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第四章 逆転
第12話 あの頃のまま
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「俺以外の男には、指一本でも触れさせるな……」
伏し目になったアルベルトは、あっけにとられたサリオンの右手を敬うように掬すくい上げ、手の甲に口づけた。
「……陛下っ!」
正気に戻ったサリオンは、金切声を張り上げた。
直後にサリオンは首を射竦め、引き戻した手で思わず口を塞いでいた。
目だけを左右に動かして、来館した客の反応を確かめる。
幸い大階段に人通りはなく、ホールに佇む客達が、怪訝な顔でこちらを見上げているだけだ。
来館した客が行き来するホールの大階段で、一体何をしているのか。
サリオンは、客の耳目を集めるような失態を、思わず犯した自分に自分で歯噛みする。
そして、規律に反する不埒な客を毅然きぜんと見上げたサリオンは、アルベルトの薄茶色の瞳に見つめ返され、ドキリとした。
眉は切なげにひそめられ、口を固く閉ざしている。
眇められた双眸は、逃げ場を失くした動物にも似た悲愴な光を帯びている。
「それでは饗宴の間に、ご案内致します」
案内も何も、最も豪華で華やかな饗宴の間は皇帝以外に用いらせない。
今更なのだが、サリオンは苦笑しながら会釈した。形骸化した手順を敢えて踏襲踏襲した。
そうして出会ったばかりのあの頃に、二人の時間を巻き戻す。
皇帝にレナを引き合わせるため、奔走していた、あの頃に。
唯一無二の番の命を、なぶり殺しで奪った敵国。その侵略国の皇帝から求愛される、いかがわしさ。
虫唾が走る思いをした頃。
アルベルトもレナも自分も、あの頃にまで回帰した。
そうすれば、誰のことをも責めずにいられる。
結ばれるべき二人が結ばれ、世継ぎを孕んだ栄誉ある昼三を、売り物としての公娼男娼の呪縛から、解放させてやれると、祝福したに違いない。
サリオンはアルベルトが後に続くものとして、大階段を降り始めた。
この手にキスした唇で、アルベルトはレナの肌を吸い上げる。
絹のように肌理きめの細かいレナのうなじを舐める舌。今夜の閨を想起するたび、落胆と憤怒が同時に吹き出し、業火となって胸で逆巻く。
足早に階段を下りたサリオンは、正面玄関の大ホールを起点にして、いくつも伸びる廊下の中から南館へと通じる廊下を突き進む。
廊下のタイルの上を歩く自分のサンダルの靴音が尖っていた。
その一方で、背後のアルベルトの靴音は、一定していて迷いがない。
ミハエルへの対抗心を剥き出しにしたり、手の甲に口づけるなど、全身で恋慕を語ってみせても、結局は饗宴の間でレナを迎える男の足音。
その足で寝所に向かうであろう男。
これまでこうして何度アルベルトを南館へと誘っただろう。
在りし日の記憶の糸をたぐり寄せ、サリオンは徐々に項垂れた。
宴席にレナを侍らせながらも、アルベルトは下男の廻しの気を引くことだけ考えた。
それがわかっていたからこそ、仏頂面をしながらも、足取りはむしろ軽かった。
けれども違う。
今夜は違う。
サリオンは、手の甲に残された唇の熱さと柔らかさを反芻する。
伏し目になったアルベルトは、あっけにとられたサリオンの右手を敬うように掬すくい上げ、手の甲に口づけた。
「……陛下っ!」
正気に戻ったサリオンは、金切声を張り上げた。
直後にサリオンは首を射竦め、引き戻した手で思わず口を塞いでいた。
目だけを左右に動かして、来館した客の反応を確かめる。
幸い大階段に人通りはなく、ホールに佇む客達が、怪訝な顔でこちらを見上げているだけだ。
来館した客が行き来するホールの大階段で、一体何をしているのか。
サリオンは、客の耳目を集めるような失態を、思わず犯した自分に自分で歯噛みする。
そして、規律に反する不埒な客を毅然きぜんと見上げたサリオンは、アルベルトの薄茶色の瞳に見つめ返され、ドキリとした。
眉は切なげにひそめられ、口を固く閉ざしている。
眇められた双眸は、逃げ場を失くした動物にも似た悲愴な光を帯びている。
「それでは饗宴の間に、ご案内致します」
案内も何も、最も豪華で華やかな饗宴の間は皇帝以外に用いらせない。
今更なのだが、サリオンは苦笑しながら会釈した。形骸化した手順を敢えて踏襲踏襲した。
そうして出会ったばかりのあの頃に、二人の時間を巻き戻す。
皇帝にレナを引き合わせるため、奔走していた、あの頃に。
唯一無二の番の命を、なぶり殺しで奪った敵国。その侵略国の皇帝から求愛される、いかがわしさ。
虫唾が走る思いをした頃。
アルベルトもレナも自分も、あの頃にまで回帰した。
そうすれば、誰のことをも責めずにいられる。
結ばれるべき二人が結ばれ、世継ぎを孕んだ栄誉ある昼三を、売り物としての公娼男娼の呪縛から、解放させてやれると、祝福したに違いない。
サリオンはアルベルトが後に続くものとして、大階段を降り始めた。
この手にキスした唇で、アルベルトはレナの肌を吸い上げる。
絹のように肌理きめの細かいレナのうなじを舐める舌。今夜の閨を想起するたび、落胆と憤怒が同時に吹き出し、業火となって胸で逆巻く。
足早に階段を下りたサリオンは、正面玄関の大ホールを起点にして、いくつも伸びる廊下の中から南館へと通じる廊下を突き進む。
廊下のタイルの上を歩く自分のサンダルの靴音が尖っていた。
その一方で、背後のアルベルトの靴音は、一定していて迷いがない。
ミハエルへの対抗心を剥き出しにしたり、手の甲に口づけるなど、全身で恋慕を語ってみせても、結局は饗宴の間でレナを迎える男の足音。
その足で寝所に向かうであろう男。
これまでこうして何度アルベルトを南館へと誘っただろう。
在りし日の記憶の糸をたぐり寄せ、サリオンは徐々に項垂れた。
宴席にレナを侍らせながらも、アルベルトは下男の廻しの気を引くことだけ考えた。
それがわかっていたからこそ、仏頂面をしながらも、足取りはむしろ軽かった。
けれども違う。
今夜は違う。
サリオンは、手の甲に残された唇の熱さと柔らかさを反芻する。
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