腐女子で引きこもりの姉は隠居したいが、義弟がそれを許してくれない

薄影メガネ

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ラース視点

眠っている間の出来事

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 好きな人の初めてを奪って迎えた朝、
 目覚めと共に、カーテンから差し込む朝方のまぶしい光に、俺は目を細めた。

 良かったちゃんといる……
 普段から破天荒はてんこうな行動ばかりとる人だから。今回も起きたらいなくなってたとか、平気でやりそうだと思っていた手前。腕の中で健やかな寝息を立てている存在を確認するように。その細い首筋に軽く唇を押し当てる。

 ユイリーは俺より少し体温が低い。唇から伝わってくる、冷たいとまではいかない生温なまぬるい心地よさに、軽い眠気をもよおしながら。次いで華奢な細腰にしっとり手を絡めて、小さな背中ごと後ろからそっと抱き締めると。何故だか眉間みけんに皺を寄せられてしまった。

 横顔からでも分かる。
 寝ながらムーッと小難しい顔をしているのは、抱き締められたのが嫌だったのか? それとも手加減したつもりが力を入れすぎた? あれこれ原因をさぐっていたら、今度はグイグイ腕を引っ張られて、ペチペチ叩かれた。

「ユイリー?」

 ペチペチペチペチペチペチ

「ユィ…………」

 ペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチ

 返事はない。痛くもないが。その意図が分からない。どうしたものかと困惑に眉をひそめている間も。ユイリーはじゃれつく子猫みたいな弱さで、ペチペチ腕を叩き続けているし。何度名前を呼んでも瞳は閉じられたままだ。

「……困ったな。仕草しぐさが可愛いとか思ってる場合じゃないんだけど……」

 どうしてもユイリー相手だと愛しさの方が上回ってしまう。
 だからこうして、完全に制御不能の子猫を抱えた気分で、途方に暮れているのも。実はそんなに悪くない。こんな状況で両手がふさがっていなければ、頭を撫でて落ち着かせてやりたいくらいだ。

「もしかして寝苦しい、とか……?」

 自分より体温の高い相手に抱かれているのが嫌なのかもしれない。思い至って叩かれた腕を離そうとして──今度は逆にガシッと掴まれた。

「ユイリー?」

 今度こそ起きたのかと思った。が、ユイリーは目をつむったままだ。それも叩く手を止めて掴んだ俺の腕を、小柄の割に豊満なその胸元にムギューっと抱え込んだのを見て。俺はようやくユイリーが何をしてほしがっているのか気付いた。
 先程まで緩めに抱えていた細腰に、力を入れ直して強く抱き締める。すると、ユイリーはくすぐったそうに身動みじろいで、へらっと嬉しそうな顔をした。

 どうやらユイリーは、抱き締める力が弱かったのが不満だったらしい。普段の言動から察するに。抱き締めるなと拒絶されることはあっても。まさか強く抱き締めろと、逆に要望されることがあるとは……思いもしなかった。

 そうしてどうにか辿り着いた正解に安堵あんどの息を漏らしつつ。その長く艶やかな黒髪にキスして、後頭部に軽く顎を乗せても。ユイリーは少しも嫌がる素振りを見せない。
 今度から強めに。いや、少しキツめに抱くことにしようと反省して。拒絶されないことに心底喜びながらも。けして少なくない経験上、愛撫や情事の最中さなかに相手が望むことなら、言われずとも汲み取れると思っていたのに。不覚にも一番好きで大切な人の不満に気付けないなんて最悪だ。

 長年の引きこもり生活で日焼けしていない、ユイリーの白く滑らかな肌。それに触れることを許された意味を確認するように。その背中に唇を押し当てて、もう一度強く抱き寄せたところで、ユイリーがもぞっと動いた。

「ぬくい……」

 一言だけ呟いて黒曜石の瞳をうっすら開けた。
 普通に「おはよう」と挨拶すればよかったところを。先程の件で自信を失い。反射的に目をつむって狸寝入りを決め込んだ。臆病な自分に頭が痛い。
 他の相手の前では、こんなに余裕なく誤魔化すための行動に出て後悔するような、面倒なことはなかったのに。ユイリーを前にするといつだって、思い通りに動くことができないでいる。

「……ラース、寝てるの?」

 表情筋を動かさないようグッとこらえる。
 相当に疑っているのか。頼りなくそわそわと、落ち着きない様子で近付いてくる。この気配に反応してはならないと。動かないことに全神経を使っていたら──耳元で囁かれた。

「本当に寝てるの?」

 思っていたより近くから聞こえてきた、耳に心地よい音が体に響く感覚に、ゾクッと総毛立そうけだつ。
 ──ったく、人が寝ていると思って何て声出すんだ……っ! 

