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第十六話「広いこの舞台の上で」3
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「水原君、落ち着いて、一体いつからいないの?」
羽月は光の肩に手を置いて聞いた。
一瞬、心臓がキュっと締め付けるような嫌な感覚を覚えながら、努めて冷静に羽月は光を落ち着かせようと言葉を掛けた。
「映像研のミュージカルが始まって、しばらくして隣を見たらいなくなってたんだ。たぶん終盤の山場のダンスシーンで僕が見入ってた途中に、どこかにいなくなったんだと思う」
クラスメイトが心配そうに見つめる中、光は懸命に知枝が失踪した状況を説明した。
「今、この辺りを探してきたのよね?」
目の焦点が定まらず、まだ落ち着きのない様子の光を見て、羽月は聞いた。
その姿は生徒会長代理を務めていた、堂々した頼りある羽月の印象そのままだった。
「うん、体育館の周りを探してきたけど、でも、見つからなくって……っ」
光は自身の管理を悔やむように潤んだ瞳で言った。リハーサルの時間は限られている。事が重大であるために自分が解決できなかったことを悔やんでいるのだった。
「稗田さん、何か変わった様子はなかったかしら? 覚えてることがあったら、ちょっとしたことでも教えて頂戴」
主役である知枝なしではリハーサルは成立しない。
この広い舞台上で知枝の演技を確認する貴重な機会が失われれば、、大きなハンデを背負うことなる。
そうなれば、映像研のミュージカルに対して勝ち目はないかもしれないと羽月は危機感を感じ取っていた。
相手が派手で壮大なミュージカルを見せてくるなら、こちらはより舞台演劇慣れした自分たちらしい形で完成度の高いものを観客に見せなければならない。
勝つのは容易ではないが、自分たちに今、出来ること。人間の心に訴えかけるような演劇クラスにふさわしい感動を届けなければならない。そう考えていた羽月にとって、今、主役を務める肝心の知枝が不在であることは、絶望的な未来を予見させるものだった。
羽月は委員長として、監督としてこの重大な問題に直面した状況をどうにかしなければならなかった。
(まだ慣れない稗田さんの演技に合わせて、周りが稗田さんのやりやすいようにサポートしなければ、私たちの演劇は成功しない。そのために稗田さんの今持ちうる演技をみんなが共有し、自分たちのベストな演劇を作り上げなければならない)
状況が状況だけに羽月の中の危機感が膨らんでいく。それでも委員長として、仲間を不安にさせないよう対応しなければならない。
まだ間に合うようにと祈るような気持ちで光の返答に期待した。
「他のクラスの演技を見ている間、時折俯いでいて辛そうだった。僕が声を掛けたら“大丈夫”って言ってたけど、やっぱり変だったかも……」
光は俯き加減で先ほどの記憶を思い返して、どうにか絞り出すように言葉に変えた。
不安げな表情を浮かべた知枝の姿が、羽月の頭の中にもぼんやりと浮かんだ。
「そう、分かったわ。私が探してくるから、みんなはリハーサルの準備を続けて。私が来なくても音響や照明の確認から始めていてちょうだい」
羽月は皆をなんとか落ち着かせようと台本片手にはっきりと全員が聞こえる音量で言葉を掛けた。
それを聞いて、クラスメイト達は不安を感じながらもリハーサルの準備に戻っていく。
「……八重塚さん、ごめん、僕」
「大丈夫よ、水原君。私に任せて水原君も準備に加わって。
お姉さんは私が絶対に連れてくるから」
羽月は安心させようと力強く光の手をぎゅっと握って、優しく声を掛けた。
「でも、僕がちゃんと見ていればっ!」
涙を見せながら、後悔が先に頭の中を支配する光は、罪悪感から堪え切れられず泣き言が零れた。
「いいのよ、ちゃんと見てあげられなかった私にも責任がある」
「そんなことないよ、八重塚さんは一番頑張ってる。何度も脚本を修正して、お姉ちゃんがやりやすいようにしてくれて」
二人三脚で知枝と稽古を続けてきた光は羽月の面倒見の良さをよく理解していた。そして、その先にある、目指そうとする最高の舞台演劇の姿も。
「稗田さんを選んだのは私だから。もし、私が選んだことで稗田さんを苦しめているのなら、責任を取るのは私だから。だから、水原君は責任を感じる必要はない。もし、稗田さんが今も不安で苦しんでいるなら、私が説得して見せるわ」
羽月は光を安心させようと、背筋を伸ばして自分の気持ちを伝えた。
今更見込み違いだったなどと、羽月は思いたくはなかった。
光は羽月の言葉を聞いて涙を拭い、顔を上げて羽月のことを見た。
「ありがとうございます。お姉ちゃんのこと、お願いします」
「うん、行ってくるわね」
そう言葉を交わし羽月は光の手を離した。
それから羽月は、浩二の方に視線を向けて声を掛けた。
「樋坂君、後をお願い。私が戻ってくるまでは、あなたに任せるわ」
羽月が声を張り上げる。羽月の真っすぐな視線を確認し、浩二は頷いた。
「おう、姫様の帰りをこっちは首を長くして待っているよ」
浩二は暗い雰囲気を少しは紛らわせようと、出来るだけ明るく冗談交じりに言葉を掛け、知枝の捜索に向かう羽月を見送った。
