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第十章 Trust me,Trust you
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目の前の幸せにかまけて、綺麗に足元を掬われた。油断大敵もいいところだ。光に心配かけまいと思い、「大丈夫だよ」と告げてまで出てきたというのに。
相羽勝行は自虐の笑みを浮かべていた。
「どうですか、体調はよくなりましたか、勝行坊ちゃん」
「……なるわけないですよね」
「体調を整えるためにも水分取った方がいいよって親切にアドバイスしたのに。無視して何も口にしないからじゃないですかあ」
「その水分に騙されたので、二度と同じ轍は踏みません」
「ごめんなさぁい。もう飲み物にお薬混ぜたりしてませんからぁ、ね? 坊ちゃんには死なれると困るんですよ、私が」
頭上で自分勝手な都合ばかり連ねて嘲笑を浮かべる女とは、つい先日まで家庭教師と生徒という関係だった。T大教育学部を現役で卒業した相羽一族・緒方家の長女、緒方沙織。勝行にとっては最も年齢が近い遠縁の従姉にあたる。
最初に父から紹介してもらった時点で疑うべきだったのに、いつの間にか失念していたのだ。彼女は相羽の息の根がかかった人間だということを。
(授業中の頭痛と倦怠感が酷くて……体調を整える方が先決だと思ったのは確かだ。けれどまさか、珈琲に薬を盛られるとは)
「随分効能のいい薬をお持ちですね、沙織先生。味、わからなかったですよ」
「処方箋がないともらえないお薬なのよ。ベースはノンカフェインのオーガニック珈琲にして、味はあなた好みに濃く淹れてみたの。美味しかったでしょう?」
「悪趣味だ」
「それはあなたを望んだ人物に直接言って頂戴。私はただ業務命令に従っただけよ」
「誰の?」
「それは契約上、回答できないわ」
相変わらずとんでもない家だ……。勝行は深いため息をついた。
従姉は何事もなかったかのように振る舞うけれど、勝行の身体は後ろ手で拘束され、粗末な椅子の背中に括りつけられている。監禁されている部屋の明かりも電球が切れかかっていて、陰気臭い。
「でも勝行坊ちゃんの強靭な精神力には完敗だったわ。あんなに盛ったのに、落ちないんだもの。代わりに足元フラッフラだったけど!」
けらけらと笑う沙織は、勝行の肩をブランドスーツ越しにねっとり撫で、耳元で艶やかに囁いた。
「可愛い子どもだったのに、いつの間にかこんなに逞しくなっちゃって……しかも酩酊状態でお友達を助けに行こうとしたでしょう? あの時の貴方、最高にカッコよくてぞくぞくしちゃったわ」
「……」
「あなたをここに連れてくることが私の目的だったの。ごめんね、もう騙したりはしないわ。信用して?」
「沙織先生の迫真の演技にも脱帽ですよ。俳優を目指されたらどうですか」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない」
沙織には二重に騙された。
勝行に薬を盛った後、今日は早めに授業を切り上げましょうと提案してきた。とはいえすぐに動けず部屋で休憩していたら、今度はストーカーからの電話がしつこいのだと訳ありな相談をされた。そういうことは修一兄さんに相談した方が……そう返したものの、リアルタイムで妙な電話がかかってきた。そこまでは受け答えまで明確に覚えている。
「そんな怒った顔しないで。これまでの受験勉強、お疲れ様。私たちはあなたの努力を労いたいし、少しでも休んで欲しくてこんなことをしているのよ……? だから」
「そう、いずれは迎えが来る。それまでのんびり、私たちと余暇を愉しもうじゃないか」
「……っ」
「それとも、ビジネスの話をする方が君には都合がいいかい?」
「まともな取引ができる状況だとは思えないので結構です」
部屋の前方から悠々とやってきては勝行の前で仁王立ちする初老の男は、沙織に電話をかけてきたストーカー役――だが勝行に向かって堂々と卑怯な取引を持ち掛けてきた、誘拐事件の主犯格。
「改めてもう一度名刺をお渡ししておこうか。株式会社ガイア・プロダクションの代表取締役社長・千堂だ。君たちWINGSは、私の名前すら知らない底辺のド素人だったらしいからな、この名刺が何を意味するのかは、上司にしっかり教えてもらいなさい」
