117 / 306
第三章 争奪戦
第28話 天上人
しおりを挟む
サリオンは自分の居室に帰って来ると、手燭を窓辺のテーブルに置き、カビ臭いベッドに横たわる。
イアコブが宴席を終えたのは、予測した通り夜の十時過ぎだった。
デザートが運ばれた頃に下男にレナを呼びに行かせ、束の間イアコブに侍らせた後、二人はレナの居室に入り、自分はここに戻って来た。
先に寝室に赴いたイアコブの隙を見計らい、レナには今夜はイアコブを『フる』ように指示している。
経緯と詳細を説明するだけの時間の余裕はなかったのだが、「……いいの?」と、レナは不安げに、小首を傾げて見上げてきた。
「イアコブと床入りしたいなら、それはそれで構わない。お前の自由だ」
一年中、発情期と同じ身体にさせられたレナにとっては、数日ぶりの性交だ。
まだ足りないというのなら、こちらの都合でレナの意思を無視することはできないと、サリオンは言い足した。
すると、レナは顔を伏せて失笑した。
「まさか」
と、小声で付け足した。
だとしたら、今頃はレナも『少々御待ち頂けますか?』の常套句で、アコブを寝室のベッドに残し、部屋を出て、もう一度、男娼用の浴場に浸かりに行っているはずだ。
イアコブと寝るつもりがないなら、施した化粧を浴場で落とし、蒸し風呂にでも籠っているか、香油のオイルマッサージを、浴場内の個室で下男に受けるなどして、イアコブに買われた時間を悠々自適に潰せる身分だ。
また、宴席を終えた客が床入りを果たしたら、しばらくの間、側付きとしての仕事はない。
客が予め決めた退室時間になった際には知らせに行き、退出を促さなくてはならないが、それまでは食事をしたり仮眠をするなど、僅かな自由が許される。
営業終了の大引の時刻も近づきつつある。
どうやら昨夜、ダビデが起こした理不尽な騒動もなさそうだ。
客がごねたりしなければ、その場を収める『廻し』としての呼び出しにも応じずに済む。
サリオンは藁わらを詰めた固いベッドで仰向けになり、「疲れた」と、一人きりの粗末な部屋で口に出す。
重い目蓋を伏せる時、眉間に皺が刻まれる。
投げ出した腕に窓辺からの隙間風を感じると、心もとない気持ちになる。
薄暗い壁に投影された手職の炎も揺れていた。
昨夜、アルベルトは「ここに来なければ、お前に会えない」と、胸の奥を掻きむしるようにして言及した。
それは自分も同じ立場だ。
アルベルトが公娼に来なければ、彼には会えない。
テオクウィントス帝国の皇帝は、高台にある荘厳な宮殿で、大理石と黄金と宝石に埋もれるようにして暮らしている。
そもそも敗戦国から奴隷として連行され、公娼の主人に買われた奴隷のオメガが、その尊顔を拝謁できる相手ですらない。
アルベルトが足を運んでくれなければ、そしてレナを相方として選んでくれていなければ、会うこともできない天上人だ。
雲の上の人なのだ。
イアコブが宴席を終えたのは、予測した通り夜の十時過ぎだった。
デザートが運ばれた頃に下男にレナを呼びに行かせ、束の間イアコブに侍らせた後、二人はレナの居室に入り、自分はここに戻って来た。
先に寝室に赴いたイアコブの隙を見計らい、レナには今夜はイアコブを『フる』ように指示している。
経緯と詳細を説明するだけの時間の余裕はなかったのだが、「……いいの?」と、レナは不安げに、小首を傾げて見上げてきた。
「イアコブと床入りしたいなら、それはそれで構わない。お前の自由だ」
一年中、発情期と同じ身体にさせられたレナにとっては、数日ぶりの性交だ。
まだ足りないというのなら、こちらの都合でレナの意思を無視することはできないと、サリオンは言い足した。
すると、レナは顔を伏せて失笑した。
「まさか」
と、小声で付け足した。
だとしたら、今頃はレナも『少々御待ち頂けますか?』の常套句で、アコブを寝室のベッドに残し、部屋を出て、もう一度、男娼用の浴場に浸かりに行っているはずだ。
イアコブと寝るつもりがないなら、施した化粧を浴場で落とし、蒸し風呂にでも籠っているか、香油のオイルマッサージを、浴場内の個室で下男に受けるなどして、イアコブに買われた時間を悠々自適に潰せる身分だ。
また、宴席を終えた客が床入りを果たしたら、しばらくの間、側付きとしての仕事はない。
客が予め決めた退室時間になった際には知らせに行き、退出を促さなくてはならないが、それまでは食事をしたり仮眠をするなど、僅かな自由が許される。
営業終了の大引の時刻も近づきつつある。
どうやら昨夜、ダビデが起こした理不尽な騒動もなさそうだ。
客がごねたりしなければ、その場を収める『廻し』としての呼び出しにも応じずに済む。
サリオンは藁わらを詰めた固いベッドで仰向けになり、「疲れた」と、一人きりの粗末な部屋で口に出す。
重い目蓋を伏せる時、眉間に皺が刻まれる。
投げ出した腕に窓辺からの隙間風を感じると、心もとない気持ちになる。
薄暗い壁に投影された手職の炎も揺れていた。
昨夜、アルベルトは「ここに来なければ、お前に会えない」と、胸の奥を掻きむしるようにして言及した。
それは自分も同じ立場だ。
アルベルトが公娼に来なければ、彼には会えない。
テオクウィントス帝国の皇帝は、高台にある荘厳な宮殿で、大理石と黄金と宝石に埋もれるようにして暮らしている。
そもそも敗戦国から奴隷として連行され、公娼の主人に買われた奴隷のオメガが、その尊顔を拝謁できる相手ですらない。
アルベルトが足を運んでくれなければ、そしてレナを相方として選んでくれていなければ、会うこともできない天上人だ。
雲の上の人なのだ。
10
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる