7 / 43
第6話 不穏な気配
しおりを挟む
あっという間に時間は過ぎ、綺羅びやかなパーティーも終わりへと差し掛かった。
片付けなどでメイドたちが会場内を忙しく動き回っている。パーティーを楽しむ貴族たちの邪魔にならないように。
聖花はアナスタシアたちと色々な会話を交わし、仲を深めた。好きな物の話から家のことまで様々だ。
彼女らも聖花同様、学園に入学する予定らしく、聖花は学園生活がより楽しみになったのだった。
そんな聖花も今は一人きりである。所用により、パーティーホールより少し離れた廊下を歩いているのだ。
明かりは乏しく、何処までも薄暗い道が続いている。
聖花たちが会場に来た当初、屋外に見えた幻想的な夕焼けは既に見当たらない。あるのは窓硝子越しに映るほんの小さな星々だけだ。
ガラスで囲われた蝋燭の火がゆらゆらと揺れ、廊下を歪に照らす。まるで踊っているかのようだ。
どこか薄気味悪く、不思議な気持ちに聖花は陥る。
「…‥もう。まさかトイレがこんなに遠いなんて…」
(それにここ、他の場所より暗い……)
気味悪さを誤魔化す為か、聖花がポツリと愚痴を溢す。
辺りにはメイドすら見当たらず、彼女は行く場所を間違えたように感じた。早足でメインホールに向かう。
そうしていると、聖花はおかしなことに気が付いた。そもそも誰にこの道を聞いたのだろうか、と。
とても案内無しで行ける場所ではないのだ。
聖花が頭を捻って思い出そうとした、丁度その時。
コツン、コツン、コツンーーーー
不意に、彼女の向かう先から、誰かの歩く音が聴こえてきた。
こちらに向かってきているようで、聖花に聴こえる音が次第に大きくなっていく。
(………………………誰?)
恐ろしく気配を感じたのか、聖花は自然と身構えた。生唾を飲み込む。
その場から今すぐ逃げ出したい衝動に駆られたが、何せ一本道なのでそれも出来なかった。
じっと視線の先を真っ直ぐ見つめ、固められたかのようにその場に立ち止まる。
……それからほんの暫くして、一人の少女が、薄暗い闇の中から現れた。何処か奇妙な森閑とした雰囲気を纏って。
その少女は、髪が胸と肩の間辺りまで伸びており、どこか幼い顔立ちをしている。ただ、暗くて本当に判別出来ているか聖花には不明だ。髪色も把握することができない。
「…あの、、、いきなりで申し訳ないですが、こちらの先にトイレは…、あ、いえ何でも御座いません。
お花を摘みに行きたいのですが、どこにあるのですか?見当たらないのです」
少女が何処の誰は分からないが、一刻の猶予もない。
恥ずかしがりながらも、聖花はその少女に尋ねることにした。
この世ではトイレという用語が存在しない。従って、聖花は別の表現で懸命に伝えることにした。
‥‥‥‥‥伝わるかは別だが。
「……ふふっ。急に話し掛けるものだからビックリしました。マリアンナさん、其方でしたら、ここから私の方に向かい真っ直ぐ進むとすぐに見つかりますよ」
しかし、どうやら通じた様だ。
少女は小さく笑い、彼女に道を教えてくれた。
「そうなのですね。教えて頂きありがとうございます。自己紹介が遅れて申し訳ございません。マリアンナ・ヴェルディーレと申しますわ。ダンドール伯爵様の二女です。よろしくお願いしますね」
聖花は少女に対し、できる限り丁寧に挨拶をした。やんわりと微笑む。
先ほどまでの何処か恐ろしい気持ちは聖花からすっかり失せた。が、どうも釈然としないように感じていた。
聖花にはそれが少し不思議だった。
「……、よろしくお願いします。…ところで、先に行かれてはどうでしょうか?見たところお急ぎのようですし」