 ユイリーはいつもこちらを警戒して。硬質な気を張り詰めた話し方をするのだが。今のはそれより数段柔らかい。

 甘えるような艶っぽい声色こわいろに変わったことに気付いて、俺が焦っているなど知るよしもないユイリーは。何を思ったのか。腕の中でもそもそ動き出した。
 互いが向かい合うよう体の向きを変えて、こちらのふところに入り込み。更には胸元に頬を擦り寄せ抱きついてきた。

 思い切り体が反応しそうになったのを、全力で何とか抑え込んだが。体がかすかに動いた拍子に、自身の前髪がさらさら頬に落ちていくのを感じて。狸寝入りがバレたのではないかと、内心冷や冷やしていたら、

「カッコ可愛い……」

 ユイリーが本心をひた隠しにする性質であることは昔から知っていたが。どうやらとことん表立って甘えられないたちらしいことはよく分かった。

 ……それにしても。いったい、何をしてるんだ?

 恐らく、顔を眺められている。
 ここで下手に動いてつつくような真似をしたら、この腕の中で甘えている可愛い生き物は、尻尾を巻いて逃げていくことを。俺はよく分かっていた。

「……ラース?」

 しかしあんまり答えないでいるのも可哀想だ。
 試すように恐々こわごわ名前を呼ばれて、俺はゆっくり目を開けた。

 今起きた振りをして。瞳を開け切らないまま半眼で、ビックリしている大きな黒い瞳を見つめ返すと。途端、腕の中の小さな体が緊張に強張ったのを感じた。
 ユイリーは俺に見られるのが苦手らしい。密着している柔らかい胸元がドキドキしているのをなだめるように。その小さな頭を撫でて軽く唇にキスしてから。再び目を閉じる。あんまりビクつかせるのも酷だ。俺はもう一度寝た振りをすることにした。

 そうして静かに目をつぶっていると。再び強い視線を感じた。またジーっと、あの黒曜石のような丸い大きな瞳で、人の顔を観察しているのだろうか。
 まるで木の陰から様子をうかがっている、警戒心の強い子リスみたいだなと思っていたら。唇にふんわり柔らかい感触が当たった。

 ……今、ユイリーからしたのか……?
 ギョッとして思わず目を開けそうになる。温かいユイリーの唇が優しく丁寧に、俺の閉じた目蓋まぶたや鼻先にキスを落としていく。最後は髪を撫でられて。俺はユイリーの真意を計り兼ねていた。
 ユイリーが昔から俺に甘いのを知っていたから。俺以外に好きな相手がいるのを承知で無理矢理抱いた。強く出れば拒絶しきれないだろうことも知っていて手を出したのに。

「──体の方はもう平気なのか?」

 寝た振りなんかしている場合じゃない。
 くすぐったい愛撫を終えて、俺の腕の中からするりと出て行こうとしたユイリーを、俺は咄嗟とっさに引き留めた。

「あ、ごめんなさい。起こしちゃった?」

 体にシーツを巻いてキョトンとしているユイリーの黒い目と合った。自分がどれだけこちらを動揺させているとも気付かず。呑気におはようと返されて。その純真さに体が酷くうずいてキスすると。少しの抵抗もなく受け入れられてまた驚いた。
 ユイリーの様子が抱く前のときと違う。

「おはよう……ユイリーこんな朝早くからどこ行くつもり?」
「でも……」
「今日は無理するのは禁止だ」

 禁止を一方的に告げたのに。反発ではなく。素直に「ダメなんだー」と考えているのが丸分かりな顔をされては。愛しさが増すばかりだ。

「おいで」

 強く言うと。ユイリーは大人しく、言われるままに身をゆだねてきた。

 今はまだ、ユイリーにとっての一番が、自分じゃなくてもいい。たとえ二番手でも。ユイリーが甘えたいと思える存在になれたことは確かなようだから。今はそれでいい。
 いずれは全部手に入れるつもりで、優しく抱き締めて頭を二、三ポンポンしたら。ユイリーは気持ちよさそうに目を細めた。