懐かしさをも感じさせる浩二の言葉を聞いて、少し笑顔を取り戻した羽月は、再び真剣な表情に戻って体育館を後にした。
羽月は光の肩に手を置いて聞いた。
一瞬、心臓がキュっと締め付けるような嫌な感覚を覚えながら、努めて冷静に羽月は光を落ち着かせようと言葉を掛けた。
「映像研のミュージカルが始まって、しばらくして隣を見たらいなくなってたんだ。たぶん終盤の山場のダンスシーンで僕が見入ってた途中に、どこかにいなくなったんだと思う」
クラスメイトが心配そうに見つめる中、光は懸命に知枝が失踪した状況を説明した。
「今、この辺りを探してきたのよね?」
目の焦点が定まらず、まだ落ち着きのない様子の光を見て、羽月は聞いた。
その姿は生徒会長代理を務めていた、堂々した頼りある羽月の印象そのままだった。
「うん、体育館の周りを探してきたけど、でも、見つからなくって……っ」
光は自身の管理を悔やむように潤んだ瞳で言った。リハーサルの時間は限られている。事が重大であるために自分が解決できなかったことを悔やんでいるのだった。
「稗田さん、何か変わった様子はなかったかしら? 覚えてることがあったら、ちょっとしたことでも教えて頂戴」
主役である知枝なしではリハーサルは成立しない。
この広い舞台上で知枝の演技を確認する貴重な機会が失われれば、、大きなハンデを背負うことなる。
そうなれば、映像研のミュージカルに対して勝ち目はないかもしれないと羽月は危機感を感じ取っていた。
相手が派手で壮大なミュージカルを見せてくるなら、こちらはより舞台演劇慣れした自分たちらしい形で完成度の高いものを観客に見せなければならない。
勝つのは容易ではないが、自分たちに今、出来ること。人間の心に訴えかけるような演劇クラスにふさわしい感動を届けなければならない。そう考えていた羽月にとって、今、主役を務める肝心の知枝が不在であることは、絶望的な未来を予見させるものだった。
羽月は委員長として、監督としてこの重大な問題に直面した状況をどうにかしなければならなかった。
(まだ慣れない稗田さんの演技に合わせて、周りが稗田さんのやりやすいようにサポートしなければ、私たちの演劇は成功しない。そのために稗田さんの今持ちうる演技をみんなが共有し、自分たちのベストな演劇を作り上げなければならない)
状況が状況だけに羽月の中の危機感が膨らんでいく。それでも委員長として、仲間を不安にさせないよう対応しなければならない。
まだ間に合うようにと祈るような気持ちで光の返答に期待した。
「他のクラスの演技を見ている間、時折俯いでいて辛そうだった。僕が声を掛けたら“大丈夫”って言ってたけど、やっぱり変だったかも……」
光は俯き加減で先ほどの記憶を思い返して、どうにか絞り出すように言葉に変えた。
不安げな表情を浮かべた知枝の姿が、羽月の頭の中にもぼんやりと浮かんだ。
「そう、分かったわ。私が探してくるから、みんなはリハーサルの準備を続けて。私が来なくても音響や照明の確認から始めていてちょうだい」
羽月は皆をなんとか落ち着かせようと台本片手にはっきりと全員が聞こえる音量で言葉を掛けた。
それを聞いて、クラスメイト達は不安を感じながらもリハーサルの準備に戻っていく。
「……八重塚さん、ごめん、僕」
「大丈夫よ、水原君。私に任せて水原君も準備に加わって。
お姉さんは私が絶対に連れてくるから」
羽月は安心させようと力強く光の手をぎゅっと握って、優しく声を掛けた。
「でも、僕がちゃんと見ていればっ!」
涙を見せながら、後悔が先に頭の中を支配する光は、罪悪感から堪え切れられず泣き言が零れた。
「いいのよ、ちゃんと見てあげられなかった私にも責任がある」
「そんなことないよ、八重塚さんは一番頑張ってる。何度も脚本を修正して、お姉ちゃんがやりやすいようにしてくれて」
二人三脚で知枝と稽古を続けてきた光は羽月の面倒見の良さをよく理解していた。そして、その先にある、目指そうとする最高の舞台演劇の姿も。
「稗田さんを選んだのは私だから。もし、私が選んだことで稗田さんを苦しめているのなら、責任を取るのは私だから。だから、水原君は責任を感じる必要はない。もし、稗田さんが今も不安で苦しんでいるなら、私が説得して見せるわ」
羽月は光を安心させようと、背筋を伸ばして自分の気持ちを伝えた。
今更見込み違いだったなどと、羽月は思いたくはなかった。
光は羽月の言葉を聞いて涙を拭い、顔を上げて羽月のことを見た。
「ありがとうございます。お姉ちゃんのこと、お願いします」
「うん、行ってくるわね」
そう言葉を交わし羽月は光の手を離した。
それから羽月は、浩二の方に視線を向けて声を掛けた。
「樋坂君、後をお願い。私が戻ってくるまでは、あなたに任せるわ」
羽月が声を張り上げる。羽月の真っすぐな視線を確認し、浩二は頷いた。
「おう、姫様の帰りをこっちは首を長くして待っているよ」
浩二は暗い雰囲気を少しは紛らわせようと、出来るだけ明るく冗談交じりに言葉を掛け、知枝の捜索に向かう羽月を見送った。
懐かしさをも感じさせる浩二の言葉を聞いて、少し笑顔を取り戻した羽月は、再び真剣な表情に戻って体育館を後にした。
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