29 / 165
第二章 明けない曇り空
12
しおりを挟む
ズンズンと腹の底に響くベース音、テレキャスギターがジャキジャキ繋ぐケーデンスの連続ターン。如何にもロックを楽しもうぜ、と全身全霊で主張してくる音の中、観客が思い思いに手を挙げ身体でリズムを刻んでいる。
ヘヴィメタルまではいかないが、ハードロックというだけあって、心臓にズドンと直接語り掛けてくる。音が重い。会場の音響効果も相まって、まるで音楽で殴り合いのバトルをしているようだ。
「こういうの、光は好きか? 俺は結構好きなんだけど」
「……」
光は隣で呆然とステージを観ている。大きめの声で話しかけたつもりだが、全然聞こえていないようだ。新しい世界を初めて観た時の、驚きの顔をしている。きっとこんなライブ、来たことも見たこともなかったのだろう。
(そりゃあ、病院でピアノ弾いてばっかだったら知らないよな)
そういう勝行自身も、あまり本格的なライブは参戦したことがなかった。いつもINFINITYで小規模ライブを手伝っているが、それとは比べ物にならない。それにこのバンドの楽曲は鬱や不条理を叩き割っていくような好戦的スタイル。ファンは二十代の若者や、世の中に少々不満を抱えて生きるストレス社会の犠牲者が多そうだ。まさにここで一緒に歌って暴れて高揚した気分になれる。
歌詞を知らなくてもギタリストの誘うようなテンションのせいか、身体が勝手にリズムを刻んでしまう。巧みなその演奏とボーカルの力強い歌声には不思議な訴求力がある。何かを腹にため込んでいるリスナーの体内に入り込み、間接的に感情操作してくるのがわかる。
「俺もこんなの作ってみたくなったなあ。なんかこう、腹の中にたまったもやもや全部ぶっ壊せるような曲」
最初にロックが好きになった理由もそうだった。表にうまく出せない攻撃性をギターの演奏音にかき混ぜて誤魔化してみたこともある。当然いい曲は生まれなかったけれど、叫びたいメッセージがきちんとメロディにのれば、誰もが共感できる楽曲が作れるはず。
こういう「みんなで腹の底から叫び合える」曲がWINGSにはまだ足りない気がする。
(もっとアレンジがんばらないと……同じメッセージでも、演奏アレンジひとつで全然人の動かし方が違う。ステージに合った編曲は絶対必要だ)
本当はプロデューサーの置鮎保には、ここでライブするのは時期尚早だと難色を示された。体よく反対されたのだ。
一度ライブを観に行けばわかる、テストが終わったらこれに行ってこいと言ってチケットをくれた理由が少しわかった気がした。
(光の体調を心配するような言い回ししてたけど、本当は完全に俺へのけん制だ……今の俺のレベルじゃ、この会場内の全てと一体になる音楽は作れないって言われたようなもんじゃないか)
わかった途端、悔しい気持ちでいっぱいになる。光の体調管理と勉強に時間を取られ過ぎていて忘れていたが、まだまだ、音楽業界の中にいる【相羽勝行】は新人のひよっこなのだ。学年一位の成績をすごいとちやほやされる学校とはわけが違う。
だが勝行には最も強力な武器がある。奇才【今西光】の予想だにしない自由奔放なピアノメロディとそのパフォーマンスは、この会場中の観客を湧きあがらせることができるだろう。
それを絶対に潰すわけにはいかない。当然、他人に潰させるわけにもいかない。己自身が半端なアレンジをして台無しにすることも許さない。
(やる気、爆上がりなんだけど。保さんは俺が怖気づくとでも思ったのかな。悔しいけど、こんなところで躓いていられるか)
「なあ、光。俺たちもここでライブしたいと思わないか。お前のピアノ、これぐらいの大きな会場に響かせて、客席中俺たちの音楽で埋め尽くしてさ、みんなに聴かせたいよ。お前をあのステージに立たせてあげたい。絶対すごいことになる」
「……」
「光、さっきからどうした? ぼうっとして。――ライブに夢中なのかな」
「本当に音楽がお好きなんですねえ」
「直立不動のスーツ姿でこんなライブ聴いてるのも、なんかおかしいけどね」
光を挟んだ向こう側で微笑む片岡にそんな冗談を飛ばしてみたら、「お二人の警護中ですから」と真面目に答えられてしまった。
「WINGSのライブの時は、私はペンライトを振ってますよ」
「ええっ……そういうアイドルみたいなのはいいです、恥ずかしいからやめてください」
「だめですか? 先日WINGSの公式グッズとして、ネット限定販売してたんですよ」
「そ、そんなのあるんだ……知らなかった……事務所の広報戦略かな……」
