できそこないの幸せ

さくら怜音/黒桜

文字の大きさ
79 / 165
第五章 VS相羽勝行

9

しおりを挟む
**
夜も更けてくると使用人たちが忙しく働き、母屋がにわかに騒がしくなる。
光はテーブルの端をずっと指でカチカチ叩いて気を紛らわすも、落ち着けなかった。勝行にはまだ会ってはいけないと片岡に止められ、一人きり休憩室に居残っている。

「勝行に謝りたいんだ。俺が……あいつとの約束破ったりしたから」
「あの方は感情コントロールができなくなった時、前後の記憶を失います。きっとあなたに何があったのかも、知らないままです」
「あ……そ、そうか……」
「起爆剤になった出来事を伝えるのはハイリスクです。相羽はそれを望んでいません」
「でっ……でも、悪いのは」
「いいえ光さん。何もなかったことにしていつも通り振る舞って差しあげてください。私も事情は存じ上げません。どうか勝行さんが気分を落ち着かせるまで、光さんもゆっくり休憩なさってください。ピアノが必要でしたらお持ちしますので」
「なかったことに……って……」

片岡に半ば無理やり説得されるも、光の心はちっとも晴れなかった。要するに勝行への面会の許可を得られるまで、この部屋に軟禁というわけだ。縛られていないだけましだが、ここで一人反省しろという相羽家からの命令なのだろう。光は大人しく部屋で待ち続けていた。
勝行がああなった原因はわかっている。迂闊だったのだ。晴樹に流されてすっかり夢中になって――。

『できればキスとかセックスは……もうオレ以外とはしないで欲しい』
(……って、あいつと約束したんだ。なのに……なのに……)

一番裏切りたくない人を傷つけて、泣かせてしまった。自己都合で電話連絡を無視した上に、防犯カメラに映る場所で晴樹とオーラルセックスをしていたのだから。

(ごめんって何べん言っても足りない……俺、最低だ……)

キレた勝行の拷問のような仕置きに耐えている最中、光は自室の天井角に潜む小さなカメラを見つけた。あの位置からなら間違いなく、晴樹の一物を自ら呑み込んだ姿が映っていただろう。そしてきっと勝行は、通話が繋がらないことで心配になって、あの日カメラの映像を覗き見たのだ。理由がわかった途端、光は激しく後悔した。
何度も謝ったけれど、首を絞めながら「勝行たち」は泣いていた。それに一番謝りたかった本当の相手は彼らではない。

(あの約束を交わしたのは……あいつらとじゃない。恥ずかしがりでヘタレなくせに、家では甘ったるいキスをいっぱいしてくれる、兄貴ぶった方の……。俺がいないと駄目なんだって、すぐ落ち込んで弱音吐く奴で……っ)

片岡は勝行の性格が一変することは分かっているようだが、それを良しとしない。それに「感情コントロールが……」と表現していた。だが光は少なくとも、あの口調が荒い勝行は中身が完全に違う「別人」だと感じていた。普段通りの優しい言葉遣いなのに突飛ない暴走を始める狂タイプとも違う。
豹変して人格が変わった時、勝行という人間が二人いる気がしたのだ。

(なんていうか。存在を認めてもらえなくて拗ねてる、双子の片割れって感じなんだけど。こういうのって星野センセーに訊いたら教えてくれるかなあ。俺が双子だからそう思うだけなのか?)

苛ついて思考がうまく整理できない。ふと机上にペンを見つけた光は、メイドの一人にメモ帳を一冊もらって再び席に着いた。
文字を書いて図にして、あったことや思ったことを少しずつ整理してみる。作詞する時のアイデア出しのように。

【1、いつもの勝行】……優しい。甘い。兄っぽい。キスは激しい。首も吸う。でもセックスは苦手そう。えっちなことをすると怒るし駄目って言う。

【2、キレた時の勝行】……いきなり怒る。理不尽。言う事がガキ。でも泣いてる。目が赤くなる? ガチで噛んでくる。親父っぽい。俺にも似てるかも。すぐ人を殺そうとする。

【3、怖い勝行】……↑に似てるけど、ちょっと違う。喋り方は勝行に似てる。でも言ってることが意味不明で変。愛してるって言うけど意地悪ばっか。狂ったように笑う。声が怖い。

(……うーん……三番目が一番、ヤバイ気がする)
だが三番目は、笑顔で人に嫌がらせする時の腹黒い彼に似ている。

「黒」と名づけるなら、むしろこの三番目の男につけるべきか。対になる温和な勝行は「白」といったところだろう。二番目の立ち位置だけがしっくりこなくて、光はううんと唸った。
「赤」――この男は一体、誰だ?

その時、表から「きゃあっ」と悲鳴のような声が聴こえてきた。同時にガチャーンと激しい破壊音が鳴り響く。
騒然とする廊下をこっそり覗くと、使用人らしき数人が「片岡さんを呼んで来い」「坊ちゃまおやめください」と慌てる様子が視界に飛び込んできた。彼らが取り囲んでいるのは勝行の個室だ。

――もしかすると、二番目か三番目が表に出ているのだろうか?

呼ばれた片岡が急ぎ足で目の前を通り過ぎるのが見えた。光は急いで追いかけ、片岡の腕を掴んで「おいどうした」と声をかける。

「あ、光さんすみません、今しばしお待ちくださ」
「もしかして、ブラックな方の勝行が起きた?」
「……!」
「今あいつが出てるんなら、俺と代われ」
「しかしそれでは光さんを危険に晒すことになります。承諾致しかねます」
「危険って何。あいつ、そんなに悪い奴か? ならあんた、今から何しにあの部屋に入るんだ。また薬でも飲ませて無理やり寝かせるつもりか」

あてずっぽうで言った言葉がどうやら当たっていたらしく、片岡はかなり動揺している。

「で……ですが……また光さんを拘束して、暴力を……」
「油断してなかったらそんなことさせねえ。いいから俺に任せろ、あいつと話がしたいんだ。……つか、俺じゃないときっとあいつの暴走は止まらないぜ」

勝行に命令されている以上、逆らえないのだろう。片岡は困った顔をしながら考え込んでいた。
再び何か割れる音が部屋から聞こえてきた。呑気に返事を待っていられる時間はなさそうだ。

「なあ。どけよおっさん」
「……」
「俺が勝手にあいつを止めに行くんだ。だからあんたは俺のこと、見なかったことにしろ!」
「ひ、光さん!」

片岡を無理やり押し退けると、静止を振り切って光は走り出した。「どけ!」と叫び、廊下でおろおろしている使用人も無理やり押しのけ、勝行の部屋へと飛び込む。バンと勢いよく開けた扉の向こうには、無数の本とガラスが床下に飛び散っていた。

「誰もくんな!」

光はドアの鍵を内側からがちゃりと閉めた。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

処理中です...