少女は軽く会釈して、聖花の瞳をチラリと見た。まるで覗き込まれているかのように。
聖花は少し背筋が寒くなるのを感じた。
丁度その時、窓ガラスの向こう側から入って来た星の光が、少女の眼をうっすらと反射した。黒く染まった眼、だ。
「‥‥‥‥‥どうされました?」
「…あぁ、そうですね。お気遣いありがとうございます。では失礼しますね。また後でお会いすればお話ししましょう」
我に返ったように、聖花は感謝の気持ちを告げる。そして、少女の言った方向に従って歩き出した。
少女はその後ろ姿をじっと眺めていた。
◆
「二人とも、遅くなってしまいました。パーティーはもう終わりですね。まだまだ話し足りないです」
聖花は慌てた様子でアナスタシアたちに駆け寄った。
無事にあの場から迷わずに聖花は戻ってくることが出来た。
きっとパーティー会場の眩い明かりのおかげだろう。
「そうですね…。ところで、随分遅かったですね。
何処かに寄り道でもされていたのですか?」
リリエルが心底不思議そうに尋ねる。それもその筈で、聖花が席を外してからかなりの時間が経っていた。
「いいえ、お花を摘み行っただけですよ。
恥ずかしながら途中で少し迷ってしまって…。思っていた以上に遠くて驚きました。
先に来ていた黒目のお方に助けて頂けたお陰で、無事に辿り着けたのですよ」
聖花は先ほどのことを照れながら二人に話す。
すると、リリエルが不思議そうに首を傾げ、アナスタシアは驚愕したように声をあげた。
どうしてそんなに驚いているのか、聖花は疑問に思った。が、アナスタシアが声を上げたことで、それは一変した。
「こんな暗い中、お花を摘みに行ったのですか!?
何故そんなことを‥‥‥‥?」
何か会話が噛み合っていない気がする。聖花はそう感じた。
アナスタシアが続ける。
「加えて、私の知る限り、今日来ている令嬢に黒目の方はおりません」
「……え、…?」
アナスタシアの衝撃的な一言に、聖花から気の抜けたような声が溢れた。
片付けなどでメイドたちが会場内を忙しく動き回っている。パーティーを楽しむ貴族たちの邪魔にならないように。
聖花はアナスタシアたちと色々な会話を交わし、仲を深めた。好きな物の話から家のことまで様々だ。
彼女らも聖花同様、学園に入学する予定らしく、聖花は学園生活がより楽しみになったのだった。
そんな聖花も今は一人きりである。所用により、パーティーホールより少し離れた廊下を歩いているのだ。
明かりは乏しく、何処までも薄暗い道が続いている。
聖花たちが会場に来た当初、屋外に見えた幻想的な夕焼けは既に見当たらない。あるのは窓硝子越しに映るほんの小さな星々だけだ。
ガラスで囲われた蝋燭の火がゆらゆらと揺れ、廊下を歪に照らす。まるで踊っているかのようだ。
どこか薄気味悪く、不思議な気持ちに聖花は陥る。
「…‥もう。まさかトイレがこんなに遠いなんて…」
(それにここ、他の場所より暗い……)
気味悪さを誤魔化す為か、聖花がポツリと愚痴を溢す。
辺りにはメイドすら見当たらず、彼女は行く場所を間違えたように感じた。早足でメインホールに向かう。
そうしていると、聖花はおかしなことに気が付いた。そもそも誰にこの道を聞いたのだろうか、と。
とても案内無しで行ける場所ではないのだ。
聖花が頭を捻って思い出そうとした、丁度その時。
コツン、コツン、コツンーーーー
不意に、彼女の向かう先から、誰かの歩く音が聴こえてきた。
こちらに向かってきているようで、聖花に聴こえる音が次第に大きくなっていく。
(………………………誰?)
