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第二章 死がふたりを分かつとも
第3話 ひとり占め
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「さすがにダビデ提督も、総花までは、出せないらしいな。ダビデみたいな横暴な奴に、レナを買われてしまったら、どうしようかと、裏で見ていてハラハラした」
今夜もレナを買ったのは、アルベルトだと告げた途端、レナは心底ほっとしたように、胸の辺りに手を当てた。
総花は、公娼で身を売る最下層の男娼から、下働きの奴隷に至るまで、全員に祝儀を渡す習わしだ。
粋客にとっては最大級の見栄であり、その客がついた男娼の手柄にもなる。
通常、一人の男娼に客の指名が重なれば、男娼は先に指名を受けた一人の相手にする。
その間、後者の客は饗宴の間で待たせておき、サリオンのように『廻し』を勤める下男が話し相手になるのだが、アルベルトはダビデ提督とレナを半々で、分け合うことすら拒否をした。
奥の手の総花をふるまってでも買い占めたのだと聞かされて、レナの頬が色づいた。
今夜の相手が決まったアルベルトは、南の館の饗宴の間に通されて、食前酒を呑みながら、レナが来るのを待っている。
館主も、すぐにベッドに入りたがる不作法者には、位の高い男娼を売ったりしない。
必ず酒宴を設けさせ、買った男娼をはべらせて、豪華な食事と酒を呑み食いさせる。その分の席料も上乗せするのだ。
そして、客も男娼も程よく打ちとけた頃合いを見計らい、サリオンのような『廻し』が二人を居室に案内する。
宴席ひとつ設けずに、床急ぎをするケチな客には、最高位の男娼は買わせない。
クルム国の格式高い娼館は、そうして客を選んできた。
「早く支度を済ませよう。アルベルトを饗宴の間で待たせてる」
サリオンは、腰高の丸いテーブルに、宝石をちりばめた青銅製の化粧箱や手鏡や、整髪用の植物オイルを保存する陶製壺を用意した。程なくレナも側付きの、『廻し』に身支度をさせるべく、肘掛け椅子に腰かけた。
「……レナ?」
今夜の客も、レナが恋焦がれているアルベルトだ。
それなのに、それを知った瞬間の、歓喜の色は消え失せて、目元が憂いをおびている。
サリオンは大理石の床にしゃがみ込み、青銅製の化粧箱の重い蓋を開けながら、「どうかしたのか」と、問いかけた。
「それなら先に陛下を迎えて、そのあとダビデ提督と床入りすればいいだけなのに。無理やり僕を買い占めたのは、待たせた提督をサリオンが接客しないといけないからじゃないのかな」
「……えっ?」
「ダビデ提督は強引な人だから……。待たされてる間にサリオンに乱暴するかもしれないし。陛下は撲じゃなくて、サリオンを守りたかっただけだよ。きっと」
「レナ」
ぼそぼそ答えて項垂うなだれるレナに、サリオンは語気を強くする。
「いいか? お前は客に惚れさせて、競わせる側の人間だ。そのお前が客に振り回されてて、どうするんだ。そんな弱気じゃ商売なんかにならないぞ? しっかりしろよ。客足が遠のけば、お前だって昼三から、格下げになるかもしれないんだぞ?」
「……でも、僕は、お金じゃなくて、本当に陛下のことが」
「お前には、アルベルトが俺に惚れてるみたいに見えるかもしれないが、あいつは俺に惚れてなんかいやしない。廻しの俺には手が出せないから、出したがっているだけだ。それに、俺に惚れてる振りだけしていれば、こうやって一日中、お前に気を揉ませることだって出来るんだ。わかるだろう? これがアルベルトの手管なんだ。遊ばれてんだよ、俺達は」
「そんなこと……」
サリオンは反論しようとするレナを、ねじ伏せるように息巻いた。
故国では、物心ついた頃には自分もレナも、男の劣情の捌け口にされていた。
にも関わらず、レナは良くも悪くも純真だ。
世俗の垢には染まらない。
圧倒的な美貌で周囲を傅かせ、常に優位に立ち続けている。誰もがレナに声をかけられたがっている。
そのレナが、これほど男に惚れ込んだのは初めてだ。
だからレナは些細なことでも動揺する。
期待と落胆の両極を、振り子のように揺れ動く。そんなレナがもどかしく、思わず口調も荒くなる。
「俺から見れば、アルベルトは、最高位の昼三を本気にさせた、なんて安っぽい自尊心を満足させたい為だけに、税金を湯水のように使う、強欲な皇帝だ。そんな奴の遊び道具に使われて、悔しくないのか? お前は昼三なんだぞ? 最高位のオメガなんだぞ?」
