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第二章 死がふたりを分かつとも
第29話 俺だけだ
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凄むアルベルトの声が一段と低くなる。
口調そのものは単調だ。
それだけに、度を失う寸前の激憤を、何とかして制御しようとしているような葛藤が、その場の空気を震わせる。
ダビデは束の間、黙り込む。
護衛兵も見ている手前、諾々と服従するのは憚られるとでも言いたげに、動かない。
しかし、アルベルトが長剣の切っ先を静かにダビデに向けた瞬間、ダビデは引きつったような声を出し、サリオンを手荷物か何かのように突き放した。
要請通りに剣を収めた腰の鞘も、もどかしそうに引き抜いて、自らの足元に叩きつけた。
薄暗い廊下に落ちた剣が甲高い音を響かせる。
剣と一緒に、誇りも体裁もかなぐり捨てた提督ダビデは、護衛兵の一団の元に駆け戻る。
「サリオン!」
アルベルトの大声とともに、けたたましい足音が近くなる。
頭を上げかけたサリオンは、 掬うように抱き起こされると、熱っぽい胸の中に閉じ込められて背がしなる。
「……良かった、サリオン。間に合って」
「……アルベルト?」
「もう大丈夫だ。……大丈夫」
何度も耳元で囁くと、ダビデに掴まれ続けて痺れたようになっている、二の腕を優しく撫でられる。
気安く触るな、離れろと、いつものように毒づきたいのに、それができない。
鋼のように堅くて厚い胸に頬を、預け続けていたかった。
手にも足にも力が入らず、腑抜けのようになった体を、抱いて支えていて欲しい。
サリオンは、抱き締められて初めて 瘧のように震え続ける自分自身に気づかされ、アルベルトの絹のトガを両手できつく握り込む。
アルベルトは声にならない訴えを、無言で察したかのように、戦慄くサリオンの歯の音が止むまで、しっかり抱いていてくれた。
サリオンの乱れた髪を梳き撫でて、アルベルトもまた髪に頬を押し当てた。
「……どうして、ここに?」
人心地ついてから、サリオンは彼の胸に抱かれたまま、かすれた声でぽつりと訊ねた。
「あの後、最初は部屋の外から悲鳴のような声がした。それから廊下が騒々しくなり、物が壊れる音もした。館内にダビデがいるのはわかっていたから、騒ぎの部屋を確かめた。もし、騒動の発端がダビデなら、止められるのは俺だけだからな」
口調そのものは単調だ。
それだけに、度を失う寸前の激憤を、何とかして制御しようとしているような葛藤が、その場の空気を震わせる。
ダビデは束の間、黙り込む。
護衛兵も見ている手前、諾々と服従するのは憚られるとでも言いたげに、動かない。
しかし、アルベルトが長剣の切っ先を静かにダビデに向けた瞬間、ダビデは引きつったような声を出し、サリオンを手荷物か何かのように突き放した。
要請通りに剣を収めた腰の鞘も、もどかしそうに引き抜いて、自らの足元に叩きつけた。
薄暗い廊下に落ちた剣が甲高い音を響かせる。
剣と一緒に、誇りも体裁もかなぐり捨てた提督ダビデは、護衛兵の一団の元に駆け戻る。
「サリオン!」
アルベルトの大声とともに、けたたましい足音が近くなる。
頭を上げかけたサリオンは、 掬うように抱き起こされると、熱っぽい胸の中に閉じ込められて背がしなる。
「……良かった、サリオン。間に合って」
「……アルベルト?」
「もう大丈夫だ。……大丈夫」
何度も耳元で囁くと、ダビデに掴まれ続けて痺れたようになっている、二の腕を優しく撫でられる。
気安く触るな、離れろと、いつものように毒づきたいのに、それができない。
鋼のように堅くて厚い胸に頬を、預け続けていたかった。
手にも足にも力が入らず、腑抜けのようになった体を、抱いて支えていて欲しい。
サリオンは、抱き締められて初めて 瘧のように震え続ける自分自身に気づかされ、アルベルトの絹のトガを両手できつく握り込む。
アルベルトは声にならない訴えを、無言で察したかのように、戦慄くサリオンの歯の音が止むまで、しっかり抱いていてくれた。
サリオンの乱れた髪を梳き撫でて、アルベルトもまた髪に頬を押し当てた。
「……どうして、ここに?」
人心地ついてから、サリオンは彼の胸に抱かれたまま、かすれた声でぽつりと訊ねた。
「あの後、最初は部屋の外から悲鳴のような声がした。それから廊下が騒々しくなり、物が壊れる音もした。館内にダビデがいるのはわかっていたから、騒ぎの部屋を確かめた。もし、騒動の発端がダビデなら、止められるのは俺だけだからな」
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