恐ろしく気配を感じたのか、聖花は自然と身構えた。生唾を飲み込む。
その場から今すぐ逃げ出したい衝動に駆られたが、何せ一本道なのでそれも出来なかった。
じっと視線の先を真っ直ぐ見つめ、固められたかのようにその場に立ち止まる。
……それからほんの暫くして、一人の少女が、薄暗い闇の中から現れた。何処か奇妙な森閑とした雰囲気を纏って。
その少女は、髪が胸と肩の間辺りまで伸びており、どこか幼い顔立ちをしている。ただ、暗くて本当に判別出来ているか聖花には不明だ。髪色も把握することができない。
「…あの、、、いきなりで申し訳ないですが、こちらの先にトイレは…、あ、いえ何でも御座いません。
お花を摘みに行きたいのですが、どこにあるのですか?見当たらないのです」
少女が何処の誰は分からないが、一刻の猶予もない。
恥ずかしがりながらも、聖花はその少女に尋ねることにした。
この世ではトイレという用語が存在しない。従って、聖花は別の表現で懸命に伝えることにした。
‥‥‥‥‥伝わるかは別だが。
「……ふふっ。急に話し掛けるものだからビックリしました。マリアンナさん、其方でしたら、ここから私の方に向かい真っ直ぐ進むとすぐに見つかりますよ」
しかし、どうやら通じた様だ。
少女は小さく笑い、彼女に道を教えてくれた。
「そうなのですね。教えて頂きありがとうございます。自己紹介が遅れて申し訳ございません。マリアンナ・ヴェルディーレと申しますわ。ダンドール伯爵様の二女です。よろしくお願いしますね」
聖花は少女に対し、できる限り丁寧に挨拶をした。やんわりと微笑む。
先ほどまでの何処か恐ろしい気持ちは聖花からすっかり失せた。が、どうも釈然としないように感じていた。
聖花にはそれが少し不思議だった。
「……、よろしくお願いします。…ところで、先に行かれてはどうでしょうか?見たところお急ぎのようですし」
少女は軽く会釈して、聖花の瞳をチラリと見た。まるで覗き込まれているかのように。
聖花は少し背筋が寒くなるのを感じた。
丁度その時、窓ガラスの向こう側から入って来た星の光が、少女の眼をうっすらと反射した。黒く染まった眼、だ。
「‥‥‥‥‥どうされました?」
「…あぁ、そうですね。お気遣いありがとうございます。では失礼しますね。また後でお会いすればお話ししましょう」
我に返ったように、聖花は感謝の気持ちを告げる。そして、少女の言った方向に従って歩き出した。
少女はその後ろ姿をじっと眺めていた。
◆
「二人とも、遅くなってしまいました。パーティーはもう終わりですね。まだまだ話し足りないです」
聖花は慌てた様子でアナスタシアたちに駆け寄った。
無事にあの場から迷わずに聖花は戻ってくることが出来た。
きっとパーティー会場の眩い明かりのおかげだろう。
「そうですね…。ところで、随分遅かったですね。
何処かに寄り道でもされていたのですか?」
リリエルが心底不思議そうに尋ねる。それもその筈で、聖花が席を外してからかなりの時間が経っていた。
「いいえ、お花を摘み行っただけですよ。
恥ずかしながら途中で少し迷ってしまって…。思っていた以上に遠くて驚きました。
先に来ていた黒目のお方に助けて頂けたお陰で、無事に辿り着けたのですよ」
聖花は先ほどのことを照れながら二人に話す。
すると、リリエルが不思議そうに首を傾げ、アナスタシアは驚愕したように声をあげた。
どうしてそんなに驚いているのか、聖花は疑問に思った。が、アナスタシアが声を上げたことで、それは一変した。
「こんな暗い中、お花を摘みに行ったのですか!?
何故そんなことを‥‥‥‥?」
何か会話が噛み合っていない気がする。聖花はそう感じた。
アナスタシアが続ける。
「加えて、私の知る限り、今日来ている令嬢に黒目の方はおりません」
「……え、…?」
アナスタシアの衝撃的な一言に、聖花から気の抜けたような声が溢れた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
17
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる