験は全く以て皆無の処女。実践抜きの妄想だけの世界でこの16年間生きてきたのに、美形揃いの攻略対象キャラ達に出会って早々そんな風に思われるのは恥ずかし過ぎる。というかエッチな人だと思われた瞬間に私は羞恥で死んでしまいそうだ。
物凄く単純な傍から見ればどうでもいいような理由かもしれない。けれど16歳青春まっさかりの私にとっては大問題だった。これはもうこの世界が乙女ゲーム世界だということをひた隠すことで、己のイメージを守るという方法しか思いつかなかった。
でも、隠すにしてもどうしよう……何て答えればいい? と、そこまで考えたところで忍耐強く私の答えを待っていたイリヤが口を開いた。
「……俺の名前を知っているということは、神様に教えてもらったってことかな? やっぱり君が次の異邦人なんだね」
どうやらイリヤは私から反則キャラのことを聞き出すのを諦めたようだ。
そして私が攻略対象キャラについて知っている事を、先程のようにうっかりポロッと話してしまった場合の対処法としてどう答えればいいのか――悩んでいた答えをイリヤは丁度いい具合に提示してくれた。
「えっと、その……はい、ある程度のことは神様から聞いています。私はこことは違う別の世界から神様の力で転移して来たので……異邦人であることは確かだと思います」
「そうか君が……」
もう一層のこと面倒事になりそうな質問については全て、神様に教えてもらったことにした方がいいのかもしれない。その方が変な混乱を招かなくて済みそうだと、今度は少しスッキリとした気分で質問に答えた私とは反対に、イリヤは複雑な顔でジッと私を見つめてきた。
「あの……? イリヤさん? どうしたんですか?」
少し心配になって声を掛けた私にイリヤはふっと優しい笑みを浮かべた。
「いや、いいんだ。何でもない。ああ、それよりもフェルディナンが君を待っているよ? 大分心配していたようだからもう大丈夫そうだったら顔を見せてあげてくれないかな? そうすればフェルディナンも安心すると思うから」
イリヤは本来、反則キャラで初対面から主人公に敵意剥き出しの冷たいキャラの筈が、まさかその初対面が他人を気遣う優しいほのぼの展開とは。乙女ゲームの内容と大分展開が違うのはやはり気のせいではないようだ。私はその疑問を密かに心の中に閉じ込めた。
「……はい。あの、イリヤさんは? 一緒に?」
「俺はこれから用事があるから。悪いけど君だけで行ってくれないかな」
「はい」
「あと、これを――」
そう言ってイリヤは私に一枚のカードを手渡してきた。トランプのような形状の硬い紙。それには特に文面はなく一つの紋章がカードの中央に描かれていた。
「これって、百合? でも色が黒いから……黒百合? 黒百合の紋章?」
「それをフェルディナンに渡してくれるかな?」
「えっ?」
「渡してくれればフェルディナンは分かるから」
「……はい」
この黒百合の紋章が描かれているカードが何なのか、話そうとしないイリヤに疑問は残るものの、私は素直にイリヤの頼みを引き受けた。
「それと、もう一つ」
「何ですか?」
「俺のことは呼び捨てで構わないから。俺も君のことは月瑠って呼ばせてもらうし。それの方が堅苦しくなくていいでしょ?」
堅苦しくない、って……
反則キャラが親し気に話掛けてくるこの状況に、私はモヤモヤとした説明し難い感情を抱えて途方に暮れた。
「……そうですね。イリヤさん――っじゃなくて……イリヤ」
少し言い辛そうにしながら遠慮がちに言い直した私の返事に、イリヤはその宝石のような赤い瞳を優し気に細めた。
「ああそれと、フェルディナンなら多分談話室か会議室にいるんじゃないかな? 談話室ならこの部屋を出て左手にある階段を降りたところにあるよ」
「そう、ですか……。ありがとうございます。行ってみます」
――乙女ゲームの原則に反する者。
それが反則キャラであるイリヤの本来の立ち位置の筈なのに、イリヤがすごく親切過ぎて今後の展開が怖い……
そして反則キャラが反則キャラじゃない動きをしている事を説明出来る唯一の人物は、この乙女ゲーム世界に私を転移させた神様しかいないことは考えるまでもなく明らかだった。
体中に広がる気怠い感覚。ボーっと半覚醒している状態から徐々に意識が戻っていく。私は重い瞼を何とかこじ開けた。
「……ここ、は?」
私は簡易的なベッドの上に寝かされていた。ゆっくりと上半身だけ起こして周りを見渡すと同じ様式のベッドがずらっと並んでいる。壁には槍や盾といった武具が立て掛けられ、部屋の装飾はとてもシンプルに統一されていて一切の無駄がない。
まるでファンタジー系の映画やRPGに出てくる共同利用施設のような雰囲気のある部屋。そしてシンプルと言ってもけして安っぽいという意味ではなく、品よく質素にまとめられた落ち着きのある部屋だった。
「ここってゲーム画面で何回か見たことある。確か黒衣の軍が所有している王城内に設置された兵舎の中の……休憩室?」
ここでどの位眠っていたのかは分からないけれど、どうやら私は黒将軍フェルディナン・クロスにお姫様抱っこされたまま王城の兵舎に連れて行かれたようだ。
「うわー……助けてもらってお姫様抱っこ。その上まさかの寝落ちですか!?」
あまりの気恥ずかしさに顔が熱くなる。神様の力で突然乙女ゲーム世界へ転移させられたことや町中で男達に襲われかけたショック等、精神的な疲労が重なって不覚にも私はフェルディナンの腕の中で眠りに落ちてしまった。
つまりそれはここに来るまでの道のりをずっと彼の腕の中で眠っていたということで――
「どれだけ迷惑を掛ければ気が済むのでしょうか? 私……」
流石に迷惑極まりないこの展開に今度は顔がさあっと青ざめていく。フェルディナンにお姫様抱っこされて彼の腕の中にいたあの時、私を軽々と抱え上げた彼の腕の中は温かくて心地良くて。いろんなことがどうでもいいと思える位にホッとして気を緩め過ぎてしまった。
まさか初対面の相手の――それも腕の中で寝てしまうとは。
顔を両手で押さえながら混乱を鎮めようと努めていると、更に予想外のことが起こった。
「――君が、新しい異邦人?」
誰もいない筈の室内から声が聞こえてきた。
「……えっ?」
私は声のした方向へと顔を向けた。休憩室の出入り口。そこにはモデルのように整った容姿の男性がドアのすぐ横の壁に背中を預けて腕を組んだ格好でこちらを見ていた。
さっき目が覚めた時には誰もいなかったのに……
「休んでいるところをごめんね? 何だか忙しそうに一人で赤くなったり青くなったりして百面相を繰り広げていたところを邪魔してしまって悪いんだけど――どうにも気になってしまってね」
こちらを見てくすくすと笑った口元からは鋭い八重歯が覗き、それが獰猛さとエロティックな雰囲気を漂わせている。背中を流れる長い銀髪に宝石のような赤い瞳。細身のスラットした肢体には程よく筋肉が付いていてまるで血筋の良い狼のようだ。
「いえ、ちっとも忙しくはないのですが……」
むしろかなりピンチな気分だった。
「そうなの?」
「そうなんです……」
ベッドの上で困り顔のまま固まっている私に、面白そうに笑いながら近づいて来る男性は、月光の似合う美貌なのにその服装は普通の町人といった風情の恰好をしている。まるで何処かの貴族や王族のような容姿を持つ目の前の男性が誰なのかを私は知っていた――
彼は乙女ゲームに出てくる攻略対象キャラの一人、イリヤ・コールフィールド。フェルディナンと同じく王族の血を引いていて、フェルディナンとは従兄弟に当たる間柄。年は32歳で16歳の私とは丁度半分の16歳差になる。
イリヤは私の前まで来るとすっとこちらに腕を伸ばしてきた。イリヤの指先がそっと私の頬に触れる。その動きが余りにも自然過ぎてフェルディナンにお姫様抱っこされた時と同様にそのまま受け入れてしまった。
こ、この世界の人達ってどうしてこういうことが自然に出来るの……っ!?