「先に風呂にしたい? それともお腹減った?」
「……お風呂、入りたい」
「分かった」

 希望通り連れて行くため、抱き上げようと伸ばした手を拒否された。そこまで許すつもりはないと言われたような気がして早々に手を引っ込める。勝手の分からない、初めて飼育する小動物でも相手にしている気分だ。
 思えば昔からそうだった。ユイリーを前にすると度々たびたび不安に襲われる。でも好きだから離したくないし。どんなに拒絶されても離す気はない。
 
「大丈夫よ自分でちゃんと歩けるも、の……?」

 自ら立とうとしたユイリーだったが。自分の状態にまるで気付いていないようだ。必死に立とうと頑張っても結局下半身に力が入らず。最後はカクンと膝から力が抜けて、ベッドにポヤッと座り込んでしまった。

「なんで……? 腰が立たなぃ……」

 理由を教えたら怒るかもしれない。首をかしげているユイリーが気付くまで、辛抱強く待っていたものの。ついには理解不能と思考を停止したように動かなくなった姿が可愛すぎて。俺はき抱くようにその華奢な体を腕の中に引き寄せた。
 再び定位置に戻されたユイリーが、飛び方の分からないひな鳥のような顔で見上げてきて。仕方なく。俺は事実を述べた。

「あれだけ激しく抱いたんだから無理もないか」
「…………!」

 俺に抱き潰された事実を理解したはずなのにユイリーは怒らなかった。というより、驚きに目を見開いてぐ、顔を伏せられてしまったから様子が分からない。
 何と声を掛けるべきなのか。未だ身を任せてくれている細腰を優しく撫ぜながら、そっと顔をのぞき込むと。ユイリーは頬を赤くして文句も言わずに縮こまっていた。

「どうした? やけに大人しいな……」

 普段はあれだけ元気なのにらしくない。よっぽどショックだったのか。それとも疲れているだけなのか。頬に触れて熱がないか確かめてみる。

 ──良かった。顔は赤いけど熱はなさそうだ。
 じゃあいったいどうしたっていうんだ?

 しげしげと観察していたら。ユイリーがその赤くなった頬を隠すように、俺の胸元に頭をコツンとくっつけてきた。

「ユイリー?」
「な、なんでもないの……」
 
 何でもないと言う割に。ユイリーは酷く動揺している。心配でもう一度顔を覗き込もうとしたら、途端、けんのある強い眼差まなざしを向けられた。

「ラースの嘘つき」
「何が?」
「口を利けば足腰立たなくなるくらいまで抱き潰さないんじゃなかったの?」
「それは……ユイリーが可愛すぎてつい加減ができなくなった……ごめん」

 少し反応が遅かっただけで。ユイリーはやっぱり怒っていた。
 拗ねたように唇をとがらせて俺を見上げてはくるものの。俺から離れようとはしないから。ご機嫌を取るように顔を近づけて、その愛らしい顔に沢山キスをした。くすぐったさに思わず笑い出したユイリーの、ほがらかな声に安心して最後は唇に口づける。

「ごめん、機嫌直してユイリー」

 むつみ合うように間近で目を合わせて、ぴったり体をくっつけていたら、ユイリーは意外な話をした。俺が今回ユイリーを抱いたのは、ジェーンに付けられた香油の媚薬が俺にも影響して、発情したせいだと。
 強引に俺がユイリーを抱いたのは、媚薬のせいだと思い込んでいるユイリーの口振りに。正直、落胆が隠せない。

 だからユイリーは俺を許したのかと。虚しい気持ちになりはしたが。それでもユイリーが俺を受け入れてくれたのは本当だから。これから徐々に修正していくしかないと、半ば諦めにも似た心境でいたら。突然すごいことを言われた。

「……ラースに触れられてるとこ全部気持ちいいとかって不思議」

 は……? 今、何て言ったんだ? この人は……
 天地がひっくり返ったような衝撃に襲われて。独り言のようにつぶやかれた言葉に耳を疑う。といっても当の本人はまるで無自覚で。甘えるように俺の胸元をペタペタ触っていたが。続く沈黙の重さと雰囲気にようやく気付いて顔をゆっくり上げた。
 わたし、何か不味いこと言った? と顔に書いてある。

「……これはユイリーが可愛すぎることを言うのがいけないと思う」
「ラース……? ──きゃぁっ!」

 確かに不味いことを言ってくれた。
 体に巻き付けていたシーツを剥ぎ取られたユイリーのびっくりした顔を見つめながら。俺は躊躇ちゅうちょすることなく再び体を重ねた。
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