明日のライブはいつものゲリラ出演予定なので、ライブの予告はどこにもしていない。だがそんなグッズを買ってまで準備してくれるファンがいるのなら、一刻も早く大きな会場でワンマンで歌えるようなバンドに成長したいと勝行は思った。
興奮冷めやらぬうちにライブは終幕を迎えた。満員の会場から一斉に人が出ることを考えると移動が困難なので、勝行は早めに表に出ることにした。相変わらずぼうっと音楽を聴いている光の手を引き「行くよ」と連れ出す。
「どうだった光、いい施設だと思わないか。俺たちにはまだ早いかもしれないけど、でもファーストアルバムを引っ提げてここのイベントに出たら、いい宣伝になると思うんだ」
「……」
光はまだ呆然としたまま、無言で空を見つめていた。この時初めて勝行は光がおかしいことに気づく。振り返り、光の身体を揺さぶってみた。
「光、大丈夫か? なんか……現実に戻ってきてない感じだけど」
「……かつゆき……」
「なに、聞いてたか? ……っておいっなんだよ急に」
突然物凄い勢いで抱きつかれ、勝行は慌てふためいた。感極まったのはわからなくもないが、こんなに往来の激しい場所でハグやキスをされるわけにはいかない。
「やめ、ここ外なんだけど」
「……っ」
「……光?」
「ゲホッ、ゲホゴホッ」
その身体はひどく冷えていて、小刻みに震えていた。喘息の発作のような咳を繰り返しながら、光は勝行の身体にしがみついて離れない。顔色も真っ青だ。
「だっ……大丈夫か光。片岡さん、急いで車に戻りましょう」
「かしこまりました。歩けますか、光さん」
片岡がすっと手を差し伸べるも、光の意識はすでに朦朧としていて返事すらできそうになかった。抱き上げようとするも、間髪入れずに片岡が代わりに持ち上げてくれる。悔しいが自分が抱き上げるよりは片岡に任せた方が一秒でも早く戻れる。それに抱っこをすれば「やめろ」と恥ずかしがるはずの光だが、苦し気に浅い呼吸をするばかりで、なんの抵抗もしない。
「早く戻ろう、きっと吸入が必要だ……車内にキットがあるはず」
「そのまま病院に直行しますね」
なぜその時突然喘息発作が出たのか――勝行には全然わからなかった。光が手を伸ばしながらか細い声で「かつゆき」と訴える姿にも気づくことはなかった。
ヘヴィメタルまではいかないが、ハードロックというだけあって、心臓にズドンと直接語り掛けてくる。音が重い。会場の音響効果も相まって、まるで音楽で殴り合いのバトルをしているようだ。
「こういうの、光は好きか? 俺は結構好きなんだけど」
「……」
光は隣で呆然とステージを観ている。大きめの声で話しかけたつもりだが、全然聞こえていないようだ。新しい世界を初めて観た時の、驚きの顔をしている。きっとこんなライブ、来たことも見たこともなかったのだろう。
(そりゃあ、病院でピアノ弾いてばっかだったら知らないよな)
そういう勝行自身も、あまり本格的なライブは参戦したことがなかった。いつもINFINITYで小規模ライブを手伝っているが、それとは比べ物にならない。それにこのバンドの楽曲は鬱や不条理を叩き割っていくような好戦的スタイル。ファンは二十代の若者や、世の中に少々不満を抱えて生きるストレス社会の犠牲者が多そうだ。まさにここで一緒に歌って暴れて高揚した気分になれる。
歌詞を知らなくてもギタリストの誘うようなテンションのせいか、身体が勝手にリズムを刻んでしまう。巧みなその演奏とボーカルの力強い歌声には不思議な訴求力がある。何かを腹にため込んでいるリスナーの体内に入り込み、間接的に感情操作してくるのがわかる。
「俺もこんなの作ってみたくなったなあ。なんかこう、腹の中にたまったもやもや全部ぶっ壊せるような曲」
最初にロックが好きになった理由もそうだった。表にうまく出せない攻撃性をギターの演奏音にかき混ぜて誤魔化してみたこともある。当然いい曲は生まれなかったけれど、叫びたいメッセージがきちんとメロディにのれば、誰もが共感できる楽曲が作れるはず。
こういう「みんなで腹の底から叫び合える」曲がWINGSにはまだ足りない気がする。
(もっとアレンジがんばらないと……同じメッセージでも、演奏アレンジひとつで全然人の動かし方が違う。ステージに合った編曲は絶対必要だ)
本当はプロデューサーの置鮎保には、ここでライブするのは時期尚早だと難色を示された。体よく反対されたのだ。
一度ライブを観に行けばわかる、テストが終わったらこれに行ってこいと言ってチケットをくれた理由が少しわかった気がした。
