できそこないの幸せ

さくら怜音

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第九章 VS相羽修行

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試験を終えて事情を聞いた勝行が病室に駆け付けた時、光の体調はすっかり良くなっていた。それでも大事を取って明日も病院に居て欲しいと勝行に懇願され、結局いつもの病室で一泊することになった。

「明日のおにぎりとか……今日の晩御飯、チキンシチュー作ろうと思ってたのに。お前食べたいだろ」
「気にしなくていいから。それよりお前が五体満足無事で居てくれないと、不安で試験に集中できない」

そんな勝行の心配性な言葉は、昼間彼の父に指摘されたことをずばり裏付けるものだった。言い返せない光は唇を尖らせ、眉間に皺寄せる。
勝行を連れて一緒にやってきた晴樹と保、片岡の三人もうんうんと頷いている。しかし帰宅できないとなると光が寂しがるだろうという大人の配慮で、夕飯はコンビニ弁当を皆でつつくことにした。光のベッド周りにそれぞれが椅子を並べ、食べながら緊急ミーティングを始める。

「自力で助けを呼ぶことができてよかった。村上先生に電話したって?」
「ああ。スマホ部屋におきっぱで、薬も手元になかったから、そこまでは壁伝いでなんとか」
「年末からこっち、俺のことで心配かけ過ぎたせいだよなきっと。すまない」
「そういうわけじゃない……」

病気の話をすっかり言い出せなくなったまま、今日まで黙っていたことを謝ると、保からは「言えない雰囲気を作っていたこちら側にも非がある」とあっさり許してもらえた。勝行も自分の余裕がなさすぎたせいだと思っているようで、互いに萎縮してしまう。

「でも、これから光の仕事をどう回すか……計画は練り直す必要があるわね」
「そうだねえ。今のところなるべくスケジュールに余裕のある、簡単そうな仕事しか引き受けてないから大丈夫だとは思うけど」
「でも。今すぐ治療するとかそういうんじゃないって先生が」

ソロデビューに向けて用意された数々の段取りを全てひっくり返すようなことをしでかしてしまった気がして、光は慌てて口を挟んだ。すると「そう言ってたかを括ってて、外で今日のようなことがあったら困るでしょうが」と正論で一刀両断される。

「アメリカで治療するとなったら、基本の活動拠点が変わるし」
「病院はロス? ならロスに支社があるスポンサーさんを探して営業かけてみるのも手だよね」
「あ、何その顔。休めるとか思ってたんじゃないでしょうね、あんた。甘いわよ、晴樹がいるんだからツテはいくらでもあんの」
「……そ、そうなのか?」
「問題は、あんたがどこでどれくらいの仕事量をこなせるか、だけよ」

逆境はチャンスに変えなきゃ。
などと楽し気に話す大人たちは、当人たちを置いてどんどん先の話を進めていく。ここまではまあ、いつもと同じなので放置しておくとして。

勝行はどう思っているのだろうか。
父親から何か聞いたのだろうか。

その反応がどう返ってきても悲しいものしか思いつかなくて、光はずっと勝行に話しかけることができない。知ってか知らずか、勝行はただコンビニ弁当のから揚げを黙々と食べ続けている。何も話さないというのが返って気まずい。
ちらちらと横目で勝行を見ていると、視線が合った。
勝行は深いため息をつきながら「難しい選択だな……」と独り言のように呟く。

「保さん。父から何か言われましたか」
「ええお昼に会ったわ。前回と変わらず『大学卒業するまでは学業に専念させたい』の一点張りだった。お父様の気持ちもわからなくはないのよ。あれが世のマジョリティの意見だからね」
「だねえ。まあ僕らは進路のことは口出せないから、決めるのは勝行くんと光くん本人だよ。人生は自分のものなんだし」
「そうそう、うちも相羽の家とあんまり変わらないわよ」

保も大学受験で親の反対を押し切って上京したのだと笑って話す。その時はまだLGBTのカミングアウトもできず、自分でもうまく説明ができなくて、家から逃げるように出てきたらしい。勝行と光はそれを聞いて思わず「へええ」と感嘆の声をあげた。

「でも後悔はしてないの。自分で選んだ道だから」
「もし親の言うとおりにしてたら、保さんは今頃ここで芸能活動してなかったっていうことなんですね……」
「そうね。多分、医者になってたんじゃない?」
「い、医者!」

全然イメージの違う職業に、二人は顔を見合わせた。すると片岡が「こんなおじさんの話でもよければ」と箸を持ち上げ、嬉しそうに語る。

「私も親の言うとおりにしていれば、警官になるはずでした」
「ああ、そういえば片岡さんは、元警官って仰ってましたね」
「そうですよ、柔道ができるという理由だけで親の言う通り警察学校に進みましたが、全然続けられそうにないなと思いまして。辞表を出した後、勝行さんのお父様に拾ってもらったんです」

親の理想と子どもの望みが違うことは、どこにでもある話なんだろうか。今更父親とそんな話はできないけれど、桐吾は自分にどうしてほしかったのだろう……光もふと考える。

(ああでも、ずっと家にいろとか。そんなことしか言わなさそう)

「どこの家にいたって親ってやつは、わが子のこととなると心配過ぎ。目がこんな感じに、ギンギンってなるから」

晴樹がおどけて目をかっぴらき、鬼のような形相を見せる。あまりに可笑しな顔だったので、光は思わずぐはっと笑ってしまった。

「なにそれ。相羽の親父さん、そんなに目でかくなかったぞ」
「たとえだよ、たとえ。ってか、光くんのところにも話に来たのかい? 勝行くんのお父さん」
「う……うん」

すると勝行は眉間に皺をよせ「あの人、どこまでも外堀から埋めてくるな」と愚痴った。留守中、光に接触されたことをよく思っていないようだ。
光は昼間の件を思い出し、再びしゅんと頭を垂れた。

「でも俺……親父さんのいう事は何も間違ってないと思った。結局は俺のせいで……勝行のやりたいこと、全然できなくなってばっかだ」
「光。そういうのは関係ない。病気はお前のせいじゃないんだから、これ以上自分を責めないで」

ふいに勝行が席を立ち、弁当の食べ残しを片岡に押し付けてベッドサイドに潜り込んだ。震える光の手指に気づいたのだろうか、いつものように優しく抱きしめてくれる。
保も晴樹も片岡も見ているのに。人前でこんなことをしてくるなんて、勝行らしくない。光は驚くも、目の前にある勝行の腕が嬉しくて、思わず鼻を擦りつけた。
すると「そうだそうだ」と言いながら晴樹が布団の上にある手を掴み、さすってくれる。さらに片岡が上から勝行と光の両方をがばっと抱きしめ「お二人とも、ストレスは禁物ですよ」とにこやかに笑う。

「おも、重い」

ベッドの中で潰されそうになっていると、保が呆れながら「そろそろ二人の意見を聞きたいんだけど?」とにんまり笑った。

「光はどうしたい?」
「……え……」
「どれが正解とか、誰かに迷惑とか、そんなもの十八歳はまだ考えなくていいのよ。あんたのやりたいこと、願う気持ちをそのまま、今ここで言ってみなさい」

やりたいこと。願う気持ち。
言えばきっと誰かが困る。
そう思って一度も口にできなかった言葉が、喉まで出かかっては出ないことを、保に見透かされているとは思わなかった。
光は勝行の腕をぎゅっと掴んだまま、数秒黙りこくって唾を飲む。それから目を伏せ、もごもごと口を動かした。言いたいことが言えない時の、光の癖だった。

「大丈夫。言っていいよ」

耳元で囁く勝行の声が優しくて暖かい。この手を今はどうしても、離したくない。
傍にいてはまた彼を不幸にしてしまうかもしれない。自分の希望は、わがまま以外の何物でもないとわかっていても、でも。

「……勝行と、離れて暮らすのは、いやだ」

掠れるほどの小声で呟いたけれど、しっかり耳に届いたらしい。
勝行は「わかった、その夢、必ず叶えてみせる」と言いながら光を更に強く抱きしめた。
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