190 / 306
第四章 逆転
第8話 今まで何のために
しおりを挟む
終焉は、いつも突然訪れる。
大切でかけがえのない人ほど神は容赦なく奪い去る。
いったい今まで何のために奔走したのか問うたびに、虚しさだけが胸に湧く。
まんまと策に乗せられた自分に対する憤り。
それでも自分がレナにアルベルトの子を、皇太子を産んでくれと言ったのだ。
その要望に応えたレナを、責める権利はどこにもない。
サリオンは十字架の張りつけの刑に処せられたキリストのように無力に項垂れ、二階のレナの居室から廊下を渡り、正面玄関に移動する。
足が勝手に向かい出す。
レナ専属の側付きと、館内のいざこざを収める『廻し』の務めも兼ねるため、営業開始時には必ず玄関に立つ。
来客同士、同時間に目当てのオメガを指名するなどした場合、どちらの客を優先するのか判断し、後回しにした客の機嫌を取ったりするのも、役目のひとつだ。
心が少しも追いつかないのに、それらの業務に徹したい。
夕方に、レナの支度を手伝いうために居室に入った瞬間から、これまでの当たり前の日常が、当たり前ではなくなった。
今の自分は 無くしてしまったレナと自分の『いつもの二人』の 鱗片を、館内に、どこかに、あてどなく探し求める迷い子だ。
薄暗い廊下の壁掛けランプの蝋燭に、下男が火をつけて回っている。
サリオンが前を通るたび、点された火が揺らめいた。
失ったのはレナだけか?
左右のランプに点された火が揺らぐ中、サリオンは自問する。
失くせば、きっと体の一部が欠けたように感じるものまで同時に失う。
それらは指の隙間から、 砂塵のように流れ落ち、風にあおられ、霧散するのだ。
目の前で。
足早に廊下を通り抜け、高い円天井に極彩色で女神が書かれた大ホールに繋がる大階段を、駆け下りかけた時だった。
大理石の大階段で足を滑らせ、転倒しかけた自分を「おい、危ね……っ!」という、焦った声を背後で発した誰かの腕が腹に回り、しっかり抱き止められていた。
「……ミハエル様……」
甘さの中にも、鼻腔をツンと刺激する香油の薫りに包まれて、サリオンは肩越しに振り返る。
アルベルトの従弟でもあり、傍若無人なダビデ提督に指名をされたが、果敢に拒絶し、オリバーが代わりに身籠るきっかけになった騒動の当事者だ。
大切でかけがえのない人ほど神は容赦なく奪い去る。
いったい今まで何のために奔走したのか問うたびに、虚しさだけが胸に湧く。
まんまと策に乗せられた自分に対する憤り。
それでも自分がレナにアルベルトの子を、皇太子を産んでくれと言ったのだ。
その要望に応えたレナを、責める権利はどこにもない。
サリオンは十字架の張りつけの刑に処せられたキリストのように無力に項垂れ、二階のレナの居室から廊下を渡り、正面玄関に移動する。
足が勝手に向かい出す。
レナ専属の側付きと、館内のいざこざを収める『廻し』の務めも兼ねるため、営業開始時には必ず玄関に立つ。
来客同士、同時間に目当てのオメガを指名するなどした場合、どちらの客を優先するのか判断し、後回しにした客の機嫌を取ったりするのも、役目のひとつだ。
心が少しも追いつかないのに、それらの業務に徹したい。
夕方に、レナの支度を手伝いうために居室に入った瞬間から、これまでの当たり前の日常が、当たり前ではなくなった。
今の自分は 無くしてしまったレナと自分の『いつもの二人』の 鱗片を、館内に、どこかに、あてどなく探し求める迷い子だ。
薄暗い廊下の壁掛けランプの蝋燭に、下男が火をつけて回っている。
サリオンが前を通るたび、点された火が揺らめいた。
失ったのはレナだけか?
左右のランプに点された火が揺らぐ中、サリオンは自問する。
失くせば、きっと体の一部が欠けたように感じるものまで同時に失う。
それらは指の隙間から、 砂塵のように流れ落ち、風にあおられ、霧散するのだ。
目の前で。
足早に廊下を通り抜け、高い円天井に極彩色で女神が書かれた大ホールに繋がる大階段を、駆け下りかけた時だった。
大理石の大階段で足を滑らせ、転倒しかけた自分を「おい、危ね……っ!」という、焦った声を背後で発した誰かの腕が腹に回り、しっかり抱き止められていた。
「……ミハエル様……」
甘さの中にも、鼻腔をツンと刺激する香油の薫りに包まれて、サリオンは肩越しに振り返る。
アルベルトの従弟でもあり、傍若無人なダビデ提督に指名をされたが、果敢に拒絶し、オリバーが代わりに身籠るきっかけになった騒動の当事者だ。
10
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる