できそこないの幸せ

さくら怜音/黒桜

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第五章 VS相羽勝行

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相羽家の医者に会ったのは今冬の事件以来だった。かつて桐吾の事務所で暴行を繰り返された後のずたぼろな姿を看てくれた彼は、今日再び痣だらけの身体を見ても何も言うことはなく、手足の擦り傷に軟膏を塗るだけ。だが診察のために服を脱いだ時、己の姿を見て光は愕然とした。

 (……虫刺されだと思ってたけど……これもしかして全部、あいつの……か)

改めて自分の鈍感さに呆れた。うっ血した痣は首の噛み痕だけじゃない。これでもかと言わんばかりに主張する勝行の印が、全身を覆いつくしていることに気づかなかっただなんて。晴樹に嫌味を言われたり、片岡が妙に目を泳がせていた理由も推して知るべしだった。

「勝行さんは先代にとてもよく似ていらっしゃいます」
「先代って……おじいさん?」
「そうです。昔は総理大臣もお務めになられた偉大な方です。冷酷非道と呼ばれるほど人情よりも効率を重視した政策を打ち出す一方で、家族への愛情が深く、誰よりも家の中の秩序を重んじる方でした」
「……」
「戒律を破る家族には容赦ない処罰を下し、禁固や体罰も厭わない」
「き……」
「勝行さんも、あの家でそのような躾を受けて育ってきたと言えば、少しお分かりいただけますでしょうか」

母屋の奥の使用人休憩室で、片岡は光に茶を差し出しながら静かに語った。
勝行から、子どもの頃は本家で厳しい教育を受けてきたという話は確かに聞いた。そこから逃げ出したくて今必死にあがいていることも知っている。

(じゃあ原因は親父さんじゃなくて、じいさんなのか。なんか……あの家ほんとにめんどくさいっつぅか……しきたり守るためだけに集まって、飯食うとか……他人行儀だなとは思ったけど。みんな周りの人の顔色ばかり窺って、腹の探り合いしてんだろうな)

あんな窮屈な家で育っていれば、自分も気が狂いそうになるに違いないと光は思った。実際に勝行は精神科に通ったことがあるとも聞いて、余計に納得がいく。
 
車での移動中に片岡から聞いた勝行の病名は、解離性同一症。境界性パーソナリティ障害。幼少期からの心的外傷が原因だと思われるが、本家がそれを認めず解明や対策はされていない。片岡が彼の異常に気づいたものの相談できるところがなく、隠れてこっそり知り合いの医者に診察を頼んだそうだ。
そして勝行の主治医として父親と雇用契約を結び、偽物の診断書などを作って祖父母の厳格な教育から引き離したらしい。暴行の傷跡をみても動じないあたり、きっと本家では日常茶飯事にあり得るケースだったのだろう。

「じゃあ勝行は今、病気の薬を飲んで寝てるのか」
「正確にいうと、一服盛りました。と言った方が正しいでしょうか。ここ数日、一睡もしていなかったようなので」

真顔でとんでもないことをさらりと発言されて、光は返す言葉を失った。

「あの方は自ら結果を出せるまではすべての基本生活を投げ捨ててご無理なさる。それをご存知の御父上は目の届く範疇で勝行さんの性活を律したかったでしょうし、心配事をひとつでも減らしたくて光さんに別の護衛をつけたんですよ」
「ああ……わかる。あいつホント昔っからさあ……勉強も曲作りも妥協しないっていうか。寝ること忘れて平気で机に向かい続けてるよな」

ぼそりと呟きながら、そんな息子の性格を知っていた相羽父から高額な給与の入った紙袋を渡されながら「勝行を頼んだよ」と言われた日のことを思い出した。

「いっこだけ確認していいか。片岡のおっさんとあいつの親父さんは、勝行の味方なんだよな?」
「はい。信用していただけますか」
「じゃあ晴樹は? あいつも親父さんに雇われたとかなんとか……勝行がぶつくさ文句言ってたけど」
「彼は当主があなたのために雇った護衛ですよ」
「……え。俺のため?」

片岡はにっこり微笑みながら自分のスマホを差し出し、晴樹との電話連絡を許可してくれた。晴樹には既に事情が伝わっているようで、電話をかけた途端『無事でよかった。勝行くんのセキュリティに本気出されたらちょっと手が出せなかったよ、ごめんごめん』と明るい声が返ってきてホッとする。

「お前がいらんことするから……!」
『光くん、それは責任転嫁ってやつだよ』
「う、ぐ……」
『でも唆したのは僕だ。ごめんね、君があまりにセックスを悪だと思い込んでいるようだったから、そのトラウマを解いてあげたかったんだ』
「そう……なのか……」
『勝行くんにも片岡さんにも秘密にしていた以上、普通の領域を超えた性行為をして怒られてしまったことは二人の責任だ。あ、そうだ、いっこだけアドバイス』
「……なに」
『君のフェラ、最高だったよ。勝行くんが好きなら、押し倒してそのテクニックで寝取っちゃえ』
「はあっ⁉」

何考えてんだあほかっ、と怒鳴りながら強引に通話を切ったけれど、晴樹は受話器の向こうで笑いながら『光くんはもっと自分に自信をもちな』と言っていた気がした。
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