(光の体調を心配するような言い回ししてたけど、本当は完全に俺へのけん制だ……今の俺のレベルじゃ、この会場内の全てと一体になる音楽は作れないって言われたようなもんじゃないか)
わかった途端、悔しい気持ちでいっぱいになる。光の体調管理と勉強に時間を取られ過ぎていて忘れていたが、まだまだ、音楽業界の中にいる【相羽勝行】は新人のひよっこなのだ。学年一位の成績をすごいとちやほやされる学校とはわけが違う。
だが勝行には最も強力な武器がある。奇才【今西光】の予想だにしない自由奔放なピアノメロディとそのパフォーマンスは、この会場中の観客を湧きあがらせることができるだろう。
それを絶対に潰すわけにはいかない。当然、他人に潰させるわけにもいかない。己自身が半端なアレンジをして台無しにすることも許さない。
(やる気、爆上がりなんだけど。保さんは俺が怖気づくとでも思ったのかな。悔しいけど、こんなところで躓いていられるか)
「なあ、光。俺たちもここでライブしたいと思わないか。お前のピアノ、これぐらいの大きな会場に響かせて、客席中俺たちの音楽で埋め尽くしてさ、みんなに聴かせたいよ。お前をあのステージに立たせてあげたい。絶対すごいことになる」
「……」
「光、さっきからどうした? ぼうっとして。――ライブに夢中なのかな」
「本当に音楽がお好きなんですねえ」
「直立不動のスーツ姿でこんなライブ聴いてるのも、なんかおかしいけどね」
光を挟んだ向こう側で微笑む片岡にそんな冗談を飛ばしてみたら、「お二人の警護中ですから」と真面目に答えられてしまった。
「WINGSのライブの時は、私はペンライトを振ってますよ」
「ええっ……そういうアイドルみたいなのはいいです、恥ずかしいからやめてください」
「だめですか? 先日WINGSの公式グッズとして、ネット限定販売してたんですよ」
「そ、そんなのあるんだ……知らなかった……事務所の広報戦略かな……」
明日のライブはいつものゲリラ出演予定なので、ライブの予告はどこにもしていない。だがそんなグッズを買ってまで準備してくれるファンがいるのなら、一刻も早く大きな会場でワンマンで歌えるようなバンドに成長したいと勝行は思った。
興奮冷めやらぬうちにライブは終幕を迎えた。満員の会場から一斉に人が出ることを考えると移動が困難なので、勝行は早めに表に出ることにした。相変わらずぼうっと音楽を聴いている光の手を引き「行くよ」と連れ出す。
「どうだった光、いい施設だと思わないか。俺たちにはまだ早いかもしれないけど、でもファーストアルバムを引っ提げてここのイベントに出たら、いい宣伝になると思うんだ」
「……」
光はまだ呆然としたまま、無言で空を見つめていた。この時初めて勝行は光がおかしいことに気づく。振り返り、光の身体を揺さぶってみた。
「光、大丈夫か? なんか……現実に戻ってきてない感じだけど」
「……かつゆき……」
「なに、聞いてたか? ……っておいっなんだよ急に」
突然物凄い勢いで抱きつかれ、勝行は慌てふためいた。感極まったのはわからなくもないが、こんなに往来の激しい場所でハグやキスをされるわけにはいかない。
「やめ、ここ外なんだけど」
「……っ」
「……光?」
「ゲホッ、ゲホゴホッ」
その身体はひどく冷えていて、小刻みに震えていた。喘息の発作のような咳を繰り返しながら、光は勝行の身体にしがみついて離れない。顔色も真っ青だ。
「だっ……大丈夫か光。片岡さん、急いで車に戻りましょう」
「かしこまりました。歩けますか、光さん」
片岡がすっと手を差し伸べるも、光の意識はすでに朦朧としていて返事すらできそうになかった。抱き上げようとするも、間髪入れずに片岡が代わりに持ち上げてくれる。悔しいが自分が抱き上げるよりは片岡に任せた方が一秒でも早く戻れる。それに抱っこをすれば「やめろ」と恥ずかしがるはずの光だが、苦し気に浅い呼吸をするばかりで、なんの抵抗もしない。
「早く戻ろう、きっと吸入が必要だ……車内にキットがあるはず」
「そのまま病院に直行しますね」
なぜその時突然喘息発作が出たのか――勝行には全然わからなかった。光が手を伸ばしながらか細い声で「かつゆき」と訴える姿にも気づくことはなかった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
【完結済】俺のモノだと言わない彼氏
竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?!
■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる