できそこないの幸せ

さくら怜音/黒桜

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第二章 明けない曇り空

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「そんなデタラメ……っ」
「おっと、殴るのかい? 随分単細胞で頭の悪い子だ」
「……!」

ここで暴力沙汰を起こせば、あんなに努力して頑張っていた勝行が悲しむ原因を作ってしまうかも——。脊髄反射で動いた拳を、ぎりぎりのところで引き止めた。男は襲い掛かる光の拳を避けようともせず、不敵に笑っていた。
チッと舌打ちをして男を睨みつける。その噂はデタラメだと言い張りたい。けれどそれを証明するためには、父親の犯罪を立証しなければいけない。それに最初から反撃されないよう、卑怯な盾を構えている。汚い大人のよくあるやり口だ。

「そうやって俺を陥れようとするくせに、なんで引き抜きの話なんかしてくるんだよ」
「君の才能を買っている。まだ粗削りだが磨けば面白い逸材になりそうだ。それに……」

男は制服ワイシャツの上から光の胸部分をまさぐるように撫で、突起を摘まんで引っ張り上げた。突然の反撃に、光の腰ががくんと揺れる。

「ぁうっ……」
「私は君みたいな気が強いくせに、快楽には弱いタイプが好みなんだ」

男は後ろから羽交い絞めにすると、光の身体を遠慮なくまさぐり「予想通り、いや想像以上に上玉だ」と言いながら耳にキスを仕掛けてくる。

「やめろ、離せ!」
「今日はボーカルくんは来てないのか。本音を言うとあの子が裏の営業担当なのなら、間違いなく君たちWINGSをアイドルバンドとしてトップスターにまで引き上げてみせるんだがね」
「……っ!」
「まあ、君も存分にキレイだ。反応もいい。聞き分けもよさそうだ。私の言いたいことはわかるね?」
「……ん、ぅ……っ」
「もうすぐデビュー一周年なんだそうだね、記念ライブではぜひうちの会場を提供しよう。きっと素晴らしいライブができる」

耳元では勝手に仕事話がどんどん進む。だが身体は気持ちよくなる場所ばかり弄られて、意識がふわついていく。
ごつごつとした手つきで腰回りを何度も撫でられても、乳首をおもちゃのように弄られても、光は必死に声を殺して耐えた。

つまり一度セックスさせろと安易に言っていることはわかる。光が応じなければ勝行に手を出すか、オファーをなかったことにすると言っているのだろう。——そんなこと、させるわけにはいかないし、大人しく言うことを聞いて一度抱かれれば済む話だ。
だが……どうしてもこの男が気持ち悪くて我慢ならない。今にも吐きそうだ。

その指はついに、光の肛門を捉えた。夏服のスラックス越しに、指を押し込めてくる。ブルっと身の毛がよだつ。

「場所を移動しようか。付いてきなさい」

催眠誘導のように囁き、いったん腕を離して肩を組もうとした——その隙に身を捩じった光は、男の顔をカウンターで殴りつけた。
ガンッと派手な音を立てて男は幕内の機材にぶつかり、足をもつれさせながら倒れ込んだ。何かのスイッチがいくつか入ってしまったらしく、キィインと耳障りの悪いハウリング音が鳴り響いた。

「なっ、何をする!」
「……はぁっ……、はあっ……」
「君は本当にバカだな、なんでも暴力で解決しようと」
「うっせえ! このスケベやろう!」

もう何もかもがダメになる。頭の中ではうっすらわかっていたはずなのに、怒りは止められなかった。

「何してる!」

胸倉を掴み、二度目、三度目のパンチをお見舞いしようとしたところで光はオーナーやスタッフ数人の手によって引き剥がされた。それでも光の気はまだ収まらなかった。「離せ!」「勝行に手ぇ出したらぶっ殺すぞ!」などと叫び散らし、ついには喉を枯らして咳き込んだ。
機材とぶつかったタイミングでスピーカーに喧噪音が入ってしまったらしく、客席がざわついている。殴られた側の男は血の滲む唇を拭きながら「責任者は誰だ。従業員にいきなり殴られた、私を誰だと思っている」と大声で叫んだ。その声までもステージ側に放送され、さらに困惑の声が広がっていく。

「光、大丈夫か、何があった」

オーナーはいったん対処をスタッフたちに任せると、興奮気味の光を抑え込んでステージ奥まで引きずり、様子を伺った。
光の目には大粒の涙が溢れ、喘息咳で息苦しそうにしている。その身体はひどく震えているし、シャツは不自然にボタンが外れていた。

「あれは音楽業界では有名な男だ。だがこんな場所にいるべき人間ではない。さては何か嫌なことされたか、言われたか?」
「……っ」

殴ったことを責められなくて、光は驚いた。それから一度だけこくんと頷き、咳き込みながら地べたにうずくまった。これ以上涙を我慢することができなくて、見られたくもなかった。

「そうか……もう大丈夫だ、大丈夫。あとは任せておけ」

オーナーは優しく頭を撫でながらその場を離れた。直後、後ろから「ひかるっ」と叫びながら勝行が駆け寄ってくるのがわかった。「勝行、頼むぞ。光は病院に連れて行った方がいい」と言いながら、オーナーは立ち去って行く。
やがて喘息発作のような咳が止まらなくなった。吸入器をかざし、光の背中を何度もさすりながら、勝行が懸命に看病してくれる。その腕の中で光は何度も「ごめん」と呟いた。けれどその声は小さすぎて、勝行にはうまく伝えられない。代わりに震える手でめいっぱい勝行に抱きつき、その意識を失うまでずっと離さなかった。

何かあったらオーナーが助けてくれる。
それまでは絶対……絶対、あの男に勝行を奪われるわけにはいかない。絶対、離すもんか——
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