できそこないの幸せ

さくら怜音/黒桜

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第二章 明けない曇り空

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テスト明けの金曜日。授業はテストを返却してもらう程度で終わり、光と勝行は午後一番にINFINITYへ向かった。

「今日のセットリストはどうしようか」
「ん……勝行のやりたいのでいい。お前が歌いやすい曲で」

そう答えると、光は逃げるように勝行の元を離れ、ステージ上のグランドピアノ前に座り込んだ。とにかく何も考えずピアノとだけ向き合いたかった。人と会話することに疲れたのかもしれない。
勝行は何か言いたそうにしていたが、追いかけてはこなかった。きっと察してくれただろう。
ポロン、トゥン、タララン。
目の前のピアノがかわいい調べを流しながら「どうしたの」と優しく話しかけてくれる。光が落ち込んでいることなど、ピアノはお見通しだ。その証拠に、光の手から流れるメロディはどれもこれも迷いだらけの不協和音ばかり。指をゆらゆら動かしながら、ずれた音階を聴きたいものへとチューニングしていく。光が調子を取り戻すために必ずやる独自の作業だった。

昨夜は怖かった。
耳が痛くなるほどの爆音が響く中、手を繋いでいたはずの勝行や片岡を見失って、冷や汗ばかりかいていた。周りはすごい喧騒だったのに、途中から雑談どころか音楽すら何も聞こえなくなってしまったのだ。あんな経験は初めてだった。
あの会場でライブをしたいと言っていた勝行の気持ちはよくわかる。一周年記念に大きな場所で歌うことは何より快挙だろうし、バックバンドのみんなもきっと一緒に楽しんでくれる。けれど光はどうしても、そのステージに立った未来の自分が想像つかなかった。
光に視えた未来のピアノの前には誰もいない。
「そう遠くない未来」といった勝行の目線は、随分遠くを見つめているような気がしたし、そのまま一人で行ってしまうような錯覚を覚えた。

「……っ」

俺はここにいる、と主張せんばかりに、光はひたすらピアノを演奏し続けた。
かつて自分で作り、勝行に様々なアレンジをしてもらった楽曲ばかりをメドレーでつないでいく。ファーストアルバムに入れた最新曲から、デビュー前に自宅で二人で作った懐かしい曲まで。毎日勝行の歌声で聴いていて、覚えているすべての愛しい楽曲を。


「まだライブ時間じゃないのに、WINGSのピアノソロライブやってるみたいだな」

やがて他のスタッフたちが続々と出勤してくる時間になった。誰が来ても光の演奏は終わらない。ノンストップで流れるWINGSピアノメドレーを作業BGMにしながら、勝行は機材セッティングを続けていた。ピアノの隣で時折ギターをかき鳴らし、客席で確認するスタッフと打ち合わせする。

「今日のセトリは、俺の希望でいいって。……多分、いつ何の曲をぶっこんでもいいよう、練習してるんだと思います」
「へえ。愛されてんなア、勝行」
「あれ聴いてたら、今日は慣れた鉄板曲ばかり選んで、一年の軌跡を追うメドレー風にしてみたいなって思ったんですけど」

勝行の作業を確認しにきた藤田と久我は「演出でセトリ決めるのも悪くないなあ」と笑みを零す。

「そうなんですよね。俺たち昨日、渋谷でコアのイベント観戦してきたんですけど、音の流し方やつなぎが絶妙に巧くて、圧巻でした。どのバンドが入っても違和感なくスムーズに聴こえてきて……機材の違いもあるでしょうけど」
「あーなるほど、レベルの高いライブ観てきてちょっと対抗心メラメラな状態ってわけね」
「光もやる気満々みてえだし、鉄板曲を演出で全然違うものにしちまうのはWINGSのオハコだしな」
「音響でそれをやってみたいってことか……いいんじゃない」
「もう開店するから、そろそろ客も入ってくる。決めるなら今のうちに」
「光はそろそろ引き止めたほうがいいですか?」
「いや……しばらくはいいだろう。なんならお前らが今日のライブのトップバッターをすればいい。あいつあのままライブに突入しても問題なさそうでは?」
「言えてる」

がはははと笑うスタッフたちに囲まれながら、勝行は一度光の様子を伺った。
相変わらずどんなに大声で噂されていてもピアノ以外何も見ない。鍵盤と真剣に向き合い、音を作りながら会話しているように見える。いつも病院のベッドの上でキーボードを弾きながら「早くライブしてえ、家帰りてえ」と口を尖らせていた幼い彼とは違う、天才ピアニストの本気の音作りだ。
同じ場所にいなくても、言いたいことは音だけで通じ合う。そう信じている勝行は「オーナーと最終打ち合わせしてきます」と言って一度ステージ裏を離れた。
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