乙女ゲーム世界で少女は大人になります

薄影メガネ

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第二章~恋人扱編~

043 束の間の子守歌

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 イリヤはフェルディナンと話をしている内に少しの間だけ懐かしい昔の感覚を取り戻していた。

 困ったな……流されそうになる。

 穏やかなフェルディナンの横顔。こちらを見ていないフェルディナンの視線の先――彼の視界を常に占領せんりょうしているのは一人だけだ。彼の視線は何時いつもベッドの中で眠りについている少女に向けられている。

「月瑠と出会ってからフェルディナンは変わったよね」
「そうか?」
「やっぱり気付いてないんだな」

 一言でいうとフェルディナンは落ち着いたように見える。月瑠に出会ってからずっとフェルディナンは月瑠しか見ていなかった。本人は分かっていないようだったが。異邦人ラヴァーズという存在自体が珍しくて目線を釘付くぎづけにされた事、それがきっかけで始まりだったとしても。その稀有けうな存在にフェルディナンが初めからとらわれていたことに気付いていたのは自分だけだろう。

「そう言うお前も月瑠に出会ってから大分だいぶ変わったぞ?」
「そうだね。俺もフェルディナンも結良が亡くなった後はずっと他人に興味を示さなかったし、何に対しても深い感情を抱くことはなかったからね。生きる事がどうでもいいみたいに振る舞って周りのやつらも相当に怖がって心配していたようけど、おかまいなしで何があってもかえりみる事をしなかった。だから月瑠が現れてからフェルディナンが笑うようになって皆驚いてるんだよ?」
「……そうか」
「まあ、俺も人の事はあまり言えないんだけどさ。多分それと同じような事思われているだろうし」

 ふっと鼻で笑ってフェルディナンは紫混じった青い瞳を柔らかく細めた。月瑠の部屋の扉に背中を預けてわずかに上体じょうたいななめにかたむけながら、腕を組んで朝の陽ざしを全身に浴びている姿は今ある穏やかな日常をそのまま体現たいげんしているような雰囲気すら漂わせている。
 
「……お前は最近、やっと人に戻れたような顔をしている」
「あのね、フェルディナン。牙を抜かれた暗殺者に何の価値があるっていうのさ? 冗談はよしてくれ」 
「いい加減それはもう引退して軍に戻れ。お前なら黒衣こくいの軍の中枢ちゅうすうになえるだけの力量がある。そのまま復帰しても誰も文句もんくは言わないだろう。元々お前は俺の右腕だったんだからな」

 そう言うフェルディナンは安心したような酷く落ち着いた表情をしている。その穏やかな雰囲気の中にられて入り込んでしまう。 

「フェルディナンはさ、俺が結良を亡くして荒れてた時何も言わなかったよね? ただずっと静かに俺がすることを黙って見ていただけだった。俺が軍を抜けて結良を殺した奴らを見つけ出して復讐した時も、そのまま暗殺の仕事を続ける事にした時も何も言わなかった。それなのにどうして今になって戻ってこい何て言うんだよ?」
「――お前が必要だからだ」

 余計な事は何も言わずに。フェルディナンは言葉の意味がそのまま宿った強い瞳をイリヤに向けて真っ直ぐ見据みすえたまま動かない。フェルディナンの射貫いぬく様な視線にイリヤはたじろいで言葉を失って、それから降参したように頭を縦にゆっくりと振った。

「はぁっ、それはまあいずれはね。戻ることも考えておくよ……それにしても月瑠ってさ、色んなものに怖がって逃げ回ってるのに肝心要かんじんかなめなところでは何時いつも全力で向かって来るんだよね。怖いもの知らずなのか臆病おくびょうなのか分からない。物珍ものめずらしいものを人は好きになるけど月瑠はかなり特別だ。矛盾むじゅんし過ぎて見てて飽きないよ」

 ――だからかれるのかもしれない。

「彼女は生きることに素直だからな……俺達が昔持っていた失くした感情を持ち続けている。自由に生きる心とそれを行動する意志を殺さず。曲げる事無く奇跡的にも共に持ち合わせて現れた。だから放っておけない」

 確認するように言葉をめながらフェルディナンは瞳を閉じた。

「どうしてそう月瑠に対して時々他人行儀たにんぎょうぎな言い方をするんだよ?」
「……彼女は俺には純粋過ぎて近寄りがたい時がある」
「何それ? 何変な遠慮してるのさ? 普段は誰も月瑠に近寄らせないように厳命げんめいして、悪い虫が付かないように監視に余念よねんがないくせして……」

 複雑そうに顔をしかめたフェルディナンにあきれながらもイリヤは口元から自然と笑みをこぼしていた。 

「――普段は徹底して月瑠を束縛そくばくしているのに何でそんなところだけ遠慮してるんだかね……黒将軍くろしょうぐん異名いみょうも月瑠の前では形無しか。本当に月瑠って可愛いし凄いよね。君をここまで振り回せる奴なんて他にはいないのに、自分のことを一般人だと思い込んでて全く自覚してないみたいだし」
「それは俺も困っているところだ」
「フェルディナンが困っている何てやっぱり月瑠は凄いな。月瑠に出会ってから俺は何だかいろんなものから解放されたような気がしているよ」

 先程からずっと昔を取り戻せたような感覚がよぎっている。それは錯覚さっかくだと苦笑しつつイリヤは、ベッドの上で眠り続ける月瑠に視線を落とした。
 ベッドで丸くなって眠っている月瑠の頬に手を当てて輪郭りんかく辿たどりながら少しだけくすぐる様に指先を動かしてみると、「……んっ」と小さく声を出しててのひらつかんだイリヤの銀髪を持ったまま布団の中で益々ますます丸まって固くなってしまった。ムゥーと寝苦しそうに眉間みけんしわを寄せている。

 ――自分の銀髪を握って無垢むくな子供のように静かな寝息を立てている月瑠を見ていると、結良の件があったのにどうしてこの二人を見守ろうと思ったのか何だか妙に納得してしまう自分がいる。二人には恨んでいないと言ったけれど、そう言う感情を一瞬でも抱いた事がなかったかとわれれば嘘になる。今は恨んでいないのは本当の事だ。だが大切な者を失った時は誰彼構わず敵意をしにして責めることに何ら躊躇ちゅうちょすることもなかった。

「まあ何にしても、どうでもいいと仕事と職務を半ば放棄して逃亡しまくる将軍様と情緒不安定じょうちょふあんていな暗殺者のそばにいた奴からすると月瑠の存在は救いだろうね。そうだろう? バートランド」
「よく分かってますね。イリヤさん」

 イリヤの呼びかけにフェルディナンの後方からバートランドがやれやれと大柄な肢体したいを少し前のめりにして疲れた様子で現れた。バートランドは口髭くちひげに手をやりながら落ち着きなさそうにしている。

「姫様ほどお二人をまともな感情を持った人間・・・・・・・・・・・・に戻してくれる方はいらっしゃいませんからね。姫様を大切だと思っているのは俺だけじゃない。軍の奴らは皆姫様に感謝していますし大切に思っていますよ。失えない存在だと思う位に」

 どうやらバートランドはずっと出るタイミングをうかがっていたようだ。イリヤとフェルディナンが話していた内容を熟知している。

「まともな人間、ね。なかなか言ってくれるじゃないかバートランド」
「イリヤさん俺は嘘何て言っていませんよ?」
「……お前もたまには言いたいことを言うんだな」

 普段あまり反論することのないバートランドの反撃にフェルディナンはしげしげと驚いた様子でバートランドの顔を眺めている。

「クロス将軍……普段は黙っていても俺も一応思うところはあるんですよ? お二人は怖い顔して話し合いをしていても、途中で姫様がやって来ると途端とたんに表情が変わりますからね。あの変わりようときたら本当に……」
「バートランド、月瑠に余計な事は――」
「分かっています。言いませんからそんな怖い顔してにらまないで下さい」

 やっぱり怖いのかバートランドは少し後退してフェルディナンから目をらしている。そんな二人のやり取りを月瑠の隣に座りながら眺めていたイリヤがくすくす笑いながらバートランドに助け船を寄こした。

「フェルディナン生殖時期せいしょくじきを終えたばかりで少し虫の居所いどころが悪いからって、あまりバートランドに当たるなよ」

 そう言ってフェルディナンとバートランドの話をさえぎったイリヤにフェルディナンはそのまま不機嫌そうな顔を向けた。矛先ほこさきを自分に移されてもイリヤは余裕の表情で笑っている。

「イリヤ……報告することがあるだろう? どうせなら一度で済ませてしまいたいんだが」
「分かってるよ。シャノン出て来いよ。フェルディナンがお前にも用があるんだってさ」
「――用があるとは?」

 シャノンが音を立てずに何処どこからともなく現れてバートランドの横にすっと並んだ。青みがかった灰色の耳をピクピクと動かして疑わし気な様子で黄金の瞳をイリヤに向けている。シャノンが現れたのを確認するとイリヤはふところからおもむろに取り出したものをフェルディナンに向けて素早く投げつけた。

「フェルディナン、これがあの人達・・・・の答えだよ」

 不意ふいに投げられたそれをフェルディナンは苦も無く流れるような動作で受け止めた。フェルディナンの強靭きょうじんな筋肉におおわれているしの上腕じょうわん――その指先には黒百合くろゆりが描かれたカードが収められている。それはイリヤが月瑠に初めて会った時、フェルディナンへ手渡すよう頼んだものと同じ絵柄の物だった。

「やはりそうか……」

 カードを見ずとも結果は分かっていたかのようにフェルディナンが小さくつぶやいた。



*******



「五枚の内回収したカードはこれで三枚。フェルディナンの答えは聞かずとも分かっているからね。あと一枚で事実上全てが決まるってわけだ」

 イリヤは淡々たんたんと感情のこもらない声でそう告げた。

「ああ」
「イースデイル殿下、シンクレア殿下は反対。レインウォーター殿下は賛成。そして最後は……」
「エアハートか……」
「どうせ何時いつも通りライルに動向を探らせてるんだろ?」 
「……ライル」

 フェルディナンが呼ぶとその後方に灰色の影が舞い降りた。灰色の外套がいとう羽織はおり片膝を地面に付いたライルが重々おもおもしくこうべれてひざまずいている。ライルは感情を殺した低い声で口を開いた。

「ここに」
「彼等の動向どうこうはどうなっている?」
「恐れながら――フェルディナン様が想定された通りの情勢に変わりはなく」
かんばしくないか」
「残念ながらそのようです」
「どうやら古代貴族の面々めんめんはレインウォーター殿下を抜かしてどうしてもフェルディナンを敵に回したいらしいね」
「そのようだな……」
「ははは、落ちぶれたものだよね。国の建国者の末裔まつえいが国の優位性を保つ為に歴史を繰り返す――月瑠を人柱に立てるような考え方しか持っていない古代貴族なんて滅びてしまえばいいんじゃない?」
「その物言い……お前らしくないなイリヤ」
「それはね。頭にもくるよ。過去の異邦人ラヴァーズと同じ方法で政権に月瑠を巻き込むってそう言っているんだよ? あの人達は」
「ああ、だが何時いつもならそれは俺が言う台詞せりふだろう? お前ではなく」
「いいじゃないかたまにはさ、フェルディナンの代わりにそういうことを言うのも。それで、フェルディナンはどうするつもり? 何かするつもりだから此処ここにこのメンバーを集めたんだろう?」

 イリヤの言葉に各々おのおのが顔を上げてフェルディナンへとその視線を向けた。イリヤ、バートランド、シャノン、ライルから一斉に向けられた視線に応えてフェルディナンはゆっくりと顔を上げた。

「歴史を繰り返すような真似を許すつもりはない。俺から月瑠を奪うと言うのならイリヤ、お前の言う通り黒衣の軍――総勢10万の兵をって反対派は全て殲滅せんめつする。そしてその為の準備はもう出来ている・・・・・・・・・・・・・・
「「「「!?」」」」

 全員がフェルディナンの言葉に衝撃を受けて動揺に動けなくなっている中、イリヤは一人だけ沈痛ちんつう面持おももちでフェルディナンへと怒りに震える血の様に赤い瞳を向けた。

「……古代貴族の当主達がくだした決定は例えユーリー陛下と言えどそう簡単にくつがえすことは出来ない。……だからって君が始めるっていうのか! それは何より月瑠が恐れていたことじゃないか!」
 
 イリヤは息を荒くしてフェルディナンに食ってかかった。”神解かみとき”によって神からの統治を離れた世界。それによって大規模な戦闘が発生するかもしれないという可能性を誰よりも恐れていたのは月瑠だった。それを自分の為に最愛の恋人が始めると言い出したなんて事が月瑠に知れたら。本当に冗談ではない。

「始めるからには一人残らず生かしてはおかない。これは国への反逆クーデターだ。ずっと穏便に事を進められればと、そう働きかけていた。だが彼等はこの先も変わるつもりはないらしい」
「我々獣人達が反逆の徒リベリオンとして追放された25年前。その時に果たせなかったことを貴方がぐつもりなのか?」

 シャノンの問いかけにフェルディナンは少しだけ目線をそちらへ向けた。

「……ああ、だがお前達獣人をこれに巻き込むつもりはない」
「いよいよ黒将軍くろしょうぐん本領発揮ほんりょうはっきってわけ? 月瑠がこの世界に来てからずっと君は俺やライルにあの人達の動向を探らせていたけど、まさかそんなことを考えていたとはね。でも、そんなことされるくらいなら昼行灯ひるあんどんてっしてくれていた方がまだましだよ。第一、それだけ大規模な戦闘を引き起こしたらいくら何でも月瑠が気付かないわけないじゃないか!」
「だからお前達を呼んだ……シャノン」
「はい」
「――月瑠が事態に気付かないように彼女を国外へ逃す。獣人の国へ月瑠を連れて行って保護してほしい。内密にな。お前なら出来るだろう?」
「それは……可能ですが、月瑠が貴方のそばを離れてもいいと言うとは思えない。それも納得出来るだけの理由がなければ月瑠が大人しく国を出るとも思えないのだが……」
「そうだな。だからバートランド、イリヤ、お前達にも月瑠について国を出てほしい」
「「!?」」
「軽い小旅行だ。前から月瑠は外に出たがっていただろう? 警護に当たるよう王命おうめいを受けているお前達が一緒なら月瑠も疑うことはない。数か月の間だけでいい。俺は軍務でついて行けないと話しておく。たまに顔を見せるようにするが、全てが終わるまで月瑠を獣人の国に留めておいてほしい」
「……本気、なんですか? クロス将軍」

 バートランドが驚愕きょうがくに瞳を大きく見開いて緊張に両掌りょうてのひらを強く握り締めながら身体を戦慄わななかせて、額に流れる汗をぬぐおうともせず固唾かたずんでフェルディナンの答えを待っている。
 
「お前達が月瑠を留めている間に俺が全てを終わらせる。ライルには俺とお前達との伝令役をになってもらう事になるが……」

 ライルは全てを心得ているようで一瞬だけフェルディナンと目線を合わせて意志を通じ合わせた。ライルはフェルディナンのすることに何の異存いぞんもないようだ。フェルディナンにただ付き従うような姿勢のライルにイリヤは舌打ちしてからフェルディナンを責めるようにけた。

「ライルだけそばに残して一人で全てを終わらせる気なのかよ? それも月瑠に何も知らせずに。俺達をけ者にして」
「そうですよ何も知らない内にクロス将軍がそんな無茶な事をしたと姫様が知ったらどう思うか……」
「怒るだろうな……誇大妄想こだいもうそうに取りつかれた者達の末路まつろなど知った事ではないが、それを知れば自分の事よりも俺の心配をして月瑠が苦しむことになる。だから月瑠には知られる訳にはいかないんだ」
「だから月瑠には黙って一人でやるつもりだっていうのか」
「戦いの最中さなかにはお前達に配慮してやれるほどの余裕はない。だからお前達に此処ここにいてもらっては困るんだ」
「――そうやって俺達を邪魔者扱いして遠ざける気?」
政変せいへんに犠牲は付きものだ。選択出来る期間は十分過ぎる程あった。だがどうあっても彼等は変わるつもりはないらしい。それにお前達を関わらせたくないだけだ」
「他に……方法はないって言うのか?」
「他に方法はない。そして彼等がそうしなければ終わらないというのなら。俺もそれに従うまでだ。古い風習もしきたりも悪しきものは全て終わらせる。繰り返すのはこれが最後だ……」
「……そっかそうやって自分の手だけ汚して終わらせる気なのかよ。でもさ、フェルディナン。俺も俺の命に代えても守りたいものがあるんだぞ……?」

