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第五章 皇帝の寵姫として

第67話 木綿と絹

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 少しでも気をゆるせば、アルベルトに心まで持っていかれてしまいそうで怖くなる。
 湯舟に深く浸かったサリオンは両手ですくった湯に映る自分を凝視した。

 そのくせレナの足元にも及ばない自分なんかで本当にアルベルトは満足できているのだろうかと、不安にもなる。
 その前に、激しく抱き合えば抱き合うほどに、どこか醒めた目で見る自分に、アルベルトはきっと気がついているだろう。

 ヒートでさえも打ち破れない心の隔たり。
 
 サリオンは湯を肩にかけつつ憂苦に浸る。
 アルベルトにどんなに抱き潰されても心を開いた訳ではない。

 湯舟からタイル貼りの床にあがり、脱衣所で身体を拭いた。
 吸われたり噛まれたりした痕跡が、まざまざと残る身体に貫頭衣を被る。

 また、今回用意された貫頭衣は木綿ではなく、肌が透けない程度の絹地に変わり、丸い襟首や裾の辺りにダイヤモンドをちりばめた銀糸の刺繍がほどこされた豪華さだ。
 レナとの再会で、レナに一笑されたあの時受けた屈辱をアルベルトはちゃんと気づいていたのかと、胸が熱くなってくる。
 
「だけど、これじゃあ泥まみれにはできないよ」

 ヒートが始まり、まもなく終わろうとしているが、どんなに短い時間でも抱き合う方へと時間をさいた。
 ヒートが終われば、猛るようにアルベルトを求めることもなくなるだろう。

 脱衣所を出て、寝室の衣装棚の両開け扉を開けたサリオンは、普段着として用意された木綿の貫頭衣を探し出し、その場で着替えた。
 木綿といえども庶民はなかなか手は出せない。
 位の低いアルファやベータは肌触りの悪いごわごわした麻の貫頭衣を普段から用いている。
 王宮に召されたミハエルも話し相手とはいえ、召使いという位置づけをされ、麻の貫頭衣をまとっている。

「いつの間に……」

 服の棚には木綿の貫頭衣以外に、今回用意されたような絹の貫頭衣がぎっしり用意されていた。
 けれども、しばらくの間は無用の長物になりそうだ。
 着替えたサリオンは、最初からこんな豪華な衣装の出番はないと見越して、あえて木綿で用意をしたのかとも思ったりした。
 だとしたら、日中は木綿の貫頭衣を着て庭仕事に励むとして、日が暮れたらせっかく恋人が用意してくれたこの絹の貫頭衣で着飾ろう。
 
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