できそこないの幸せ

さくら怜音

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第十一章 愛されるより、愛したい

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春一番が通り過ぎ、新生WINGSを取り巻く環境は目まぐるしく変わっていく。
とんとん拍子に進んでいく仕事内容を聞きながら、光は動く限りの身体を使って新曲を奏で続けた。とりあえず片っ端からキーボードのメモリーカードに録音さえしておけば、勝行が後で聴きながら使える部分を選んでくれる。同時にいつライブが再開されてもいいよう、ベースの練習も時折挟んだ。
血液検査の結果は一体どうすればよくなるのかわからない。体内で一生懸命、細胞が悪いものと戦っているせいだと星野は言う。だからひたすら、好きなものの事だけを考えることにした。

好きな音。好きな歌声。好きな感触。好きな味。好きな人。

好き、という言葉は魔法のようだ。声にするだけで不思議と心が軽くなる。
マスクをしていれば庭に出てもいいと言われた途端、勝行に頼み込んで中庭の草むらにも飛び込んだ。シロツメクサの芽がそこかしこに伸びていて、光の身体を包み込んでくれる。うす緑の蕾や黄色いたんぽぽも見つけて嬉しくなった。厳しい冬が終わり、春がやってきたと実感する。

「俺たちって、冬になるとやたら試練がいっぱいでさ。越冬厳しくね?」
「ほんとだよな。で、春に調子こいて夏に一度凹むパターン。次は心身共に調子に乗らないよう、気を付けないと」
「そういう歌作ろ。越冬して春に生まれかわる草花の歌」
「ははは、いいね。力強くて前向きな曲にしたい。サビにクラップ入れてもらうとライブで盛り上がるかな」
「どうせならしょっぱなから欲しい。お前がクラップしたらピアノのイントロ、んで客に託す」
「いいな、楽しそう!」
「そんでこれやる時はスーツじゃなくて、カラーの衣装がいい」

談笑しながら地面に寝転がり空を見上げれば、視界には綺麗な水色と白のグラデーションが映る。WINGSのスーツ系衣装ではずっとモノクロームの「黒」を担当している光だが、カラー衣装になると青や緑が多い。それは自分が大好きな色だ。世界が新しい生命に染まっていく色。
鳥の鳴き声に耳を澄ませ、ここに勝行の歌が被さったら最高なんだよなぁと頬を緩める。

「スピーカー越しの声じゃ駄目なんだよ。やっぱナマがいい。なま!」
「……その言い方はちょっと厭らしいよ……」
「なに。お前そんな卑猥なこと妄想したの? 何考えたんだよむっつりすけべ、教えろ」
「う、うるさいな!」

勃ってんじゃね、と冗談半分で股間に手を伸ばすと、勝行から容赦ないげんこつが飛んでくる。痛いし理不尽だ。けれどそんなくだらないやりとりも楽しくて、今だけの何気ない幸せを感じられる。
明日のことは考えたくない。今、ここにある幸せを全力で味わいたい。
別に未来は見えなくてもいい、代わりに勝行が道なき道を切り開いて連れ出してくれると信じている。
光は殴られてもけらけらと笑いながら、勝行に抱き着いてキスをせがんだ。まったり甘いカフェオレの匂いが二人の唇を掠めていく。

「卒業したら一番にヤりたかったんだけどなあ。早くしてえなあ……」
「結局そっちに話題もっていくのかよ」
「新曲ネタに夢中で忘れてたのに。思い出させたのはお前だろ」
「はいはい。もう少し元気になって、退院してからね」

軽いキスを何度か唇に零し、暫く互いに見つめ合う。だがふいに目を逸らし、勝行はぼそっと愚痴を零した。

「あのさ……あざと可愛い顔して煽るのやめて……俺も我慢してるんだから」
「我慢って……。やっぱセックスするの、そんなに嫌なのか……?」
「そ、そうじゃないよ。そうじゃなくて……」

しょんぼりする光の言葉を慌てて否定した勝行は、耳まで顔を真っ赤にしながら視線を泳がせ、もごもごと小声で呟く。

「ほ……ホントに……勃ってる、から……」
「……マジか。抜いてやろうか?」

思わぬ告白に驚いた光は、至って大真面目にそう答えた。だが勝行は何故か「バカ!」とご立腹の様子。

「だからそういう……ああもう、なんでお前はしれっと簡単にそんなことを……。この淫乱変態!」
「勝行にしか言わないって、そういうサービスは」
「で、で、でも外では駄目だ!」
「じゃあ病室で?」
「もっと駄目! 看護師さんが来たら困るだろうが!」
「じゃあここでいいじゃん。大丈夫、滅多に人来ないし。建物でちょっと隠れてるし。……な?」

勝行に近づき、上目遣いで見つめながら股間を撫でさすると、見事なまでに硬くなっているそれにぶち当たった。虫が這うようにやわやわと指を動かし、革ベルトを引き抜いた。

「だ、駄目だってば……っ」
「勝行、照れてんの? かわいい……俺の中でイっていいよ、だから俺の喉、めちゃくちゃに突いて」
「で、でも……」
「アイツらの味がついたままは嫌だから。口直し、早くちょうだい」
「それは……お仕置きでって言っただろうが」
「じゃあ今お仕置きして」

家に帰るまでなんて待てない。光は勝行のスラックスをひん剥くと、青空の下に獰猛な武器を取り出す。そして彼の股間に迷わず顔を埋めた。これも大好きなアイテムだ。
早く欲しい、欲しい……好き。愛したい、愛されたい。毎日欲しいものだけを見つめて貪欲に生きていたい。わがままだと罵られてもいい。未来の消失を受け入れる代わりに、これぐらいは神様に許されたい。
嫌なことも、直視したくない未来の結末も全部忘れて、今だけ全力で君を愛したいから。

我を忘れて爆発する勝行の精液をひとつ残さず呑み干すと、光は「俺に舐められたら早漏だな」と笑ってやった。この後キレた勝行に押し倒されて、沢山の意地悪な噛みキスを残されるまで、全て計算済みだ。
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