乙女ゲームだから当然そういう設定になっていることは分かっているけれど、動揺に心臓がバクバクしてくるのを抑えられない。
なにか愛着のある懐かしいものを思い出しているかのような、イリヤの切なげな表情。そして私の頬に触れるイリヤの仕草からは愛しさのようなものを感じて思わず息を飲んだ。
「――君、名前は?」
「月瑠、天嵜月瑠です。……と、言うか貴方っ! 反則キャラのイリヤ・コールフィールド!? どうしてここに!?」
私はこの攻略対象キャラであるイリヤ・コールフィールドが、乙女ゲームの中でも特別な存在の“反則キャラ”と呼ばれる攻略が超難解なキャラだということをはたと思い出した。
この乙女ゲームでは登場してくる男性は美形キャラばかり。それも皆渋くてカッコいい恋愛に関して成熟したおじさまキャラということになっている。
殆どの攻略対象キャラは主人公に寛容で、始めから好意的かもしくは素っ気なくても早い段階で仲良くなる。というのがこの乙女ゲームの原則でありお約束の展開となっている。つまり安心して主人公は攻略対象キャラに身を任せられるという設定なのだが――
中にはお約束の展開から逸脱し、乙女ゲームの原則に反して主人公に始めから敵意を剥き出しにした、攻略難易度が非常に高い――“反則キャラ”というのが存在する。
その反則キャラが今私の目の前にいるイリヤ・コールフィールドだ。
それも主人公と最初に出会うシーンはたしか危険な場所で、という設定で間違っても冒頭場面からこんな友好的に主人公に接するキャラではないのだが……
「反則、キャラ? ……何のことかな?」
イリヤは私の頬から手を離すと小首を傾げながらそう尋ねてきた。
「あっ、えーっとそれは、ですね……」
乙女ゲームのキャラ設定ですなんて言える訳がない。
そもそもそうすんなりと話が通じるとは思えなかった。この世界にはゲーム機なんてものは存在しない。それに攻略キャラの話をしてしまえば、攻略対象キャラ達に自分の攻略法を実は全部知っているのでは? と疑われるかもしれない。
本当に乙女ゲームの初期設定位しか知らない新米プレイヤーなのに、私の行動の全てが攻略知識を使って行動しているかもしれないと、疑いの目で見られるような事態は避けたかった。私は至って普通の平凡で平均的な人間で、策略家になれるほど頭が良いわけでも要領が良いわけでもない。
そして最後にここが私にとっては一番重要なところで――
『実は皆さんの住んでいるこの世界は私が元いた世界にある18禁乙女ゲーム――エロゲーの世界なんです。本当は18歳にならないとプレイ出来ないのですが、こっそり隠れてプレイしていたから皆さんのことは攻略対象キャラの登場人物紹介に書かれていたのを熟読したので知っています』
なんてことを、懇切丁寧に乙女ゲームがどういうものなのかを一から十まで説明して理解してもらった上で言った場合、私は確実に攻略対象キャラ達からエッチなお子様と思われてしまうだろう。
しかし実態はというと、そういう大人の世界のことに興味があっただけで、そういった経験は全く以て皆無の処女。実践抜きの妄想だけの世界でこの16年間生きてきたのに、美形揃いの攻略対象キャラ達に出会って早々そんな風に思われるのは恥ずかし過ぎる。というかエッチな人だと思われた瞬間に私は羞恥で死んでしまいそうだ。
物凄く単純な傍から見ればどうでもいいような理由かもしれない。けれど16歳青春まっさかりの私にとっては大問題だった。これはもうこの世界が乙女ゲーム世界だということをひた隠すことで、己のイメージを守るという方法しか思いつかなかった。
でも、隠すにしてもどうしよう……何て答えればいい? と、そこまで考えたところで忍耐強く私の答えを待っていたイリヤが口を開いた。
「……俺の名前を知っているということは、神様に教えてもらったってことかな? やっぱり君が次の異邦人なんだね」
どうやらイリヤは私から反則キャラのことを聞き出すのを諦めたようだ。
そして私が攻略対象キャラについて知っている事を、先程のようにうっかりポロッと話してしまった場合の対処法としてどう答えればいいのか――悩んでいた答えをイリヤは丁度いい具合に提示してくれた。
「えっと、その……はい、ある程度のことは神様から聞いています。私はこことは違う別の世界から神様の力で転移して来たので……異邦人であることは確かだと思います」
「そうか君が……」
もう一層のこと面倒事になりそうな質問については全て、神様に教えてもらったことにした方がいいのかもしれない。その方が変な混乱を招かなくて済みそうだと、今度は少しスッキリとした気分で質問に答えた私とは反対に、イリヤは複雑な顔でジッと私を見つめてきた。
「あの……? イリヤさん? どうしたんですか?」
少し心配になって声を掛けた私にイリヤはふっと優しい笑みを浮かべた。
「いや、いいんだ。何でもない。ああ、それよりもフェルディナンが君を待っているよ? 大分心配していたようだからもう大丈夫そうだったら顔を見せてあげてくれないかな? そうすればフェルディナンも安心すると思うから」
イリヤは本来、反則キャラで初対面から主人公に敵意剥き出しの冷たいキャラの筈が、まさかその初対面が他人を気遣う優しいほのぼの展開とは。乙女ゲームの内容と大分展開が違うのはやはり気のせいではないようだ。私はその疑問を密かに心の中に閉じ込めた。
「……はい。あの、イリヤさんは? 一緒に?」
「俺はこれから用事があるから。悪いけど君だけで行ってくれないかな」
「はい」
「あと、これを――」
そう言ってイリヤは私に一枚のカードを手渡してきた。トランプのような形状の硬い紙。それには特に文面はなく一つの紋章がカードの中央に描かれていた。
「これって、百合? でも色が黒いから……黒百合? 黒百合の紋章?」
「それをフェルディナンに渡してくれるかな?」
「えっ?」
「渡してくれればフェルディナンは分かるから」
「……はい」
この黒百合の紋章が描かれているカードが何なのか、話そうとしないイリヤに疑問は残るものの、私は素直にイリヤの頼みを引き受けた。
「それと、もう一つ」
「何ですか?」
「俺のことは呼び捨てで構わないから。俺も君のことは月瑠って呼ばせてもらうし。それの方が堅苦しくなくていいでしょ?」
堅苦しくない、って……
反則キャラが親し気に話掛けてくるこの状況に、私はモヤモヤとした説明し難い感情を抱えて途方に暮れた。
「……そうですね。イリヤさん――っじゃなくて……イリヤ」
少し言い辛そうにしながら遠慮がちに言い直した私の返事に、イリヤはその宝石のような赤い瞳を優し気に細めた。
「ああそれと、フェルディナンなら多分談話室か会議室にいるんじゃないかな? 談話室ならこの部屋を出て左手にある階段を降りたところにあるよ」
「そう、ですか……。ありがとうございます。行ってみます」
――乙女ゲームの原則に反する者。
それが反則キャラであるイリヤの本来の立ち位置の筈なのに、イリヤがすごく親切過ぎて今後の展開が怖い……
そして反則キャラが反則キャラじゃない動きをしている事を説明出来る唯一の人物は、この乙女ゲーム世界に私を転移させた神様しかいないことは考えるまでもなく明らかだった。
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