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第九話「愛に変わった日~陽が落ちる前に~」2

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「あの、会長、失礼します!」

 生徒会の後輩が保健室に入って来て私を呼びにやってきた。
 彼は私のことを会長と呼ぶ。私は今でも副会長のつもりで、自分から会長になったつもりはないのだけど、彼がそう呼ぶのは私の事をそれだけ慕っているということだ、決して会長のことを忘れているわけではない。

「そっか、学園祭続いてるんだったな」

「あっ、樋坂さん、もう目を覚ましたんですね」

 彼は樋坂君の無事を知り、安堵するようにそう言葉にした。

「ええ、見ての通り、もう元気みたい。どうしたの? 何かあったのかしら?」

 私は涙を見せず、いつもの毅然とした自分を取り戻して、言葉を掛けた。

「もうすぐ、表彰式です。できれば、会長に壇上に立っていただきたくて」

 真面目そうな後輩の言いそうな事だと思う一方、私はさすがにこれ以上周りを困らせるのはよくないかなと思った。

「―――行って来たらどうだ? 副会長さん」

 私が困った表情を見せると、樋坂君はまるでそれを私が望んでいると知っているかのように言った。
 その言葉で私の迷いは一瞬にして消えた。

「そうね、樋坂君はどうするの?」
「俺も後から行くよ、みんなと一緒に結果を見守りたいからな」
「大丈夫なの?」
 
 心配でずっとそばにいたのに、ここで一人にするのには抵抗があった。

「せっかく病院に搬送されずにまだ学園にいるんだから、顔は出さないとな」

 樋坂君は起き上がったばかりなのに、傷口を痛む様子も見せなかった。
 本当に不思議な力を使って治療したとしか思えなかった。

「そっか、なら、先に行っているわね」

 樋坂君のことは心配だけど、後でまた会うことだってできるのならと思い、一言彼に告げて私はパイプ椅子から立ち上がる。

 体育館でこれから行われる表彰式では、学園祭で好評だった部活を表彰している。
 特に学年最優秀賞は学年で一クラスしか選ばれない賞なので、各クラス、それを受賞することを目標に部活動を続けている。

 表彰式が終われば、いよいよ今年の学園祭も終わりの時を感じさせる。

 私は騒がしい日々が終わる寂しさを抱えながら、樋坂君に手を振ってひと足先に保健室を後輩と一緒に出て、体育館を目指した。


 
「結果はもう出てるの?」

 二人の足音が歩みだす体育館までの道中、私は後輩に聞いた。

「はい、共有ファイルの中にアップロードしてあります」
 
 こんな時でも親切にしてくれる後輩に私は感謝した。

「そう、ありがとう。舞台袖で確認するわね」
「そうしてください」

 西の空に少しずつ沈んでいく陽の光。
 風が吹き、肌寒さを僅かに感じながら、制服姿のまま私は体育館の裏手から入って、舞台袖に入っていく。

 舞台袖に入ると生徒会の面々が出迎えてくれる。
 その姿を確認すると、自然と仕事モードに切り替わる私がいた。
 皆、疲労の色はあっても明るい表情をしていて、私がやってくるのを待っていたようだった。

「先輩! 今からドレスコードしてください! 準備、しておきましたから」

 陽気な女子が目の前に寄ってきて、歓迎に出迎えてくれたのかと思って迂闊だった、その言葉はあまりにも予想外で私は心臓が跳ね上がる思いだった。

「えっ?! 今から?!」

 私は急な後輩の発言に驚き、動揺のあまり素っ頓狂な声を上げた。

「先輩の制服、一日走り回っていたせいで、汚れてましたので、女子に言って用意してもらいました」

 ここまで連れて来てくれた後輩が笑顔でそう説明してくれる。
 慕ってくれるのは嬉しいけど、まったくの予想外な展開に私は思わず柄にもなく慌てふためいてしまった。

「私って地味だし、そういうのに向いてないって、前にも言ったはず……」

「大丈夫ですよ! 私が着付けしますからっ!」

 そう言って後輩の女子はまだ返事をしていない私の手を取り、遠慮なく私を引き連れて、無理やり控室まで連れ出された。

「私なりの感謝の印です。どうぞ、着てください」

 控室に入って出てきたのは、華やかな青色のセミイブニングドレスだった。

「こんなの、本当に私、着たことないんだけど……」

 私は正直にそう告げたけど、後輩はお構いなしで、その場で着付けをしてくれた。

「時間、ヤバくない? 早く準備した方がいいんじゃ……」
「大丈夫です、女性の身だしなみにかかる時間にケチを付ける人なんていませんよ」

 そう言って、何も頼んでないのに、有無を言わせぬ慣れた手つきで、私の気持ちが落ち着く間もなく化粧を施してくれる後輩女生徒。
 
 私はもう、さすがにこれ以上、否定的を言葉を伝えたくなる口を開くのをやめ、少し身体の力を抜いて後輩に身を任せ、そっと審査結果を見た。
 
 審査には先生も生徒も、一般の人も参加でき、総合的に審査結果は判断され、発表されることになっている。

 ゆっくりと私は上から順番に参照し、気になっていた結果を確かめる。

「どうしたんですか? 会長、いいことでもありました?」

 私は液晶ディスプレイをスクロールして結果を確認すると、自然と表情が緩んでいた。
 自分でも気づかないくらい、想像以上に私は嬉しかったらしい。

「ええ、とっても」
「良かったですね、会長の笑顔、みんなにも見せてあげてください。
 それが、一番のご褒美になるはずです」

 後輩は恥ずかしいことを平然と言ってのけたが、私は照れくさくなって返す言葉もなく、何度も審査結果を見て、嘘じゃないかどうか確認していた。

「先輩、出来ましたよ」

 そう言って、後輩は後ろに立つ。
 私は正面にある、全身が映る大きな鏡を確認して、あまりの出来に驚きつつ感謝を伝えた。

「まるで、私じゃないみたい」

 ガラス越しに映る自分が別人のように眩しく光り輝いて見えた。こんな私もいるのだと、まるで知らない自分と出会ったかのような気分だった。

「普段、目立ちたくない気持ちは分かりますけど、こういう時くらい、いいと思いますよ。とってもキレイです」

「ありがとう。ドレスなんて私には似合わないって思ってたわ」

 後輩の言葉に心が震えて、思わず泣いてしまいそうになるのを必死で抑えた。
 
「それじゃあ、行きましょう」
「はい、会長」

 私のことを会長と呼んでくれる女子生徒。
 準備が出来た私は、控室を出て舞台袖まで出ていく。
 広い体育館にはすでに大勢の生徒が詰めかけてざわざわとしていて、生徒たちの今か今かと結果発表を待つ話し声が聞こえてくる。

 私は呼吸を整えて、歩きづらくて生地も薄い、慣れない衣装に無理やり対応できるように気持ちを切り替えて、壇上だんじょうに立ち、努めて明るい表情で審査結果を発表した。
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