初老の男――千堂は自分の名刺を勝行の胸ポケットに差し入れ、「そろそろ話せるようになったかい」といびつに微笑んだ。
「……上司からは既に貴方のお話をお伺いしています」
「ほう? 君たちの事務所はどこだっけね。確か、【コア・M】が同じ事務所の後輩だったと……ああ、あの子たちはうちの事務所に移籍したんだがね」
「それも存じ上げてます。僕はあなたの下の一物の行儀が悪く、粗末で役立たずだったから噛んでやったと上司から聞きました」
「なんだと」
「……あれ。黒歴史過ぎて記憶から抹消されるレベルのものでしたか?」
明らかに動揺する素振りを見て、勝行も不敵に嘲笑った。口先だけの言い争いなら負ける気はしない。だが状況は一方的に不利だし、まだ薬が抜けきっていないのか、身体は怠くて仕方ない。
「あっはははは! そいつは傑作だ。あんたのチンポには歯形がついてんのかい?」
今度は部屋の奥で気配を殺して佇んでいた眼鏡男が高笑いをあげた。彼ともまさかここで出会うとは思いもよらなかった。――かつて光を拉致監禁し、倉庫前で脱出中の光に銃を向けていたマフィア風情の男だ。初めて見かけた時はセカンドシングルをタイアップしたCM関係者との緊急会議で。次に見た時は三鷹駅のロータリーで今西桐吾の隣に立っていた。
この二人の横繋がりはおろか、相羽家との接触も未だ一つも見えてこない。
「そういうあんたも、去年ガキに齧られて怪我したって言ってたじゃないか」
「うるせえな」
後ろの外野に突っ込まれ、男はチッと舌打ちする。それから「ああ、そこのお坊ちゃんの片割れの方にな。あいつのフェラは極上なんだが、えり好みするビッチ野郎でなあ。トーゴ以外全部噛みやがったんだ」と自虐めいた発言を零す。
片割れというのはきっと光のことだ。
この男と千堂が沙織のスマホを使い、「光の身柄を拘束した。助けたければ渋谷の事務所まで来い」と脅しをかけてきた。まさか今、彼はこの男の手に落ちているのだろうか。一瞬嫌な予想が脳裏を過ったが、あれは意識朦朧とした勝行をおびき出すためだけの虚言だったと、後から沙織に種明かしされたから違うだろう。
(あの時冷静に判断できていたら……片岡に連絡を取って真偽を確かめるだけでよかったのに……)
目の前の幸せにかまけて、綺麗に足元を掬われた。油断大敵もいいところだ。光に心配かけまいと思い、「大丈夫だよ」と告げてまで出てきたというのに。
相羽勝行は自虐の笑みを浮かべていた。
「どうですか、体調はよくなりましたか、勝行坊ちゃん」
「……なるわけないですよね」
「体調を整えるためにも水分取った方がいいよって親切にアドバイスしたのに。無視して何も口にしないからじゃないですかあ」
「その水分に騙されたので、二度と同じ轍は踏みません」
「ごめんなさぁい。もう飲み物にお薬混ぜたりしてませんからぁ、ね? 坊ちゃんには死なれると困るんですよ、私が」
頭上で自分勝手な都合ばかり連ねて嘲笑を浮かべる女とは、つい先日まで家庭教師と生徒という関係だった。T大教育学部を現役で卒業した相羽一族・緒方家の長女、緒方沙織。勝行にとっては最も年齢が近い遠縁の従姉にあたる。
最初に父から紹介してもらった時点で疑うべきだったのに、いつの間にか失念していたのだ。彼女は相羽の息の根がかかった人間だということを。
(授業中の頭痛と倦怠感が酷くて……体調を整える方が先決だと思ったのは確かだ。けれどまさか、珈琲に薬を盛られるとは)
「随分効能のいい薬をお持ちですね、沙織先生。味、わからなかったですよ」
「処方箋がないともらえないお薬なのよ。ベースはノンカフェインのオーガニック珈琲にして、味はあなた好みに濃く淹れてみたの。美味しかったでしょう?」
「悪趣味だ」
「それはあなたを望んだ人物に直接言って頂戴。私はただ業務命令に従っただけよ」
「誰の?」
「それは契約上、回答できないわ」
相変わらずとんでもない家だ……。勝行は深いため息をついた。
従姉は何事もなかったかのように振る舞うけれど、勝行の身体は後ろ手で拘束され、粗末な椅子の背中に括りつけられている。監禁されている部屋の明かりも電球が切れかかっていて、陰気臭い。
「でも勝行坊ちゃんの強靭な精神力には完敗だったわ。あんなに盛ったのに、落ちないんだもの。代わりに足元フラッフラだったけど!」
けらけらと笑う沙織は、勝行の肩をブランドスーツ越しにねっとり撫で、耳元で艶やかに囁いた。
「可愛い子どもだったのに、いつの間にかこんなに逞しくなっちゃって……しかも酩酊状態でお友達を助けに行こうとしたでしょう? あの時の貴方、最高にカッコよくてぞくぞくしちゃったわ」
「……」
「あなたをここに連れてくることが私の目的だったの。ごめんね、もう騙したりはしないわ。信用して?」
「沙織先生の迫真の演技にも脱帽ですよ。俳優を目指されたらどうですか」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない」
沙織には二重に騙された。
勝行に薬を盛った後、今日は早めに授業を切り上げましょうと提案してきた。とはいえすぐに動けず部屋で休憩していたら、今度はストーカーからの電話がしつこいのだと訳ありな相談をされた。そういうことは修一兄さんに相談した方が……そう返したものの、リアルタイムで妙な電話がかかってきた。そこまでは受け答えまで明確に覚えている。
「そんな怒った顔しないで。これまでの受験勉強、お疲れ様。私たちはあなたの努力を労いたいし、少しでも休んで欲しくてこんなことをしているのよ……? だから」
「そう、いずれは迎えが来る。それまでのんびり、私たちと余暇を愉しもうじゃないか」
「……っ」
「それとも、ビジネスの話をする方が君には都合がいいかい?」
「まともな取引ができる状況だとは思えないので結構です」
部屋の前方から悠々とやってきては勝行の前で仁王立ちする初老の男は、沙織に電話をかけてきたストーカー役――だが勝行に向かって堂々と卑怯な取引を持ち掛けてきた、誘拐事件の主犯格。
「改めてもう一度名刺をお渡ししておこうか。株式会社ガイア・プロダクションの代表取締役社長・千堂だ。君たちWINGSは、私の名前すら知らない底辺のド素人だったらしいからな、この名刺が何を意味するのかは、上司にしっかり教えてもらいなさい」
初老の男――千堂は自分の名刺を勝行の胸ポケットに差し入れ、「そろそろ話せるようになったかい」といびつに微笑んだ。
「……上司からは既に貴方のお話をお伺いしています」
「ほう? 君たちの事務所はどこだっけね。確か、【コア・M】が同じ事務所の後輩だったと……ああ、あの子たちはうちの事務所に移籍したんだがね」
「それも存じ上げてます。僕はあなたの下の一物の行儀が悪く、粗末で役立たずだったから噛んでやったと上司から聞きました」
「なんだと」
「……あれ。黒歴史過ぎて記憶から抹消されるレベルのものでしたか?」
明らかに動揺する素振りを見て、勝行も不敵に嘲笑った。口先だけの言い争いなら負ける気はしない。だが状況は一方的に不利だし、まだ薬が抜けきっていないのか、身体は怠くて仕方ない。
「あっはははは! そいつは傑作だ。あんたのチンポには歯形がついてんのかい?」
今度は部屋の奥で気配を殺して佇んでいた眼鏡男が高笑いをあげた。彼ともまさかここで出会うとは思いもよらなかった。――かつて光を拉致監禁し、倉庫前で脱出中の光に銃を向けていたマフィア風情の男だ。初めて見かけた時はセカンドシングルをタイアップしたCM関係者との緊急会議で。次に見た時は三鷹駅のロータリーで今西桐吾の隣に立っていた。
この二人の横繋がりはおろか、相羽家との接触も未だ一つも見えてこない。
「そういうあんたも、去年ガキに齧られて怪我したって言ってたじゃないか」
「うるせえな」
後ろの外野に突っ込まれ、男はチッと舌打ちする。それから「ああ、そこのお坊ちゃんの片割れの方にな。あいつのフェラは極上なんだが、えり好みするビッチ野郎でなあ。トーゴ以外全部噛みやがったんだ」と自虐めいた発言を零す。
片割れというのはきっと光のことだ。
この男と千堂が沙織のスマホを使い、「光の身柄を拘束した。助けたければ渋谷の事務所まで来い」と脅しをかけてきた。まさか今、彼はこの男の手に落ちているのだろうか。一瞬嫌な予想が脳裏を過ったが、あれは意識朦朧とした勝行をおびき出すためだけの虚言だったと、後から沙織に種明かしされたから違うだろう。
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