できそこないの幸せ

さくら怜音/黒桜

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第二章 明けない曇り空

11 夢の舞台へ

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食欲もすっかり戻ったし、蒸し暑い気候も不快に思わない。実に現金な身体をしているものだ。勝行は鼻歌を歌いながら、今夜のライブ招待状を眺めていた。
期末試験が終わって晴々とした顔をしているのはどちらかというと自分の方かもしれない。
光にライブができるぞと言って勉強を焚きつけたが、同時に勝行自身への言い聞かせでもあった。苦労した甲斐あってテストの手応えもあったし、ひとまず内申点はほぼ満点でもらえそうだ。この点があれば入試当日に多少つまづいても挽回できるはず。


「今日のライブは誰が出るの?」
「光は知らないかなあ……コア・Mっていうバンド」
「知らねーな」
「ハードコア系のビジュアルバンドに近いかな。スピードの乗ったギターが気取ってなくてかっこいいんだ。俺も事務所つながりで教えてもらったばかりなんだよ。曲いくつかダウンロードしてるけど、聴いてみる?」

移動中の車内で光とイヤホンを半分こしながら、先輩バンドマンの尖ったロックナンバーをチェックする。聴覚過敏な光は爆音が苦手なので、ボリュームは控えめに。後部座席で頭をくっつけあい、二人でしばし片耳の音楽に浸る。

「光。WINGSにさ。大きなイベントライブのオファーが来たって話したの、覚えてる?」
「ああ……えっと……いつもと違うライブハウスで歌えるかもって言ってた」
「そう、それ。保さんに相談したらまずは会場の規模とかセッティングの様子を確認してこいって。あと先輩のライブを観て勉強しておいでって。その後、俺たちの感想と報告を聞いてから事務所経由で返事するって言ってくれた」
「それがこのチケット?」
「うん。実際に呼ばれたイベントとは違うけど、同じ規模でやる別主宰のフェスらしい。ステージ裏まで観に行きたいんだけど入れるかなあ……さすがに今日は無理かな。同じ事務所だけど向こうはベテランだしなあ」

今日この後の予定も、明日の予定も、願わくはやりたいと思っていることも、書く場所がなくなるほどぎっしり詰め込んである。これが全部実現できるかどうかは自分次第だ。

「オファーがきたイベントは中規模の屋内フェスだけど、野外フェスへのオーディションも兼ねてるんだ。うまくいけば、外のデカいステージでも歌えるかもしれない。……いや、きっとできる。光のピアノさえあれば」
「お前、相変わらず俺のこと過大評価しすぎじゃねえか?」
「そんなことはないよ。でもこれはチャンスだから、逃さないわけにはいかないだろ」
この夏休み、少しでもバンドの知名度や実績を上げて確固たる地位を手に入れたい。そのために一学期は無理してまで勉強漬けで頑張ってきた。勝行にとって、WINGSにとっての夏休みは勝負でもあるのだ。
「去年の今ごろはCDデビューができたって喜んでたなあ。デビューシングル引っ提げてさ、地方のお店にライブしに回ったよね」
「ああ、そんなこともあったな。もう一年かあ」

そう、もうすぐWINGSはメジャーデビュー一周年を迎える。明日はその前哨戦として、少々長めにライブをやらせてもらう予定だ。

「もうすぐ周年記念にファーストアルバムが出せる。これの楽曲しばりでセトリも用意したし、お前が検査入院してる間にこっちで全部準備しとくから。退院したらこの大舞台でやらせてもらおう、一周年記念ライブ」

片岡の運転する送迎車がすっと駐車場に入る。勝行は光の手を引いて車から降り、渋谷のライブコンサートビルを一望できる玄関前に案内した。

「……え……でっかい建物。ここでやるの? 俺たちのライブ」
「いずれはね、もう夢じゃないんだよ。もうすぐ叶う、近い未来の話だ」

光は不思議そうにきょろきょろしながら、時折人混みに驚いて背中にしがみついてくる。すでに開場時間を過ぎていたせいか、ロビーはあふれんばかりの一般客でいっぱいだった。この中で光が怯えたりはぐれたりしないよう気を付けなければならない。はたと気づき、勝行は慌てて振り返った。すでに不安そうな顔をしている光の姿が見えた。

「なんか、俺ばっか興奮しちゃっててテンション高すぎたかな。光、楽しくない?」
「え? いや……別に……楽しくないわけじゃないけど。人が多いから……ちょっと驚いたっていうか……」
「大丈夫ですよ、隣には勝行さんがいて、後ろは私が守っておりますから」
「そうですね、よろしくお願いします」

少し離れた後ろから声をかけてくれるのは片岡荘介。おろしたてのネクタイをぴしっと決めて、若者だらけのロックイベントに入ろうとしているのは少々滑稽だが、背に腹は代えられないので今日のガードマンは彼頼みだ。

「行こう、光」

そう言って片手を差しだすと、光は嬉しそうに手を繋いでくる。勝行が行くところなら、どこにでもついていくと言ってくれる。

「俺はお前を、いずれ日本一デカい音楽フェスの野外ステージに立たせたいんだ。そのためにも、まずはここのステージから」

チケットを取り出し、勝行は光を連れて意気揚々とライブ会場に乗り込んだ。
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