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第26話 彼との約束?

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「うん、良いね。
 早速抜き打ちテストさせてもらったけど中々見込みがある」

 フェルナンが採点の終わった試験用紙を見て満足げに頷いた。まるで自分のことのように喜んでいるように見える。

 最初のような不穏な雰囲気はなく、どこか色気を感じさせる微笑みを浮かべている。これが無意識だったら逆に凄いほどだ。


(まさかいきなりテストをするなんて………)

 聖花が安堵の溜め息をついた。授業を早めに切り上げたと思えば、まさかの確認テストだ。
 フェルナンが「低かったら罰ね」と笑顔で言った時は彼女も本当に焦った。やはり勉強していても不安なものは不安なのだ。

 聖花が授業を受けて思ったことがある。
 その内の一つは、彼の教え方が案外上手いということだ。おまけに、その軽薄そうな口調や見た目に反して、彼女に熱心に教えてくれた。
 教師かと疑ったことを謝りたいレベルだ。

 そうして聖花から警戒心が落ちた所で、彼が言う。


「では、僕はそろそろ伯爵殿に挨拶して帰るよ。次は二日後に来るよ、復習をしっかりね、嬢?」

「はい、分かりました!!」

 フェルナンがニコり、と微笑んだ。聖花も返す。だがすぐに、何かおかしな事に気が付いた。
 妙な違和感の原因を突き止める為に、彼の言葉を振り返る。


(、え?今何て………?)

 それが明らかになった途端、聖花は思わず鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。完全なる不意打ちである。
 和らぎつつあった空気は儚くも消え去り、残っているのは切迫感と静寂だけだ。

 聖花には少しの不安感が残っていたものの、どこか安心感も芽生えていた節があった。勘付かれていない、と。
 初め以外にそんな気配を感じさせなかったから。

 結局のところ、聖花の嫌な予感は当たっていたのだ。しかも、考えうる中で最も最悪な方向へと。

 知人が来たのは、まあ良い。が、正体がばれることは避けなくてはならなかった。
 事態が露呈したら伯爵家だけでなく、それに関わった人も無事には済まないだろう。もしかすると、その背後にいる人間にも探りを入れられる。

 いつから気付いていたのだろうか、と聖花が彼の顔をチラリと見る。しかしすぐに目が合って逸らす。
 どうしたの?と言っているかのような微笑みが彼女には不思議と怖かった。しかし、何も言えない。

 どう対処するか考え込む聖花を余所に、フェルナンが特に何も言わずに荷物をまとめて席から立った。
 何事もなかったかのように部屋から出ようとする。かと思いきや、


「言わないでいてあげるから、入学したら僕のとこにおいで?」

 聖花の横を通り過ぎようとした時、彼が屈むようにして彼女の耳元で囁いた。誘惑するような、低く甘い声で。
 背筋が寒くなるのを聖花は肌で感じ取った。これは脅しだ。行かなければ公にするぞ、という脅し。

 聖花がフェルナンの方を見ると、唇に人差し指を当てて妖しく微笑んだ。扉の向こう側に見えない角度だ。

 この先彼と上手くやっていけるのか、そもそも彼が本当に誰にも言わないのか。未だ思考がこんがらがる聖花に目もくれず、今度こそ彼は部屋から出て行った。
 どこか面白がっているような薄笑いを浮かべて。

 さて、聖花のみが部屋に取り残された。事情を知る者に報告すべきか否かを考えているようだ。

 フェルナンは今の聖花にとっては危険因子でしかない。ギルガルドやアーノルドのような者と同じ、何をするかが全く掴めない人間。
 もし報告したら、何か仕出かすかもしれない。
 そんな考えが脳裏にぎった時、扉が開いた。


「失礼いたします。中々出て来られないので、不躾ながら直接呼びに参りました」

 メイド長が聖花の様子を伺う。部屋の中へと入らず、その場に佇んでいる。彼女を待っていたのか。
 流石の聖花もこれ以上待たせる訳にはいかないので、一度その件については保留にした。


「ごめんなさい、少し考え事をしていて」

「成る程、そうでしたか。そうとも知らず申し訳ございません。………お邪魔でしたか?」

「いえいえ、全く以てそんなことはないです!
 後でゆっくり考えますので頭を上げてください」

 メイド長にいきなり頭を下げられ、聖花が焦って返事をした。
 それを聞き、メイド長が頭を上げる。少し考えるような様子だ。顔をいつもよりしかめている。

 そして、納得したように頷いた。彼女が続ける。


「フェルナン様は多情な方でして、常にご令嬢方との距離が近いのです。他にも先生方が居られたのですが、何せその中でも一番優秀なので抜擢されたのです。入学までの間ご辛抱ください」 
 
「………………………………」

 フェルナンについての話なのは、あながち間違っていない。が、少し勘違いしている。
 メイド長の思うことも理解できるが、見当違いだ。
 
 ただ、学園の入学までほぼ毎日顔を合わせるのか。そう再認識させられた聖花は改めて頭が痛くなった。
 加えて、入学してからも長い間お世話になることが約束されている。
 
 先ず無事に入学出来るのか。今の彼女たちの安否はフェルナンに握られているといっても過言ではないのだ。


「………はぁ」

 聖花から無意識に溜め息が出た。
 勿論、メイド長は何も聞かない。溜め息の理由を完全に誤解しているからだ。


「まだまだ先は遠そうね」

 小声で呟く。誰にも聞こえることのない声で。
 彼女はに戻りたいだけなのに、厄介事が増えるばかりだ。

 無理な話だが、せめて入学前だけでも彼と会うことは出来るだけ避けたい、と聖花は切に思った。
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