 振絞ふりしぼる様にはっせられたイリヤの言葉も今のフェルディナンには届かない。

「ああ、分かっている。だがこれは俺が下した決断だ。それを変えるつもりはない。他に異論いろんがないなら了承したとみなす。これでこの話しはもう終わりだ――」

 一方的に言い切られて無理やり話を終わらせられてしまう。そして誰もフェルディナンの決定に反論することが出来ず、こうして最悪の決断が下されてしまった。
 


 ――結良が亡くなってから過ごしていた時間。ずっと月瑠に出会うまで冷徹れいてつな人でなくなってしまったような冷え切った日々だけが残されて。底なし沼にはまって動けなくなっていた。けれど絶望の中で人を憎み続けるのは忍耐と体力がいる作業だ。

「それにしてもさっきからずっと月瑠が怖い顔して寝てるんだけどさ」

 フェルディナンとイリヤ以外皆この場を退出してしまって、初めと同じ三人だけの空間に何事もなかったかのような穏やかな空気が流れている。イリヤは月瑠の頬をでながら先程からずっと解消されない眉間みけんに刻まれたしわをチョンチョンとつついてどうしたものかと首をかしげた。

「子守歌でも歌ってあげようか?」 
「出来るならそうしてやってくれ――俺はもう一度寝る」

 冗談で言ったつもりだったのにフェルディナンが返してきた返事は肯定こうていで、それも月瑠を任せて寝に戻るなどと言われてはそうするしかない。つか静寂せいじゃくと穏やかな時間。これから起こることを考えると嵐の前の静けさに鳥肌が立ちそうになる。

「分かったよ。まあ適当にやっておくからさ。フェルディナンは寝てていいよ?」
「ああ、任せた」
「それと、俺はこれから最後のカードをエアハート殿下から回収してくるよ……月瑠が手を放してくれたらだけどね。それまで俺は月瑠のそばにいるからね?」

 確認するように月瑠のそばにいてもいいのか? と問いかけるとフェルディナンは眠たげになかば重く閉じられている紫混じった青い瞳を静かにこじ開けて、ジッとフェルディナンを見つめてきた。

「……イリヤ」
「何?」
「必ず……戻ってこい」
勿論もちろん戻って来るけど……何変な心配してるのさ?」
 
 笑ってそう答えてもフェルディナンの表情は変わらず、珍しく心配するような顔をしてこちらを見ている。

「……本当に月瑠といいフェルディナンといいうたぐぶかいよね」
「お前は月瑠とは違う意味で危なっかしいところがあるからな」

 この人なんでこんなに強いんだよ……?

 とんでもなく困難で辛い決断を下した後だというのに、フェルディナンは何時いつもと変わらずそれもとても眠そうな顔をしていて。年の差以上に器の大きさが違うということを改めて認識させられてしまう。

「はいはい、分かっているよ。ちゃんと君達のところに戻って来るし、いずれは軍にも復帰する。だから安心して待っててよ。それともフェルディナンも子守歌、歌ってほしいの?」
「……必要ない」

 素直にそう答えたフェルディナンは眠そうに首を横に振りながら扉に半ばもたれかかっている。

「そっか、じゃあ大人しく君も寝ててよ」 
「分かった……」

 ――まったく、この二人はどうしてこう世話の焼きがいがあるんだかね。

 どうやら束の間の子守歌が必要なのはフェルディナンも同じようだった。

 絶対にこのままでは終わらせない……

 大切な二人を前にしてイリヤはハハッと気づかれないように小さく笑ってから、めたる思いを固めて少しだけ唇のはしを引き上げた。
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