レナの足元で屈んだままのサリオンは、レナの華奢な両手を両手で包み込む。レナを見上げ、目を覚ませと言わんばかりに力を込めて上下に振る。
今夜もレナを買ったのは、アルベルトだと告げた途端、レナは心底ほっとしたように、胸の辺りに手を当てた。
総花は、公娼で身を売る最下層の男娼から、下働きの奴隷に至るまで、全員に祝儀を渡す習わしだ。
粋客にとっては最大級の見栄であり、その客がついた男娼の手柄にもなる。
通常、一人の男娼に客の指名が重なれば、男娼は先に指名を受けた一人の相手にする。
その間、後者の客は饗宴の間で待たせておき、サリオンのように『廻し』を勤める下男が話し相手になるのだが、アルベルトはダビデ提督とレナを半々で、分け合うことすら拒否をした。
奥の手の総花をふるまってでも買い占めたのだと聞かされて、レナの頬が色づいた。
今夜の相手が決まったアルベルトは、南の館の饗宴の間に通されて、食前酒を呑みながら、レナが来るのを待っている。
館主も、すぐにベッドに入りたがる不作法者には、位の高い男娼を売ったりしない。
必ず酒宴を設けさせ、買った男娼をはべらせて、豪華な食事と酒を呑み食いさせる。その分の席料も上乗せするのだ。
そして、客も男娼も程よく打ちとけた頃合いを見計らい、サリオンのような『廻し』が二人を居室に案内する。
宴席ひとつ設けずに、床急ぎをするケチな客には、最高位の男娼は買わせない。
クルム国の格式高い娼館は、そうして客を選んできた。
「早く支度を済ませよう。アルベルトを饗宴の間で待たせてる」
サリオンは、腰高の丸いテーブルに、宝石をちりばめた青銅製の化粧箱や手鏡や、整髪用の植物オイルを保存する陶製壺を用意した。程なくレナも側付きの、『廻し』に身支度をさせるべく、肘掛け椅子に腰かけた。
「……レナ?」
今夜の客も、レナが恋焦がれているアルベルトだ。
それなのに、それを知った瞬間の、歓喜の色は消え失せて、目元が憂いをおびている。
サリオンは大理石の床にしゃがみ込み、青銅製の化粧箱の重い蓋を開けながら、「どうかしたのか」と、問いかけた。
「それなら先に陛下を迎えて、そのあとダビデ提督と床入りすればいいだけなのに。無理やり僕を買い占めたのは、待たせた提督をサリオンが接客しないといけないからじゃないのかな」
「……えっ?」
「ダビデ提督は強引な人だから……。待たされてる間にサリオンに乱暴するかもしれないし。陛下は撲じゃなくて、サリオンを守りたかっただけだよ。きっと」
「レナ」
ぼそぼそ答えて項垂うなだれるレナに、サリオンは語気を強くする。
「いいか? お前は客に惚れさせて、競わせる側の人間だ。そのお前が客に振り回されてて、どうするんだ。そんな弱気じゃ商売なんかにならないぞ? しっかりしろよ。客足が遠のけば、お前だって昼三から、格下げになるかもしれないんだぞ?」
「……でも、僕は、お金じゃなくて、本当に陛下のことが」
「お前には、アルベルトが俺に惚れてるみたいに見えるかもしれないが、あいつは俺に惚れてなんかいやしない。廻しの俺には手が出せないから、出したがっているだけだ。それに、俺に惚れてる振りだけしていれば、こうやって一日中、お前に気を揉ませることだって出来るんだ。わかるだろう? これがアルベルトの手管なんだ。遊ばれてんだよ、俺達は」
「そんなこと……」
サリオンは反論しようとするレナを、ねじ伏せるように息巻いた。
故国では、物心ついた頃には自分もレナも、男の劣情の捌け口にされていた。
にも関わらず、レナは良くも悪くも純真だ。
世俗の垢には染まらない。
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そのレナが、これほど男に惚れ込んだのは初めてだ。
だからレナは些細なことでも動揺する。
期待と落胆の両極を、振り子のように揺れ動く。そんなレナがもどかしく、思わず口調も荒くなる。
「俺から見れば、アルベルトは、最高位の昼三を本気にさせた、なんて安っぽい自尊心を満足させたい為だけに、税金を湯水のように使う、強欲な皇帝だ。そんな奴の遊び道具に使われて、悔しくないのか? お前は昼三なんだぞ? 最高位のオメガなんだぞ?」
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